来客
誕生日会当日。
「お嬢様、とても素敵です〜!」
「ありがとう」
微笑みを浮かべそう口にすれば、メイは「うん、今日も完璧!」と私の姿を見て呟いた。
今日の誕生日会には、金に近い黄色の、いつもより短いくるぶし丈のドレスを選んだ。
襟元にはレースがあしらわれ、その中心にはアイスブルーのブローチが光っている。
「ふふ、殿下もより一層メロメロですね!」
「メロメロって」
メイの言葉に苦笑すると、控えめなノックと共に声がかかった。
「お嬢様、エルヴィス殿下がご到着です」
「すぐ行くわ!」
「ミシェル様、ファイトです!」
メイの言葉に頷きを返すと、転ばないよう気をつけながら、でも足早にエルヴィスが待つ玄関ホールへと足を向けた。
玄関ホールには、先にお母様がエルヴィスを出迎えてくれた。
談笑している二人にゆっくりと近付くと、私に気付いた二人がこちらを見て笑みを浮かべ、先に口を開いたのはエルヴィスだった。
「ミシェル! 今日も一段と素敵だね」
「ふふ、ありがとう、エルヴィス」
エルヴィスの言葉を嬉しく思いながらそう返せば、お母様は笑って言った。
「準備が整うまで二人で談話室で待っていてくれるかしら?
まだ最終チェックが終わっていなくて」
「早く来すぎてしまいましたね。
すみません、今日をとても楽しみにしていたので……」
エルヴィスの申し訳なさそうな表情が可愛く見えて内心身悶えていると、お母様も嬉しそうに「良いのよ!」と笑って言った。
「私も楽しみにしていたからそう言ってくれてとても嬉しいわ。
それに、ミシェルと二人きりで積もる話もあるでしょうし、パーティーまでゆっくりしていて」
「ありがとうございます」
お母様はそう言って私にウインクをすると、今日の会場となる広間へ行ってしまった。
その姿を見送ってからエルヴィスに声をかける。
「では、談話室に行きましょうか」
「あ、待って。
その前に先にこれを。 お誕生日おめでとう」
「!」
エルヴィスは後ろに控えていた護衛の騎士さんから薔薇の花束を受け取り、私に手渡してくれた。
「まあ、素敵!」
「前回は赤と白混合だったから、今回は全部赤色にしてもらったよ」
エルヴィスの言葉に、私は「ありがとう」とお礼を言いながら尋ねた。
「今回も凄く多い本数に見えるのだけど、何本あるの?
エルヴィスに以前頂いた時も意味があったから、その意味を一通り調べてみたのだけど……」
今回も意味があるのかなと思い数えようと思ったけれど、今回も量が多いから数えきれず気になって尋ねれば、エルヴィスは「それは」と笑って言った。
「秘密ってことにしておくよ。 後で数えてみて」
「エルヴィスからの宿題ね、分かったわ。
枯れないようにお水に入れてもらうわね。
メイ、花瓶に入れてくれる?」
「畏まりました」
メイはそう言って私から薔薇の花束を受け取る。
「さて、じゃあ僕達は皆が来るまでゆっくりお話していようか」
「えぇ、そうしましょう」
そう言って笑みを交わすと、談話室に向かって並んで歩き出す。
「エルヴィスに会えないこの一週間がとても長く感じられたわ」
「! 僕も同じ。 学園に行かないと、城の中だけでは息が詰まる」
そう言って肩を竦めるエルヴィスに、「そうよね」と相槌を打つと、「でも」と彼は口を開いた。
「今日君に会えると思いながら過ごしていたら意外とあっという間だった。
僕は、学園に行くというよりは、君とこうして過ごす時間があれば良いのだと思う」
「エルヴィス」
「出来れば、毎日君に会いたい。
いや、正確には会いに来るのではなくて……」
そう切って私を見たその瞳の奥に、熱が籠っているのを感じて。
思わず言葉を返すことを忘れて見惚れてしまっていると。
「あら、ここにいたのね!」
「「!?」」
聞き覚えのある声にハッとして二人で後ろを振り返れば、そこにはエマ様と、もう一人の男性の姿があって。
「……え、貴方がどうしてここに!?」
その男性は、生徒会では元副会長だったニールの姿があった。
驚いてエマ様とエルヴィスとを交互に見れば、エルヴィスは「エマが連れて来たのか」と尋ねた。
その言葉に、エマ様は笑って頷いた。
「えぇ、彼には私のエスコートをしてもらおうと思って。
パートナーとして連れて来てしまったわ」
「ぱ、パートナー!?」
驚いてエマ様の言葉を反芻してしまえば、エルヴィスは少し息を吐いて言った。
「僕も最近知ったんだけど、ニールはエマと付き合っているらしい」
「つ、付き合っている!?」
「後言っていなかったけど、ニールは僕が学校にいる間、従者の役割も果たしてもらっているんだ。
……ってミシェル、大丈夫?」
「ご、ごめんなさい、情報過多で頭が追いつかない……」
(ニール……、クレヴァリー辺境伯家はブライアン殿下派ではなかったの?
いや、でもクラスは隣でブライアン殿下派に間違いはないし、それにエマ様と付き合っているということも全く知らなかった)
混乱している私に、エルヴィスは苦笑いして言った。
「その件についてはまた今度話すよ。
ちなみに、僕もニールがエマと付き合っていることを知ったのは仮面舞踏会の時だから。
驚いたよね」
「え、えぇ」
(では、ニールは敵ではなく味方だったってこと?
それも驚きだわ)
ニールは私を見ると、いつもの無表情のまま口を開いた。
「伺うことを躊躇ったのですが、どうしてもとエマ様が聞かなくて。
黙って来てしまって申し訳ございません」
「い、いや良いのよ! 驚いたけれど、来てくれて嬉しいわ。
……後、前から言おうと思っていたのだけど敬語はやめにしましょう?
もう会長と副会長という立場ではないのだから」
その言葉に、ニールは少し考えた後、「では、お言葉に甘えて」と口にした。
その言葉に笑みを浮かべると、エマ様も嬉しそうに言った。
「決まりね! とりあえず、ニールは今日はエルヴィスの従者としてではなく、私のパートナーとしていてもらうから!」
そうエルヴィスに念を押すかのように言ってエマ様はニールの手を引いた。
その姿を見て、エルヴィスは私にこそっと耳打ちする。
「ごめんね、ミシェル。 多分、エマは今日一日浮かれていると思う。
あの二人、まだ交際が親に認められていないから、学園では表立って一緒にいることが出来ないらしくて」
「まあ! そうなの」
(確かに、エマ様は隣国の第一王女で、ニールは辺境伯家の三男だから、私には分からない事情があるのかも)
でも、とテンションの高いエマ様と、相変わらず無表情を貫きながらもエマ様の話を聞いている様子のニールを見て、思わず笑みを浮かべる。
(こうして並んでいる姿を見るとお似合いに見えるわ。
上手くいってほしいな)
そう心から思っていると、メイが近付いてきて言った。
「お嬢様、広間の準備が整ったようです」
その言葉に「分かったわ」と返してから皆に向かって口を開いた。
「もう広間に訪れて良いみたいなので行きましょうか」
「ふふ、楽しみ!」
私の言葉に、エマ様が嬉しそうに手を叩いてくれる。
私は三人を先導しながら先を歩き出した。
(そういえば、エルヴィス、あの先の言葉は何を言おうとしていたのだろう?)
気になったが、二人きりの時に聞いた方が良い気がした私は、逸る胸の鼓動を抑えながら、後でもう一度聞いてみようと決めたのだった。




