特別な贈り物
冬休みが始まって一週間あまりが過ぎた。
「お嬢様、刺繍は順調ですか?」
「えぇ。 今日一日で大分進んだから、誕生日会には間に合いそうだわ」
そう言って息を吐けば、メイは「お疲れ様です」と言いながら紅茶の入ったティーカップを目の前の机に置いてくれた。
誕生日会までは後三日。
そして、今刺繍を施していたのは誕生日会でプレゼントするもの……、つまりエルヴィスへの贈り物としてハンカチに刺繍をしていたのだ。
(デザインが少し女性物のようになってしまったけれど……、喜んでくれるかしら)
だけど、どうしてもこのデザインが良かった訳があった。
だから、刺繍を施すハンカチだけは色を男性物にしてみたりしたのだけど。
(……喜んでくれると良いな)
そう思ったが、少し気になっていたことを口にした。
「ねえ、メイ」
「何でしょう」
「殿下へのお誕生日プレゼントに、ハンカチだけというのは物足りない気がするのだけど、どう思う?」
その言葉に、メイはキョトンとした顔をして言った。
「そうですか? お嬢様のことが大好きな第一王子殿下なら泣いて喜びそうですけど……」
それは言い過ぎでは、と言いかけたが、エルヴィスが喜ぶ姿が簡単に想像出来てしまい、思わず苦笑してしまう。
私は「そうなんだけどね」とまだ未完成の刺繍をそっとなぞりながら言った。
「もう少し何か、特別な物を贈るのも良いのかなって思ったの。 ただ、その特別という物がこれといって思い浮かばなくて」
「そうなんですね。 んー……、私からもご提案出来るものが思いつかないのですが……、何か気持ちが伝わるものとかが良いですよね。
こうしてお話していると、お嬢様がどれだけエルヴィス殿下を想っているのかが私にも伝わってくるので、そのお嬢様の可愛さを殿下にそのままお伝えして差し上げたいなと思うことはあります」
「か、可愛いって……」
メイの言葉に顔が赤くなりかけたところでハッと思いついた。
「気持ちを伝える?」
「お嬢様?」
私は首をかしげるメイの手をガシッと掴むと、ぶんぶんとその手を振った。
「ありがとう、メイ! 貴女のお陰でもう一つの贈り物を思い付いたわ!」
「! 本当ですか!? それは何です!?」
メイの言葉に対し、私は笑顔で言った。
「お手紙を書こうと思うの。
いつも言葉では伝えているけれど、今までその気持ちを文字にして送ったことはなかったなと思って。
気持ちを伝えるには良い方法でしょう?」
「それは名案ですね! 凄く良いと思います! 殿下もお喜びになられますよ!
では早速、レターセット選びから致しましょう!
奥様が以前お取り寄せなさった物が沢山あったはずですから、それをお持ちしますね!」
「えぇ、お願いするわ」
メイは笑顔で頷くと、物凄い速さで部屋を後にした。
私はその姿を見て笑みを溢し、「ありがとう、メイ」とその背中に向かって呟いた。
メイの言う通り、幸いにもお母様が沢山のレターセットを持っていたため、その中から選ばせてもらうことにした。
色々と考え、最終的に選んだのは、淡い黄色で縁取られたシンプルなデザインの物にした。
それにした理由は、メイが「殿下のお髪の色とお嬢様の瞳の色が同じ色だからです!」という押しがあったためだ。
(確かに、エルヴィスの髪と私の瞳は同じ金色なのよね)
メイに言われて改めて嬉しく思いながら、早速便箋を置いて書き始めようとした、けれど。
「……何から書こう」
書きたいことが多すぎて、上手く考えがまとまらない。
日頃の感謝から先に述べた方が良いのか、形式通りに挨拶から入った方が良いのか……。
「難しいですねえ」
私の手元を見て苦笑いするメイの言葉に頷いて言った。
「考えてみると、こういう風に自分の気持ちを書いて個人的に手紙を送ったことはないのよね。
友人へのパーティーの招待状とかは普通に書いたことはあるのだけど……、あれは形式に則ったものであって、お手紙と言えるようなものではないものね」
「確かに、今まででお嬢様が頭を抱えていらっしゃるようなことは一度もありませんでしたね」
うーん、と二人で考え込んでしまう。
(文にして認めるというのは案外難しいものなのね。
一時期書いていた日記のように、思いを綴るのは簡単だと想っていたけれど、あれは人に見せる物ではないから気兼ねなく書けただけなのよね……)
「それに、いざ書こうとすると緊張して手が震えてしまうわ」
「殿下宛ですから無理もないです。
ですが、例え文字が震えていたとして、それすら殿下ならお喜びになりそうです。
緊張しているなんて知ったらそれこそ、喜ばれると思いますよ」
「……ふふっ、確かに、貴女の言う通りね」
エルヴィスなら何でも喜んでくれそう。
例え文字を書き間違えたりしても、笑って可愛いと許してくれるような方だ。
(そっか、逆に気張らなくて良いんだ)
今思っていることを、素直に書けば良い。
感謝も、想いも、不安も。
この手紙に込めて送れば、彼ならきっと受け止めてくれる。
(今思っていることを、素直に伝えたい)
ほんの少しの勇気を出して伝えるんだ。
今抱いているこの気持ちを。
私はメイに向かって言った。
「決めたわ。 私らしく、思っていることを素直に書くことにする。
形式ばった物ではなくて、ありのままの自分の気持ちを彼に知ってもらいたいから」
その言葉に、メイは目を見開いた後、穏やかに笑って答えてくれた。
「はい。 それが一番だと私も思います」
その言葉に後押しされ、もう一度、目の前に置かれた便箋に向き直ったのだった。




