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前を向いて

 10月が終わり、肌寒さを感じ始める11月を迎えた。

 しかしそれとは裏腹に、教室内はある話題で盛り上がっていた。

 それは。


「ねえ、ミシェル! 今年の仮面舞踏会も楽しみね〜!」


 レティーの言葉に、隣にいたエマ様が首を傾げる。


「仮面舞踏会……? 学園内でもそんな催しが行われるの?」


 エマ様の質問に私は「はい」と頷き、簡単に説明する。


「仮面舞踏会は、その名の通り仮面を着用して開かれるパーティーなんですが、毎年企画が違うんです」

「企画……?」

「はい。 毎年その年の生徒会が独自のルールを作ったり、自由参加型のゲームを企画したりするんです。

 毎年違うコンセプトというのがテーマなので、年毎生徒会毎によって舞踏会の内容も違ってくるんです」


 その言葉に、エマ様は「まあ」と嬉しそうに手を叩いて言った。


「生徒会オリジナルということね! それは楽しみだわ」

「そろそろ着用するドレスや仮面も決めなければいけないけれど……、ミシェルはもう決めた?」


 レティーの言葉に、私は出来るだけ笑みを浮かべて口を開く。


「私は、今回は参加しないことにしたの」

「え……っ、もしかしてまだ怪我が治っていないから?」


 レティーとエマ様の心配そうな表情に、私は「念のためよ」と言葉を続けた。


「仮面舞踏会は踊ることがメインになるでしょう?」


 この学園の仮面舞踏会には企画があるとはいえ、例年皆踊るのがメインになる。

 それは、社交の場を広げるためでもあるからだ。

 但し、婚約者がいる方はその必要はないから、その場合は仮装せずに仮面だけをつけて婚約者と踊るというのが暗黙の了解となっている。


(前婚約者様はその了解を、私とではなく今の彼の婚約者とやってのけたのだけど)


 ちなみに私は、その時も生徒会の仕事に追われていたため、後から合流するはずだったのだが、言うまでもなく彼はその約束をすっぽかした。

 ……まあ、過ぎたことはおいておくとして。


「お医者様にもまだ安静にしているよう言われているし、エルヴィスの足を引っ張ってはいけないもの、今回のイベントは辞退するわ」

「そう……」


 レティーの悲しげな表情に、私は慌てて付け加える。


「わ、私の分まで楽しんできてくれたら嬉しいわ。

 それにエリク君の初仕事だもの、どんな企画だったのかとか教えてくれたら嬉しいわ」


 その言葉に、レティーがハッとしたような表情をした。


「そういえば、エリク君がいたわよね」

「……レティー?」


 呼びかけるが返事はなく、その代わりにレティーはヒソヒソとエマ様に耳打ちした。

 それを聞いたのか、エマ様の表情が嬉々とした表情に変わっていくのが分かって。


(……これは)


 二人揃って何か悪巧みをしていることに気が付いた私は、思わず苦笑いを浮かべたのだった。






「……そうか。 やはりミシェルは仮面舞踏会には出ないのか」

「えぇ。 ごめんなさい、エルヴィス」


 放課後。

 エルヴィスにも仮面舞踏会には出ない旨を伝えると、彼は残念そうに、でも努めて明るく言った。


「ミシェルが謝ることじゃない。

 確かに今は、怪我も順調に治ってきているようだし、無理はせず安静にしたほうが良い。

 ……とは言っても、仮面舞踏会にミシェルが不参加となると僕はどうしたものか」

「エルヴィスは参加しなければ駄目よ? 一国の王子様なんだもの」


 その言葉に、エルヴィスは驚いたように私を見る。


「え……、それはつまり、僕に他の女性と踊れと?」

「!!」


(そうだわ、私がパートナーでなかったらそういうことになるのだわ……!)


「ち、違うの、そういう意味ではなくて!」


 あわあわと返答に困っていると、エルヴィスはクスクスと笑い私の頭を撫でた。


「分かっているよ。 それに、僕は君以外の女性と踊ることなんて考えられないし。

 ……そうだね、ミシェルの言う通りパーティーには参加しなければいけないかな。

 変装はせずに、第一王子として。

 そして僕の隣はいつだってミシェル、君だけだから、万が一ダンスに誘われたとしても丁重にお断りするよ」

「! ……エルヴィス」


 その言葉にホッと胸を撫で下ろしつつ、温かな気持ちが広がるのを感じていると、彼は「それでも」と私の肩に顔を預けるようにして言った。


「ミシェルがいないのは寂しいな」

「ごめんね。 エルヴィスを一人にさせてしまうのは心苦しいけれど、私の分まで楽しんで来てくれたら嬉しいわ」

「そうだね。 僕はエリクの仕事ぶりもきちんと見届けなければいけないしね」

「……そこはお手柔らかにね」


 エルヴィスの、不穏が混じるその声音に苦笑いを浮かべれば、彼はふっと笑みを消した。

 そんなエルヴィスの様子を心配に思い、「エルヴィス?」と名を呼べば、彼はゆっくりと口を開いた。


「……まだ公にはされていないことで、君に伝えるべきか迷っていたんだけど、実は、」


 その先の言葉に私は、動揺とショックを隠すことが出来なかったのだった。






 次の日。

 朝一番にエルヴィスと待ち合わせをした私は、生徒がいない廊下を全力で走る。

 そんな私達が目指す場所は。


「っ、学園長!」


 ノックもせず学園長室の扉を開けば、驚いたような表情を浮かべる学園長の姿があった。

 その手には、大きな荷物鞄が一つあって。

 鞄を見て、疑念が確信に変わる。


「……本当に、辞めてしまわれるのですか」


 そう、エルヴィスの口から聞いたのは、“学園長が退任するかもしれない”という言葉だった。


(学園長がこの時期に退任するということは……)


 そこまで考えてギュッと拳を握りしめる。

 そんな私の様子に気付いた学園長が、私達の元に歩み寄ってきて笑みを浮かべて言った。


「えぇ。 今日を限りに私は正式に退任します。

 最後に貴方方に会えて良かった」

「……学園長」


 エルヴィスが何かを言いたげにしたが、黙ってしまった。

 学園長はそんな彼を見て少し笑ってみせると、私達の肩にポンと手を置き、交互に顔を見ながら口を開いた。


「例え側にいられなくても、私はいつだって貴方方の味方です。

 この先進むべき道がどんなに困難であったとしても、その道を信じて、胸を張って堂々としていなさい。

 応援していますよ」

「「はい」」


 学園長の温かな言葉に返事が少し震えてしまったが、何とか言葉を返すと、学園長は満足そうに笑い、最後に私達の頭を撫でると荷物鞄を持って部屋を出て行ってしまった。

 部屋に残された私とエルヴィスは、どちらからともなく手を握り、空になった学園長室の机を見つめる。


(私達の味方であった学園長が突然辞めさせられた。

 ということは、私達のことを敵対視しているベアトリス殿下が本気を出してきたということ)


「……エルヴィス」


 私は彼の名を呼ぶと、握っていた手にギュッと力を込め、口を開いた。


「私、負けないから。

 貴方のためにも、学園長のためにも」


 そう紡いだ言葉に対して、彼もギュッと繋いだ手を握り返してくれたのだった。


(私は絶対に、この手を離さない)


 そう心に誓ったのだった。

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