終業式
「ねえねえ!」
「?」
冬休み前最後の登校日。
二学期の終業式を控えた朝、座っていた私の目の前に元気よく現れたレティーが嬉々とした顔で言った。
「ミシェル、今年のお誕生日会にはエルヴィス殿下もお招きしているのでしょう?
それに私とレイモンドもお邪魔しても良い!?」
「え、どうしてそれを?」
(誕生日会をすると決めてから初めて会ったはずなのに)
私の純粋な疑問に、レティー達の後ろからヒョイと現れたエマ様がふふっと嬉しそうに笑った。
「ある“情報提供者”から聞いたのよ。
私達抜きで楽しそうなことを考えているなと思って。
エルヴィスと二人きりというのも良いでしょうけれど、皆でお祝いするというのも楽しそうじゃない?」
「!」
エマ様の言葉に私が驚いて目を見開けば、側に来たエルヴィスが顔を顰めて言った。
「“情報提供者”って……、全く、緘口令でも敷いておけば良かったか」
「あら、“彼”は私の味方なのよ、残念」
(“情報提供者”? “彼”? 誰のことだろう)
エルヴィスも知っているような口振りに、その人物が思い当たらず首を傾げた私に対し、レティーはガシッと私の手を握って口を開いた。
「ね、お願いミシェル。
私達は後もう少しで学園を卒業するでしょう?
そうしたら離れ離れになってしまうし、それに卒業するまでにだって学園に通う日自体があまりないわ。
だから、今年の冬休みは皆で一緒に思い出を作りたいなと思うの」
レティーの言葉に、私は考える。
(そうなのよね、三学期があるといえど、三学期はほぼ自由登校だから、実質顔を合わせる日が少ない。
それに、エマ様の言う通り、お誕生日をお祝いしてくれる人が増える分、エルヴィスのこともお祝いしてあげられる……)
そう考えて、エルヴィスをチラリと見てから口を開いた。
「そうね、折角だし今年は私の家に来て頂けるかしら?」
「良いの!?」
「えぇ」
私が頷けば、エルヴィスが口を開いた。
「夫人には承諾してもらわなくて大丈夫なの?」
「えぇ。 お母様はお客様をもてなすことが好きな方だから、久しぶりの大人数だって張り切ると思うわ」
「……そう」
エルヴィスの少しの沈黙に、私はもしかしたら、と思って彼の耳元に顔を近付けて言った。
「途中で二人で抜け出すことも出来ると思うから、その時は抜け出しましょう?」
「!」
彼はそう言うと黙ってしまった。
(あれ、考えていることが違かった!?)
と慌てて撤回しようとしたら、エルヴィスはふっと微笑んで言った。
「そうだね、そうしよう」
「!」
彼はそう言って悪戯っぽく笑ってみせたのだった。
そして、在学最後の終業式の時間。
(生徒会を引退して、舞台を見上げて話を聞くと言うのは、何だか感慨深いわ)
それに、レティーが先程言っていたように、この終業式を終えた3年生は皆それぞれ違う道を歩む。
3学期があるといえど、3年生は始業式に出る必要はなく、その上自由登校になる。 卒業後の進路に向けた準備で忙しくなるからだ。
そこまで考えて、ふと我に帰る。
(そういえば、これから他の皆がどんな道を歩むのかを知らない)
エルヴィスにレティー、レイモンド、エマ様……、皆の卒業後の進路を聞いていなかった。
(そういう私も……)
今の生活を一生懸命送ることに精一杯で、何一つ将来のことを考えていなかった。
(私は? 私は将来、何をしたいの……?)
思わず考え込んでしまったその時、私の耳に届いた言葉に反射的に顔を上げた。
それは。
「最後に、学園長からのお言葉です」
「!」
(学園長って)
コツ、コツと舞台裏からヒールの踵を鳴らして現れたその人物の姿に、身体中に緊張が走る。
その方は、赤い紅を引いた唇で薄く笑うと、私達に向かって口を開いた。
「改めまして、学園長並びに理事長のベアトリスです」
(ベアトリス殿下……!)
終業式は学園長からの言葉があることをすっかり忘れていた。
思わず顔が強張る私と、彼女の目が合った……ような気がしたのは一瞬で、彼女は口を開いた。
「ここで、私から大事なお話があります。
後日皆さんの家にも正式にお知らせが行くかと思いますが……、先日、現在休養中であらせられる現国王陛下が、正式に譲位することを宣言されました」
「!?」
その言葉に周囲にどよめきが広がる。
(国王陛下が譲位されるなんて初めて聞いたわ。
エルヴィスは知っていたの?)
慌てて彼の方を見れば、エルヴィスは驚いたように目を見開き彼女をじっと見つめていて。
そこからは隠せない動揺が見える。
(エルヴィスがあの様子ということは、彼にも知らされていなかったということ?)
驚く私達を制し、ベアトリス殿下は言葉を続ける。
「そして、正式に次期国王陛下を発表する場には、後継者候補である王子二人の卒業後すぐに行われる卒業パーティーであることも決定致しました」
(卒業パーティー……)
王子二人……、つまり、第一王子であるエルヴィスと、第二王子であるブライアンが卒業してからすぐに王位を譲るということだ。
いずれはそうなるだろうと薄々思ってはいたものの、卒業してからすぐだとは。
(それも、私が断罪されたあの卒業パーティーの場で、次期国王が二人の内のどちらかに決まる……)
「そのため、ここにいる生徒全員が、次期国王陛下を決める際の証人となります。
その意識を持って、生活して頂きたいと思います。
私からは以上です」
ベアトリス殿下はそう締めくくり、壇上を後にした。
それと同時に、また周囲が騒がしくなる。
皆動揺を隠せないでいるのだと思う。
それは無論、私もそうだった。
(エルヴィス……)
私は彼のことがただ心配だった。
視線の先、私から少し離れた場所で並んでいる彼のアイスブルーの瞳からは、今何を考えているのか伺い知ることは出来ない。
ただ、私達に残された時間は、重要な決断をしなければならない時が、こうしている間にも刻一刻と迫っているということだけは、嫌でも分かったのだった。
終業式が終わり、生徒が下校し始めた頃、私とエルヴィス、それからエマ様の三人で空き教室に集まった。
先に口を開いたのはエマ様だった。
「エルヴィスは聞いていたの? 国王陛下の譲位の話」
「いや、僕にも知らされていなかった」
エルヴィスが首を横に振ると、エマ様は困惑しながら言った。
「国王陛下が直々にお取り決めになったと言っていたけれど……、国王陛下は現在休養中なのよね? 御体調が優れないということなのかしら。
それにしても急すぎるわ」
「それは僕も思った。
……だけど、僕自身も何も知らされていないから経緯が分からない。
陛下の居場所は知っているが、謁見は不可能な上、体調が何処まで良くないのかということも耳にしたことはない」
「! エルヴィスも知らないということ?」
思わず口を挟んでしまった私に対し、彼は頷いたきり黙ってしまった。
(陛下の実の息子である彼すら現状を知らされていないだなんてことがあるの?
それに、会うことすら叶わないだなんて……)
黙り込んでしまった私とエルヴィスに対し、エマ様は「とにかく」と口を開いた。
「次期国王を決めるまでには時間がないということは確かだわ。
エルヴィス、貴方には考えがあると言っていたけれど、その件については間に合うの?」
「着実に必要なものは揃えているけれど、勝算は五分五分といったところだ。
……証拠不十分の案件が幾つかあるからね」
「厳しいことを言うけれど、五分五分では駄目よ。
相手はあの王妃殿下なんだもの」
エマ様が指している“エルヴィスの考え”、エルヴィスの言っている“必要なもの”や“証拠”。
以前にもエルヴィスが言っていた言葉だけれど、それが何なのかは私には分からない。
口を挟んで聞くのも無粋な気がするし、だけど何も分からず黙って見ているだけの自分が歯痒い。
そんな私の心情を悟ったのか、エルヴィスは安心させるために私に向かって笑みを浮かべて言った。
「大丈夫、心配する必要はないよ。
僕にもまだ考えはある。 以前は一人で戦っていたから、ミシェルが居てくれるだけで心強いよ」
「!」
エルヴィスの言葉に、エマ様も大きく頷いて言った。
「そうよ、ミシェル。
貴女が婚約者になってからの彼は、見違えるほど未来に希望を示すようになったわ。
以前なんて目も当てられないほど悲惨だったもの」
「エマ」
厳しい口調で制するエルヴィスに対し、私もようやく微笑みを浮かべると口を開いた。
「でも、無理はしないでね。
前にも言ったと思うけれど、私はエルヴィスの味方だし、貴方の決めたことを応援する気持ちは一生変わらないから」
「! ありがとう、ミシェル」
そう言って彼は笑みを返してくれた。
私も笑みを返したけれど、その心情は依然としてすっきりとはしなかった。
(私にも、何か出来ることはない?)
そう口にすることは出来ず、ただエルヴィスと話を続けるエマ様の姿を黙って見ているだけの自分に、胸がツキリと痛むのを感じた。
こうして、不穏な空気を纏ったまま、学園は冬休みへと突入したのだった。




