お茶会
「エルヴィス殿下、今日はお越し下さってありがとうございます」
そう口にしたお母様の言葉に、エルヴィスは微笑みを返して言った。
「いえ、こちらこそ。
お招き頂き光栄です、リヴィングストン侯爵夫人」
肌を刺すような、本格的な冬の寒さを迎えた12月に入り、学園がお休みの今日、私の家にはエルヴィスが来ていた。
ただ、いつもと違うのは、今日は私が彼を呼んだのではなく、私のお母様がエルヴィス殿下をお茶会と称して家に招いた。
とはいっても、お母様と、それから私の三人だけの小さなお茶会なのだけど。
その主催者であるお母様は、紳士的なエルヴィス殿下に向かって笑みを浮かべて口を開いた。
「今日こうして貴方を招いたのは、ミシェルの怪我の具合が快方に向かっていることへのお礼をしようと思ったのです。
この数日、ミシェルも私達も本当に助けられました。 ありがとうございます、エルヴィス殿下」
「そんな、私は感謝されるほどのことはしておりません。
それに、毎日訪れていたのだって、ミシェルのためだけではなく私のためでもあるのですから」
「え?」
その言葉に私が驚けば、彼は照れたように笑って言った。
「君に少しでも早く良くなってほしいという気持ちと、君の側に居ることが出来て嬉しいという気持ちの両方があったから。
僕の幸せは、ミシェルがいつも隣で笑っていてくれることだよ」
「!?」
「きゃー! 惚気られちゃったわ」
不意打ちのエルヴィスの言葉に顔に熱が集中する私と歓声をあげるお母様を見て、エルヴィスは爽やかに笑ってから尋ねた。
「それで、ミシェルの腕は完治するまで後どれくらいかかるって?」
その言葉に私は包帯だけ巻かれている腕を見て答えた。
「お医者様からは後2週間程で治ると言われているわ。
但し、それまでは絶対安静なのだけど」
「そうか、それじゃあ君の誕生日までには完治するってことだね」
「……あっ」
「ミシェル?」
その言葉に思わず声をあげれば、彼は首を傾げて私を見た。 それに対し少し苦笑交じりに返す。
「そういえば、もうそんな時期なのね。
すっかり忘れていたわ」
「確かに、最近は色々忙しかったから無理もないよ」
「それを言うならエルヴィス、貴方も誕生日じゃない」
「あー、そういえばそうだったね」
彼の自分の誕生日に対する関心の薄さに驚きつつ、以前彼の誕生日を聞いた時のことを思い出した。
(学園で、皆の誕生日の話題になったのよね。
その時に私とエルヴィスの誕生日は12月で、しかも一日違いだった、というのがとても嬉しかったからよく覚えているわ。
私が先で、エルヴィスが次の日なのよね)
そのことを思い出していると、エルヴィスが「その日のことなんだけど」と口を開いた。
「何か予定はある?」
「予定……、あ、夜は毎年誕生日会をしているわ」
「誕生日会?」
「えぇ。 毎年家族でお誕生日を祝ってもらっているの」
その言葉に、今度はお母様が声を上げた。
「そうだわ、もしよろしかったら、エルヴィス殿下にも来て頂くのはどうかしら?
私達がお邪魔だったら、ここでならお部屋はいくらでもあるから二人きりで過ごすことも出来るし」
「! ご家族のお祝いの席に私が入ってもよろしいのですか?」
「えぇ、勿論よ! だって貴方はもう家族同然なんですもの、遠慮することないわ」
その言葉に、エルヴィスは戸惑ったようにこちらに目を向けた。
それに対して慌てて口を開く。
「無理しなくて良いのよ。
……ただ、我儘を言ってしまえば、貴方がいてくれたらとても嬉しいけれど」
「是非、参加させて下さい」
「ふふ、そうこなくてはね!」
私の言葉に即答したエルヴィスに対し、お母様は嬉しそうに笑い、私は本当に良かったのか、とチラリと彼の横顔を見れば、その視線に気付いたエルヴィスが「楽しみ」と無邪気に笑った。
そんな彼を見ていたお母様は、「そうだわ」と再度手を叩いて言った。
「せっかくだから、エルヴィス殿下のお誕生日も一緒にお祝いしましょう!
婚約者同士、二人のお誕生日を同時にお祝い出来るなんて滅多にないことだと思うの」
「え、そこまでして頂いてよろしいのですか?」
「勿論。 いつもミシェルがお世話になっているんだもの、それくらいさせてちょうだい」
その言葉に、エルヴィスは「ありがとうございます」と礼を述べた。
その瞳が本当に嬉しそうに輝いて見えて、私まで温かな気持ちになったのだった。
「今日は遅くまでお邪魔してしまってごめんね」
別れ際、エルヴィスの言葉に私は首を横に振り、すっかり暗くなってしまった空を横目に笑って言った。
「こちらこそ、今日は一日中一緒にいられて楽しかった。
次に一緒にいられる日は誕生日会になると思うけれど、今からとても楽しみ」
「〜〜〜ミシェルはまたそういうことを言う……、本当に可愛い」
そう言って顔を赤くする彼に対し、微笑んで見せれば、エルヴィスはふっと瞳を細め、口を開いた。
「夫人にも、お礼を言っておいてもらえるかな。
……まさか、ミシェルの誕生日だけではなく僕の誕生日まで祝ってもらえるとは思わなかった」
「エルヴィスは毎年、誕生日は何をしていたの?」
その言葉に、エルヴィスの表情が一瞬曇ったように見えた。
聞いてはいけないことを聞いてしまった、と慌てて口を開こうとした私を、彼は「気にしないで」と笑って言った。
「僕は特別、誕生日に何かをするとか、何かあるとかそういう発想はなかったからね」
「……そう」
「あ、で、でも爺や仕いの者達からはちゃんと“おめでとう”と言ってもらっているよ?
僕があまりにも誕生日を気にしないから心配して」
「そうなのね」
彼の言葉に、私は俯きかけていた顔を上げ、彼を見上げると力強く言った。
「エルヴィス、私絶対に素敵な誕生日会にするわ!」
「き、君も主役だよね?」
「私は貴方のお誕生日をお祝いしたいの」
「!」
その言葉に、エルヴィスは驚いたような表情を浮かべた。
(エルヴィスの周りには、侍従さん達以外にお祝いしてくれる人がいなかったのだと思う。
正妃様はエルヴィスを産んだ後すぐに亡くなっているし、ベアトリス殿下やブライアン殿下が彼を祝福するということも考えられない。
だとしたら、エルヴィスが誕生日に対して無頓着なのも頷ける……)
だから私は、気持ちで伝えたい。
エルヴィスが生まれて、今こうしてここにいてくれているから、私も救われたんだということを。
「だから当日、楽しみにしていて」
「ミシェル……」
エルヴィスはアイスブルーの瞳を見開いた後、やがて私の肩に腕を回して囁いた。
「その気持ちだけで十分嬉しいけれど……、ミシェルの言う通り、楽しみにしている」
「! えぇ」
彼はそう言って私から離れると、「では、学校でね」と笑みを浮かべ、馬車に乗り込んだのだった。




