真相
(これは一体どういう状況……!?)
私の目の前にはニコニコと気のせいか、いや気のせいではないエルヴィスの笑みに、声にならない悲鳴をあげる。
「ほら、ミシェル、口を開けて。 はい、あーん」
「あ、あーんじゃないわ! 自分で食べられるから……!」
「えー」
エルヴィスがつまらない、というような表情をするのに対し、問答無用でスプーンを奪い取ると、溜息交じりに言った。
「エルヴィス、心配してくれているのは嬉しいけれど……、幾らなんでもどれだけ私の家に来ているの!」
「大丈夫、今日は学校はお休みだから」
「そ、そういう問題じゃないわ!」
(ほぼ四六時中一緒だなんて私の心臓が持たない……!)
そうなのだ。
意識を取り戻してから3日程経ったのだが、エルヴィスは毎日私の元を訪れてくれている。
きっと私のことを心配して来てくれているのだろうけど、如何せん過保護すぎる。
先程のように事あるごとに面倒を見ようとしてくるのだ。
気持ちは嬉しいけれど、怪我したのは左腕で私は右利きだし、ご飯を食べることは普通に出来るというのに。
「ミシェルが僕の手からは食べてくれない」
「っ、い、言い方!」
こんな調子でいつもの数割増で甘やかされているのだ。
(絶対に私が恥ずかしがるのを分かってやっているから、本当にタチが悪い……!)
エルヴィスが楽しそうに笑っているのを白い目で見ながら、食事を続ける。
(こんなに食事するところをじっくり見られるなんてあまりないわ……)
まあ、と彼の方をチラリと見て思う。
(私の怪我を見て自分のせいだと悲しそうにしていたから、いつものエルヴィスに戻って良かったわ)
そう思っていると、彼が真剣な表情になって口を開いた。
「そういえば、今日ここを訪れるのだろう?
エリクを連れて、ルグラン伯が君に謝りに」
「……えぇ」
あの件の後、初めてエリク君がルグラン伯爵と共に此処を訪れることになっている。
私の体調が回復したのを見計らって謝罪をしたいと、伯爵から連絡を受けたのだ。
その約束が今日の夕方頃になっている。
「その件についてなのだけど……、エルヴィスも、もし出来たら一緒にいてくれないかしら」
「! 僕も丁度、尋ねようと思っていたんだ。 勿論僕も一緒に話を聞くよ」
「ありがとう、エルヴィス」
一人では心細かった。
謝罪の後には、生徒会長としてエリク君の口から事件のことについて聞かなければならない。
ローズパーティーの件も、生徒会選挙の件も、試験問題の件についても。
(私一人では、エリク君の気持ちを一緒に抱えてあげられないかもしれないから)
彼が何を考えて行動を起こしたのか。
また、その行動を起こさせてしまった責任が、私にもあると思うから。
そして、約束の時間にエリク君と彼の両親であるルグラン伯爵夫妻がやってきた。
私はまだ自力で歩くことが出来ないため、車椅子に乗り、彼等が座る長椅子の向かいで話を聞くことにした。
私の隣にはエルヴィスと、それからお父様が座っている。
向かいに座るエリク君は俯いたまま、そしてルグラン伯爵夫妻は何処かやつれた顔をしていることが気になったが、そんなルグラン伯爵が先に口を開いた。
「先日は、愚息が貴殿の御息女にお怪我をさせてしまい、本当に申し訳ございませんでした……!」
そう言って深々も頭を下げる伯爵一家に対し、お父様は「頭を上げて下さい」と口を開いた。
「ミシェルは幸い、安静にしていれば問題ないと医者からも言われていますし、それにミシェル自身が大丈夫だと言っておりますから。
それで良いんだね、ミシェル」
「はい」
お父様から話を振られ、私は頷きを返すと言葉を続けた。
「私は、何もこの怪我に対して弁償を求めたりは致しません。
今日こうして謝罪をして頂いただけで十分ですから」
「っ、寛大な御心に感謝致します……」
そう言って再度頭を下げられた私は、「但し」とその先の言葉を言った。
「この後のお時間を私に下さい。
私と殿下、それからエリクさんとの三人で、話をさせて頂きたいのです」
その言葉に、お父様方は驚いたように目を見開いたけれど、「分かった」と言って席を立つ。
エリク君は座ったまま、顔を上げて私のことを見つめていた。
そしてお父様方が出て行くのを見計らい三人だけになると、私はゆっくりと彼に向かって口を開いた。
「ここから先は、この三人だけの話をしましょう。
……今回の件も含めて、どうして貴方がそのような真似をしたのか。
話してくれるわね」
「……はい」
抵抗されるかと思ったが、エリク君は素直にそう返事をして頷いた。
その表情は、どちらかというと後悔の念を感じて。
(それでも、全てを話してもらう必要がある)
お父様方の前では話せない、私達だけの内緒話だ。
事を大きくさせないようこうして、この三人で話す事を決めたのは他でもない私だ。
私はすっと息を吸うと、彼が話しやすいように出来うる限り柔らかな口調で話し始める。
「そうね、まずは順序立てて説明してもらいたいから、ローズパーティーのことから話して頂けるかしら」
「その前に、お話させて頂きたいことがあります。
……大事な話なので、そちらから話してもよろしいですか」
彼の言葉に、思わずエルヴィスの方を見る。
エルヴィスもこちらを向き頷いたのをみて、私はエリク君に向き直ると言った。
「分かったわ」
そう答えると、彼は少し間を置いてからゆっくりと話を切り出した。
「僕は、本当だったら半年前に退学になるはずでした」
「! 退学……?」
「はい」
エリク君は目を伏せ、言葉を続けた。
「父が友人に騙されたのです。 そのせいで、多額の借金を背負わなければいけない事態になって。
当然、僕が学園に行く金額なんて払えるわけはなく、退学届を出そうとした僕に、ある方が話を持ちかけて来たのです」
その言葉に、私はハッとして口を開いた。
「その“ある方”って……」
私の言葉に、エリク君ははっきりと口にした。
「ブライアン・キャンベル殿下です」




