第一王子は確信犯
今日は始業式の次の日ということもあって、オリエンテーションという名の自己紹介や、私達はこの学園で過ごす最後の一年ということで、イベントの話などがメインだった為、クラス内が盛り上がっていた。
(そのお陰で、クラスメイトの顔や名前が一致したし良かったわ)
休み時間などに、レティーを中心に話しかけて下さる御令嬢方もいて、皆優しい為、直ぐにこのクラスに馴染めそうで良かったと心の底から思う。
(それと……)
私は隣の席に座り、男子生徒の方々と話しているエルヴィス殿下をチラッと見れば、彼もまた私を見て。
(私を、見守ってくれているのかしら)
私は彼と視線が合うその度に、何だか恥ずかしくてふいっと視線を逸らしてしまうのだが、彼は気にしていないという風に次の瞬間、男子生徒の方々と楽しそうに話している。
(こうして見ていると……、ブライアン殿下とは大違いだわ)
彼の周りにいる男子生徒は、どちらかというと、彼に媚びを売るような方々が多かった。
まあブライアン殿下自体がそういう方だった(何処か人を見下している部分があった)、というのもあると思うけれど。
対してエルヴィス殿下は。
(圧倒的に、彼の方が……人当たりが良い)
なるべく対等に話すよう心掛け、話の主導権を上手く握っているのが分かる。
相槌も所作も、話し方も。
同じ目線に立って話している筈なのに何処か、気品を感じるその姿はまさに、王家の血筋を感じる。
「……なーに殿下のことを見つめちゃってるの?」
「!?」
私が驚き目を向ければ、そこには何故か楽しそうにニヤニヤしているレティーの姿があって。
「そ、そんなこと、ないわよ」
「うそうそ、あからさまに動揺しちゃって!
そういえば私、まだエルヴィス殿下と婚約者になった馴れ初め、聞いてないわ!」
「あ、それ私も気になっていたんです!」
「教えてくださいませんか?」
レティーの言葉に、私の周りにいた御令嬢方がずいっと身を乗り出し、目をキラキラとさせて私の言葉を待つ。
「え!? え、っと……」
私はどう答えて良いか分からず、困っていると。
不意に背後から手を回され、その手で口を塞がれる。
「「「!?」」」
驚き見上げれば、その方は紛れもなく。
「楽しそうな話をしているね」
薄い青の瞳を細め、笑みを浮かべるエルヴィス殿下だった。
彼が私達の会話を聞いていたことに驚く私に対し、にっこりと笑って言った。
「でも駄目だよ? 私達の馴れ初めは……、二人だけの秘密だって約束しただろう?」
ね、ミシェル。
その言葉に、皆がきゃーっと沸き立った。
そして私も……。
「!? ミシェル、顔真っ赤……」
「っ」
私は慌てて顔を手で覆う。
それに対し、皆が皆楽しそうにきゃーきゃー騒ぎ出し、対して殿下は……、私の耳元でクックッと吐息交じりに笑った。
(〜〜〜不意打ちで名前呼びはずるい……)
“ミシェル”
そう彼の、いつもより低く、何処か甘さを感じさせるその声が頭から離れない。
せめてもの抵抗をと、私は手で顔を覆ったまま、皆には気付かれぬよう目だけを出して彼を睨んで見せれば。
驚いたような顔をし、彼はふっと笑って言った。
「ミシェル嬢、それで睨んでるつもりだったら……、逆効果だからね?」
「っ」
わざと耳元でそう囁く彼は……。
(〜〜〜絶対に確信犯よ……!!)
他に何か抵抗する術はないか、考えていると。
「ミシェル会長、学園長がお呼びだって」
「「「!」」」
その言葉に、私とレティー、それから殿下が反応した。
(学園長からのお呼び出しって言ったら、毎年恒例のイベント企画予定のお話かしら?
それとも……)
私は突然のお呼び出しに少し動揺しながらも、冷静に努めながら「取り敢えず行ってくるわね」と告げれば……、急にぐいっと腕を掴まれる。
それは紛れもなく、何処か強張った面持ちの彼で。
「エルヴィス、殿下……?」
「私も行く」
彼の言葉に、私は驚き目を見開く。
「え? えーっと……、私だけお呼び出しがかかったのだから、一緒にというのはまずいのではないかしら?」
その言葉に、彼は少し逡巡した後……、「なら、外で待っている」とそう言って、頑として私の手を離さないので、仕方なく彼と共に教室を後にした。
二人で出て行ったのを見た皆は沸き立つ中、レティーとレイモンドだけは、心配気に表情を曇らせていたのだった。
この学園の学園長は、年配の女性であり、厳しい方で有名である。
でも私は、嫌いな方ではなかった。
大体相手の目を見れば、危険な人物かが分かる私にとって、学園長も皆が言うほど悪い方には見えない。
……ただ気になるのが、隣にいる彼の、少し強張って見える表情だった。
(……学園長と、仲でも悪いのかしら?)
そう思ったが、この学園が王家の管轄だと言うことはよく理解しているため、そこに首を突っ込むのは無粋だと思ってやめた。
そして珍しく会話がないまま、学園長室に着くと、私は彼に向かって言った。
「行ってくるわね」
そう私が口にすれば……、彼に「待って」と、私の手を引いて止められる。
そして彼は、私の手を取ったまま耳元に顔を近付け、声を潜めて言った。
「良い? 彼女に何か言われても、信じてはいけないよ」
「?? ……わ、分かったわ」
此処はとりあえず頷いておいた方が良い。
でないと、この手を離してくれなさそう。
そう判断した私は黙って頷けば、彼は少し笑みを浮かべて「待っている」と壁に寄りかかって言った。
(どうして……、わざわざそんなことを言うのだろう)
彼にとって、学園長は危険な人物、なんだろうか……?
私は疑問に思いつつ、ノックをして学園長室へと足を踏み入れたのだった。




