派閥違いのクラス
朝。
「……まさか、私が遅刻するなんて……」
揺れる馬車の中、私ははぁーっと長く溜め息を吐いた。
(初めてだわ、こんなこと)
生徒会長になり、白制服を着ている私は、常に人目を気にして模範生でいなければ、と思っていた。
無遅刻無欠席を二年間貫き……、それを考えたら、卒業パーティーで早退したのが初めてかもしれない。
そして昨日も早退したというのに、今日は遅刻……。
新学期早々、昨日といい今日といい、模範生にあるまじき行動をしている。
反省しないと、と思っている内に馬車は相変わらず城のような広大な学園の門を潜る。
そして、馬車から降りた私を待っていたのは。
「おはよう、我が愛しの婚約者殿」
「!? え、エルヴィス殿下……」
まさか、彼がいるとは思わなかった。
私は一瞬ドキッと心臓が跳ねたのは、急に声を掛けられたからだと、逸る胸の鼓動を落ち着かせながら口を開く。
「どうして貴方がここに?
これでは貴方まで遅刻よ?」
「そこは、共犯ってことで」
彼は私の荷物鞄をヒョイっと持ち上げる。 その行動に思わず、「自分で持てるわ!」と慌てて口にすれば、彼はひらひらと手を振って言った。
「此処は、婚約者の僕に持たせてよ。
……そういえば、昨日はよく眠れた?」
「! ……よく眠れていないからこうして遅れたのよ」
私ははぁっと溜息を吐けば、彼は笑って言った。
「まあ、それもそうか」
「……で、貴方まで如何して此処へいるの?」
「? 僕が遅刻常習犯なことは君も良く知っているでしょ?」
「……あ」
そういえば。
ブライアン殿下と比べてこの方……、エルヴィス殿下は、普段の生活態度が悪いと、生活委員会から報告を受けていたっけ。
「……貴方はもう少し、白制服を着ているのだから、皆のお手本になった方が良いと思うわ」
「ついに生徒会長様から忠告されてしまった」
「そういう割に何故嬉しそうなの」
私が呆れて溜息を吐けば、彼は「まあ、」といつものように斜め前を歩きながら言った。
「今日は見逃してよ。 一応教室には朝一番に行って荷物は置いてきたし」
確かに、彼の手には私の鞄しかなくて。
私は「では、」と疑問に思ったことを口にした。
「如何してあんな所へ居たの?」
「! ……まだ分からない?」
彼は不意に立ち止まり、私を振り返って言った。
「君を待っていたんだよ」
「……!」
私は思わずその言葉に息を飲む。
そんな私を見ながら彼は言葉を続けた。
「流石に心配だった。
昨日の今日だし、君が心細いと思うかもしれないって思ったら、居ても立っても居られなくて。
珍しく早起きしてしまった」
「……っ」
思わず言葉を失ってしまう私に、彼は「なんてね」とウインクして歩き始める。
「まあ僕のことは置いておいて。
初めてで心細いと思うかもしれないけど、僕のクラスメイトは皆良い人ばかりだし、何せ……、君を支持している人ばかりだからね」
「え……」
彼の言葉に私が聞き返そうとすれば、彼は「さあ、着いたよ」と私の背中を押す。
「ちょっと、待っ……」
私の言葉は聞かず、彼は堂々と……、遅刻だと言うのに、教室の前の扉をガラッと開けた。
「「「!」」」
その瞬間。
一斉に教室にいた生徒達が、私達の方を向いた。
「……っ」
思わず息が止まる。
そんな私には構わず、彼は私の手を、まるでエスコートするように引き、教壇の前に立つと言った。
「はい、今年から私達のクラスになった、私の婚約者のミシェル・リヴィングストン嬢だよ。
皆宜しくね」
「!? ふ、普通私が自己紹介するものではないの?」
「あれ、君から言った方が良かった?
緊張してるかと思って先に言ってしまった」
そんなやり取りを皆の前だと言うことを忘れて繰り広げていたら……、不意にガタンッと椅子が大きく鳴った。
「え?」
私が驚いてその方向を見れば……、そこにいた人物を見て声をあげる。
「あっ……!」
「「ミシェル/会長!」」
そう私の名を呼んだ二人は、泣きそうな目で私に向かって走り寄ってくる。
一人は桃色の髪を、もう一人は緑の髪を揺らして。
「レティー、レイモンド……」
桃色の髪の女性がレティー、そして緑色の髪の男性がレイモンド。
二人はクラーク伯爵家の双子で、私と生徒会としてこの学園を支えてきた仲間であり友達である。
「そうか、君達は生徒会のメンバーか」
彼は二人の白の制服を見て発した言葉に対し、私は頷く。
「えぇ、二人とは良く一緒に行動させてもらっていたの」
彼等はそれぞれ礼をすると、私に向かって声を掛けた。
「ミシェル、大丈夫? あまり顔色が優れていないように見えるけど……」
「会長、あの時は止められなくてごめんなさい」
彼女達の言葉に、私は驚いてしまう。
(私を……、彼等も信じてくれているの?)
「……いいえ、貴方方は何も悪くないわ。
それより、貴方方は如何して此処へ……、確か以前も、私と同じクラスで……」
レティーとレイモンドの家はブライアン殿下派、だったはず。 だけど、このクラスは……。
「そんなの、決まってるじゃない!」
「会長が居ないクラスなんて、つまらないし!」
「! ……二人共」
私が驚き目を見開いたのに対し、彼女達は笑って言った。
「私達は、いつだってミシェルの味方よ。
ね、レイモンド」
「そうだよ。 僕達は、ミシェル会長を応援しているから」
だから、負けないで。
そう言った彼等の言葉に……、不意に泣きそうになる。
そんな私の肩に、エルヴィス殿下が手を置く。
私が彼を見上げれば、彼は微笑みを浮かべながら言った。
「だからさっき言ったでしょう? 君を支持している人ばかりだって」
エルヴィス殿下の言葉に、レティーが「そうよ!」と頷いた。
「エルヴィス殿下の言う通り、此処にいる皆、貴女の味方なのよ」
「……! 此処にいる、皆……?」
私がそう呟けば、教室中の方々が笑みを浮かべて頷いた。
それを見て私が信じられない思いでいれば、エルヴィス殿下は私の目を見て言った。
「君はブライアンの為に今迄辛いと言われている生徒会の仕事にも、全力で尽くしてきたこと、此処にいる皆知っているんだ。
だから私の婚約者だと言ったら、喜んで受け入れてくれた」
「! ……そう、だったの……?」
私の言葉に、彼は朗らかに笑って頷いた。
レティーもレイモンドも。
(私……)
エルヴィス殿下の言う通り、とても心細かった。
今日眠れなかった理由も、去年までは第二王子派に居た私が、急に断罪され、今年から第一王子派に寝返ったと責められるのではないかと。
そう思われても仕方がない、此処にいることを決めたからには、強く居なければと思っていた。
……だけど。
(私には……、まだこんなに、味方をしてくれる方々がいただなんて)
「……ミシェル?」
レティーが、突然黙ってしまった私を心配して、顔を覗き込まれる。
そんな彼女に向かって私は、「大丈夫」と告げてから……、皆の顔を見て言った。
「有難う、私を……、信じてくれて」
「……!」
彼等が私の言葉に、息を呑む。
そして私はそんな彼等に向かって言葉を続けた。
「改めまして、私はミシェル・リヴィングストンです。
宜しくお願い致します」
そう私が口にすれば。
ポツリ、とレティーが言った。
「ミシェルが……、笑った……?」
「! ……本当だ」
レティー、レイモンドの言葉に私が首を傾げた瞬間。
わっと、教室中が湧いた。
「え、え……?」
そんな彼等の予想外の反応に、私が戸惑って思わずエルヴィス殿下を見上げれば。
「……あーあ、その表情は独り占めしたかったのに」
と顔を真っ赤にして彼が呟いたのはきっと、私の気の所為……だろう。
そうして私達の、新しいクラスでの新学期生活が幕を開けたのである。




