急展開
そしてあっという間に試験まで二週間を切った。
今日は、昼食の時間をエルヴィスと共に過ごしている。
「あれから変わったことはない?」
「えぇ、お陰様で。 ただ、相変わらず視線を感じるような気はするのだけれど……、今のところ目立った動きも見られないし、何が目的なのか見当もつかないわ」
「……そうか」
エルヴィスはそう言って腕を組んで黙り込んでしまう。
私はその様子を伺いながら口を開いた。
「ねえ、エルヴィス。 もしかしなくても、エルヴィスはこの一連の件の犯人が分かっていたりする?」
「……」
エルヴィスは僅かにアイスブルーの瞳を彷徨わせた。 つまり、肯定と捉えて良いのだろう。
エルヴィスは少し息を吐くと、「ここでは話せないけど」と口を開いた。
「うん。 粗方、犯人の目星はついているよ。 怪しいと思っていた人物の一人で間違いはなかった」
「! ……そう」
私は渇いた口を潤すように、そっとティーカップに入った紅茶を口に流し込む。
エルヴィスはその様子を見てから、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「ミシェルは、知りたい?」
「え……」
エルヴィスの言葉に私は目を見開き聞き返す。
「教えて、くれるの?」
「危険な目に遭ってしまうんじゃないかと思って伝えることを迷っていたけど。
君には、知る権利があると思う」
その言葉に思わず唇を噛み締めた。
(私に知る権利があるということは、十中八九、私の知っている方だということだわ)
知るのは怖い。
けれど、元生徒会で起きた事件については、生徒会長をしていた私にも責任がある。
過ぎてしまった過去のことではあるかもしれないけれど、未解決のまま目を背けるわけにはいかない。
私はぐっと膝の上に置いた手を握りしめると、意を決してエルヴィスに向かって口を開いた。
「私にも教えて。 今まで起きた事件の犯人が、一体誰なのか」
「本当に良いんだね」
「えぇ」
私の言葉に、エルヴィスが立ち上がり、私の元に近寄る。
そして、耳元で囁くように紡がれた一連の事件の犯人の名前に、私は衝撃のあまり言葉を失ってしまったのだった。
(……未だに、信じられない)
というよりも、信じたくないという気持ちが大きい。
昼休みにエルヴィスの口から犯人の名前を聞いてからは、碌に授業に身が入らず、気が付けば、帰りのホームルームを終えて放課後になっていたのだ。
放課後は決まって図書室で勉強しているのだが、ボーッとしていたためか、必要な教材を教室に置いてきてしまったので今は取りに向かっているところで。
(こんなことでは駄目ね。 試験に集中しないと)
エルヴィスと約束したのだ。
“事件のことはエルヴィスに任せて、今は試験に集中するように”と。
その犯人は私達と同様、今は中間試験を控える生徒であることから、本格的に事件の追及をその方にするのは試験を終えてからにするとエルヴィスは言ったのだ。
勿論、私もそれに賛同した。 大事な試験を控えた今、波風を立てるべきではないと、そう判断して。
(それでも、やっぱり信じたくないと思う自分がいる)
それはそうだ。
だってどうして、何の目的があってそんなことをしたのか分からないのだから。
(本当に、どうして……)
そんなことを考えながら教室の扉を開ける。
すると、教室内にいた一人の人物と目が合った。
「え……」
思わず声を上げてしまった。
(どうして、此処にいるの?)
驚き固まったのは、向こうも同じで。
その人の手からスルリと何かが滑り落ちた。
それは封筒のようで、中身がパラパラと床に落ちる。
ハッとしたように、その人は……、彼はそれらを拾い集めようとした。
私は一瞬見えたその物と、彼がいた場所を見て何をしようとしていたのかが頭の中で繋がった。
(っ、今いるのはエルヴィスの机の前。 そして、持っていたのは問題用紙……、まさか)
エルヴィスの机の中に、試験問題……、カンニングと思わせるように工作しようとしていた?
「……どうして、こんなこと」
「っ」
その人は、ぐっと拳を握って俯く。
それに対して悲しみが勝り、口を開いた。
「今までの事件の犯人は、全て貴方だったというの?」
「……」
問いかけても、返答はない。
それでも構わず震える声で言葉を続ける。
「何故、貴方がこんなことをしなければならないの?
何故」
「っ、あんたには関係ないっ!!!」
「!」
いつもは穏やかな人……、彼からは想像もつかない声に驚き反応が遅れた。
その間に、彼は私の横を通り過ぎて走り出す。
問題用紙が入った封筒を抱えたまま。
「っ、待って……!」
このまま放っておくわけにはいかない。
咄嗟にそう判断した私は、彼の後を追いかけ教室を飛び出す。
足には自信がある。
だけど、彼もまた足が速く、なかなか追いつくことが出来なくて。
幸い、廊下には私達以外の他の生徒の姿はなかった。
それを確認し、私は大きな声を張り上げた。
「っ、待ちなさい、エリク君!!」
「!?」
そう叫ぶように言えば、驚いたように見開かれた黄緑の瞳がこちらを向いた。
それと同時に、彼の足がもつれる。
咄嗟に彼がバランスを取ろうと伸ばしたその足の先は、宙に浮いていた。
「え……」
エリク君は何が起きているのか分からないようだったが、私の目に映ったのは、階段から足を滑らせた彼の体が傾き、落ちる寸前のところで。
「っ、エリク君!!!」
必死だった。
死に物狂いですんでのところで彼の腕を掴み、力の限り引っ張った。
その反動で、今度は私の体が傾く。
一瞬目が合った黄緑色の瞳は、状況が読み込めていないのかただ呆然とこちらを見ていた。
私も必死だったから、何が自分の身に起きているのか分からないまま、体だけが宙に浮き、その後すぐに訪れた衝撃と、腕を始め体全体に走った痛みに一瞬息をするのを忘れる。
「ミシェル!!!」
そう名を呼ばれ、視界に映った人物を見てようやく震えていた心が温かさを覚えた。
視界に映る彼が泣きそうな表情をしているのを見て、安心させるために大丈夫と答えようとした私だったが、急激に意識が朦朧とし始め、そのまま意識を手放してしまったのだった―――




