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罪と償い

「ブライアン・キャンベル殿下です」


 彼の言葉に私とエルヴィスは顔を見合わせた。


(っ、やはり彼が絡んでいたのね……)


 予想していた人物の名前が出たことに思わず顔が強張るのを感じたが、エリク君は気にした素振りを見せずそのまま言葉を続けた。


「ブライアン殿下は僕にある話を持ちかけて来たんです。

 殿下の言う通りにすれば、僕の学園生活を保証してくれると。

 流石に、僕もそれは良くないと一度は断りました。 ……でも」


 彼はギュッと拳を握り締め口を開いた。


「更にブライアン殿下に提案されたのです。

 “話を受ければ、両親の借金も肩代わりする”と」

「……何てこと」


 私が思わずそう口にすれば、エリク君は「悪いのは僕です」と震える声で口にした。


「僕の学園生活ははっきり言ってどうでもよかった。 ただ両親が、暗い顔をしているのを見ていることだけは辛くて。

 ……そんな藁にも縋る思いで、殿下の言うことを聞くと約束したんです。 

 そんな虫の良い話があるわけがないと、分かっていながら」


 私は何も言えなかった。

 彼の言葉に嘘はないと、そう思うから。

 その代わりに口を開いたのはエルヴィスだった。


「……それで君は、彼の言う通りに行動して、結果的にミシェルを裏切るような行為をしてしまったと」

「!」


 エルヴィスの包み隠さない言い方に、エリク君は狼狽え、俯き加減で小さく頷いた。

 その言葉に心が痛んだが、これで全てが繋がった。


(ブライアンの指示だったら、私を敵に回すような真似にも合点がいくもの)


 私はふーっと息を吐き気持ちを落ち着かせると、エリク君に続きを促した。


「それで、貴方が行動を起こした時のそれぞれの指示はどのようなものだったの?」

「……ローズ学園パーティーの時は、生徒会の信頼を落とすことをするよう言われました。 それで考えたのが、生徒会の凡ミスだと思われそうな、薔薇の本数の発注ミスだと思い、注文書をすり替えることをしました。

 レイモンド先輩には、本当に申し訳ないことをしたと思っています」

「……そう」


 エリク君の言葉に、私もギュッと拳を握りしめた。


(レイモンドが心底傷付いていたんだもの、それに対して許すかを決めるのは彼なのだから、私がとやかく言うことではないわ)


 そう思い、次の話に移った。


「では、生徒会選挙時のポスターの件は?

 あれも一人でやったの?」

「はい。 生徒が下校したのを見計らって、一人でやりました。

 ……それも、生徒会の問題になるような行動を起こせ、と言われて」

「でもそれでは、貴方には何のメリットもなかったのではないかしら? むしろデメリットの方が多いと捉えるわ。

 だって、貴方もその生徒会選挙に立候補する立場だったのだから」


 それがずっと頭の中で引っかかっていた。

 もし生徒会の中に犯人がいるとするならば、この件に関してはどちらにせよデメリットしかないはず。

 生徒会の信用問題に関わることなのだから。

 そんな私の疑問に対し、エリク君は「僕は、」と口を開いた。


「本当は、生徒会をやめるつもりだったんです」

「大変だから?」

「いえ」


 エリク君は首を横に振り、私を見て言った。


「僕には務まらないと、そう思ったからです。

 ……ミシェル会長は何でも出来て、生徒の鑑だと言われている方。 

 ルイならともかく、その後任が僕に務まるはずがないと思ったのです。 

 それでも、ブライアン殿下の指示で生徒会の会長になるよう言われて。

 追い詰められた僕は、生徒会選挙自体が無くなれば良いと思い、資料やポスターを台無しにしたんです」

「……つまり、半分は君の仕業、ということか」

「え、エルヴィス」


 エルヴィスの言葉を慌てて制したが、エリク君は力なく首を横に振り、「その通りです」と口にした。


「元々、そこまでするつもりはありませんでした。 生徒会の皆さんをこれ以上、困らせたくはないとそう思っていたのに……、結果的には、皆を傷付つける結果を生んでしまった。

 ……こんなことを言って、許されることではありませんが。 

 行動を起こしてしまってから気が付きました。 

 大変なことをしてしまったと」


 そう言った彼の瞳からは涙が零れ落ちた。

 そんなエリク君の様子を見て心が揺らいだが、生徒会長として接すると決めた私は、寄り添う言葉をかけることなく、話を続けた。


「後は試験問題の件ね。 あの封筒はどこで手に入れたの?」

「あれも、ブライアン殿下です。

 ……その封筒を、エルヴィス殿下の机の中に入れて来るようにと」


 その言葉に、エルヴィスが拳を震わせたのが分かった。

 彼はそれを抑え、静かに口を開いた。


「そういうことを考える輩がいると思って、先回りしておいて正解だった。

 君が渡したその問題用紙は偽物だ。 僕が自作して、わざと理事長室の机に置いておいた。 

 そうすれば、誰かしら引っかかると思ったのだが、どうやら正解だったようだ」

「どうしてそう考えたの?」


 私の質問に対し、彼は「簡単だよ」と少し口調を和らげて言った。


「僕は日頃から恨まれている。

 それに加えてこの前の試験の後だ。僕がカンニングをしているから満点を取れたと、ありもしない言い掛かりをつけてくる奴らはいるかもと思ってね」

「そ、そうなのね……」


(同意しづらい)


 返答に迷っていると、エルヴィスは「慣れてるから気にしないで」と何でもない風に言い、エリク君の方に向き直って言った。


「今回の件も含めて君は運が良かったと言わざるを得ない。

 それも全てミシェルが大事にならないよう、内密に計らってくれたお陰だ。

 だが、公にならないだけで君が罪を犯したことに変わりはない。

 それに対して、君はどう責任を取るつもりなんだ」


 エルヴィスの厳しい口調に対し、エリク君は「僕は、」と凛とした口調で言った。


「皆に迷惑をかけました。

 エルヴィス殿下の仰る通り、ミシェル会長でなかったら僕の罪は公の場で裁かれるべきでした。

 その上、会長が僕を助けて下さったことで、僕の代わりに会長に怪我を負わせてしまいました」


 彼は言葉を切ると、席を立ちその場で深く頭を下げて言った。


「僕の一存で犯した罪だと言うことを学園に話し、退学しようと思います。

 勿論、ミシェル会長には一生罪を償うつもりです。

 本当に、すみませんでした」


 その言葉に、私はゆっくりと口を開いた。


「そんなことをしたくらいで罪を償ったつもり?」

「え……」


 エリク君は言葉を失った。

 構わず私は言葉を続ける。


「貴方が退学したところで、誰にメリットがあるというの?

 それに、私からしたら貴方の口から出る“退学”と言う言葉は、逃げてるようにしか聞こえないのだけど」

「っ、では、僕はどうすれば」

「……そうね」


 チラ、とエルヴィスを見れば、彼が頷いてくれた。

 私もそれに対して頷きを返し、息を吸うと、その先の言葉を続けた。


「私やエルヴィス、それから前生徒会への罪を償いたいというのであれば、このまま学園に残りなさい。

 ……第一、貴方が抜けてしまったら現生徒会はどうなるの。 それこそ問題よ」

「っ、そんなの、罪を償ったことになりません!

 ……それに、いずれにせよ僕には通うお金が」

「奨学金制度がある」

「え……」


 エリク君の言葉に口を挟んだのはエルヴィスだった。


「経済的に通うのが困難な学生、且つ学年トップを維持することの出来る優等生のみが獲得出来る制度だ。 

 あまり知られていない制度だが、それに合格することが出来れば全額負担される」

「! そんな制度が、あるんですか」


(私も、この制度についてはエルヴィスから聞かなかったら知らなかった)


 経済的に困難な学生が対象というのもあって、あまり出回ってはいない情報なんだろう。

 エルヴィスが知っていなかったら、こんな提案も出来なかった。

 私はエリク君に向かって頷き、口を開いた。


「要するに、学園に残れるかどうかは貴方次第ということよ。

 ブライアン殿下に援助して頂くよりよっぽど堅実的でしょう」

「どうして……、どうして僕に、ここまでして下さるのですか。

 僕は、貴方方を裏切って」

「自惚れないで」


 私はきっぱりと言い切った。

 元生徒会長として、エルヴィスの婚約者として、私が告げるべき言葉を厳しい口調で言う。


「私は、貴方をまだ心から許してはいない。

 それは、何も知らずに傷付いている前生徒会の皆も一緒だわ。

 だからこそ学園に残り、時期が来たら全てを皆の前で話して欲しいの」

「! 全てを、話す……?」

「えぇ。 要するに、今度は私達の敵になるのではなく、力になって欲しい。

 ……それに、貴方が思っているより優等生を維持するのは大変だと思うわ。 今まで以上に血の滲む努力をしなければならない。

 それでも、貴方がこの学園に残ってその罪を償うというのなら……」

「!」


 私はすっとエリク君に向かって手を差し伸べた。

 その手を見て驚く彼に向かって今日初めて笑みを浮かべて見せる。


「私は、貴方のことを許すわ」

「……!」


 エリク君は息を呑むと、やがて一筋の涙をこぼし、私の両手をギュッと握って言った。


「……っ、これからも、学園に通います。

 ミシェル会長のように、生徒会長の名に恥じぬよう努力します。

 もう逃げません」

「……そう。 その言葉を聞いて安心したわ」


 その言葉に顔を上げたエリク君に対し、笑みを浮かべてから「後、」と言葉を付け足す。


「私はもう会長ではないとこの前言ったでしょう?

 今の会長は貴方なのだから、もっと自覚を持ちなさい。 でないと、皆が付いてこないわよ」

「! ……はい、ミシェル先輩」


 エリク君の良い返事に、私は満足して頷いてみせたのだった。



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