王女の本音
「エマ様!」
生徒会パーティーが終わり、舞踏会会場から出て行くエマ様の姿を見かけた私は、慌ててその背中を追いかけ声をかければ、彼女はクルッと此方を振り返り笑った。
「ふふ、先程のは驚いたかしら?」
「は、はい……」
エマ様は悪戯が成功したとばかりにクスクスと笑うと、キョロキョロと辺りを見回し首を傾げた。
「あら、エルヴィスはいないのね。 貴女から離れるなんて珍しい」
「あ、彼なら少し用事があると言って何処かへ向かわれました」
「そうなのね。 それなら丁度良いわ。
良かったら私と貴女の二人だけで話さない?」
「え、良いのですか?」
「勿論。 貴女さえ良ければ」
エマ様の言葉に、「ではお言葉に甘えて」と返すと、彼女は頷き手を叩いた。
「そうね、此処では何だし歩きながら場所を変えましょうか」
「はい」
私はその言葉に頷くと、エマ様と共に並び歩き出したのだった。
「はぁ〜、夜の学園の庭というのは新鮮ね」
エマ様がそう隣でベンチに座り伸びをするのを見て、私も頷きを返し、空に浮かぶ月を見上げる。
先程まで会場の熱気に当てられていたためか、少しひんやりとする風を心地よく感じていると、エマ様はそんな私を見て口を開いた。
「生徒会の仕事が終わってからすぐこんなことになってしまってごめんなさいね」
「いいえ、そんなこと……、私は、とても嬉しかったです」
その言葉に、エマ様は「それはよかった」と笑うと言葉を続けた。
「先程も伝えた通り、私にはエルヴィスと婚約者になる気は毛頭なかったのよ。
だけど、噂のこともあったし、明確に否定するのは敢えて避けたの。 その方が私も動きやすかったから」
「動きやすかった……?」
「えぇ。 以前、確かに私はエルヴィスの婚約者にと名前が上がったことはあったわ。 本当に幼い頃の話だけどね。
ただ、その話はすぐに私の意向もあって反故になったはずだったのだけれど、今になってまたその話が持ち上がってね。
不思議に思った私は此処を訪れることにしたの」
「!」
その言葉に、私はある考えに行き着く。
(エマ様は、薄々気が付いているのかもしれない。
ブライアン殿下派を推進するために、ベアトリス王妃殿下が既に水面下で動き出していることを。
だから、その動向を探るために此処へきたのだとしたら)
そんな考えがよぎった私に対し、彼女は言葉を続けた。
「そうしていざ来てみたら、エルヴィスには既に貴女という婚約者がいた。
おかしいと思ったのはそこだったわ。
だって、既に婚約者がいるというのにその旨は知らされず、私をエルヴィスの婚約者にと持ちかけてくるなんて不思議に思うでしょう?
それで調べてみたら、貴女はまだ正式な婚約者だと認められていないと知ったの」
「! ……」
その言葉にぐっと思わず拳を握れば、彼女は慌てて口を開いた。
「違うの、貴女のことを責めているのではない。 むしろその逆よ。
どうして貴女のような淑女教育を完璧にこなしている申し分のない方が正式な婚約者だと認められていないのかって。
……それに、貴女は元々第二王子の婚約者だった時から知っていたし、何かあったのではないかと思って、それでわざと貴女方を騙すような形で此処で学園生活を送りながら探っていたというわけ」
「エマ様の目には……、私達はどう映りましたか」
「そうね……」
エマ様はそう切ると、ふーっと息を吐き天を仰ぎ見た。
「歪、だと思ったわ」
「歪……」
「えぇ。 きっと、私より貴女の方が良くご存知だと思うわ。 私も隣国の王族だし、キャンベル王国をとやかく言うつもりはないけれど……、この国は今のままではいずれ情勢が傾いてもおかしくないと思うわ」
「!」
エマ様はそうはっきりと言い、「あくまで私の見解よ」と付け足してから言った。
「でも、その中でも私は希望が見えた気がしたの」
「希望、ですか」
「えぇ」
彼女はそういうと、私に向き直り静かに口を開いた。
「貴女とエルヴィス。 二人なら、この国を変えられるとそう思ったわ」
「エルヴィスと、私……?」
エマ様の言葉に驚き魔を見開けば、彼女は大きく頷くと、私の手を取り口を開いた。
「この国を救えるのは、貴女とエルヴィスしかいない。
それは間違い無いと思うわ」
「っ、エルヴィスはともかく、どうして私にまでエマ様はそんなことを言ってくれるのですか」
その言葉に、エマ様はふっと昔を思い出すように目を細めて言った。
「私はね、エルヴィスと貴女にはそれぞれ違う弱点があると以前から思っていたの」
「弱点?」
「貴女ももうご存知かもしれないけれど、エルヴィスは幼い頃から愛を知らない、何に対しても冷めた目線で物事を見るそんな冷たい方だった。
実は私自身、彼との婚約を断ったのはその理由だったわ」
「え……」
初めて聞くその話に驚けば、彼女は「本当に昔のことよ」と小さく笑った。
「だから幼い頃彼を見て、例え王になっても彼自身はきっと一生幸せにはなれない、孤独で無慈悲な王になるのかも、なんて漠然と考えていたわ。
そんなことを思い出しながら此処へ来て私が目にしたのは、その彼が、昔のあの冷たい表情が嘘かのように心から笑みを浮かべている姿だった。
そして、その視線を向ける先にはいつだって貴女がいたわ」
「……!」
「本当に驚いたわ。
昔から貴女のことを素敵な方だとは思っていたけれど、まさか、ブライアンの婚約者だった貴女が、誰にも興味を示さなかったエルヴィスの想い人になっていただなんて」
その言葉に、私は自分でも頬に熱が集中するのが分かって。
彼女はクスリと笑い、「でも」と口にした。
「エルヴィスが貴女に惹かれる理由は分かる気がするわ。
同性の私から見ても貴女は魅力的だと思うもの」
「っ、そ、そんな、それはエマ様の方です」
「ふふ、良いのよ謙遜しなくて。 そこも貴女の良いところなのだけど。
……だから私は、そこが貴女の良いところでもあり弱点だと感じたんだわ」
「!」
今度は、私の弱点の話がエマ様の口から出て。
顔を上げると、彼女は「悪いことじゃ無いのよ」と少し笑って答えた。
「貴女は、皆に優しい。
誰にでも平等で、賢明で、人から好かれる。
だけど、その優しさは時には残酷になることもある。
周りだけではなく、自分も傷付け傷付くことがあるかもしれない。
そんな時、貴女はどんな行動を取るのかを知りたくて私は貴女を“試した”の」
「……それが、エマ様がエルヴィスの婚約者と偽ったもう一つの理由ですか」
そう尋ねた私に対し、エマ様は目を見開き「さすがね」と笑って口にした。
「そう、それが私が貴女に提示した試練よ。
……人の上に立つということは、柔軟に物事を考える必要がある。
だけど、全部が全部、人の言いなりになってはいけない。
時には自分が正しいと思い導き出した答えを、どう人に伝え貫くかが、人の上に立つ者として問われる資質でもあると」
「! ……エマ様の、仰る通りだと思います」
「偉そうに言っているけれど、私もこの言葉は王族の淑女教育の一環として再三言われ続けている言葉だわ」
そう言って困ったように笑うと、もう一度空を仰ぎ見て答えた。
「誰にも答えなんて分からない。
ただ、エルヴィスへの思いを真っ直ぐと伝えてくれた、貴女の言う“正しい”答えというものが私には一番心に響いた。
心から貴女がエルヴィスのことを思っていることが伝わったし、正式な婚約者だと偽っていた私に対しても、その気持ちを包み隠さず明かしてくれたことが、私が探していた“王妃の器”に相応しい人物であると思ったの」
「エマ様……」
エマ様はそういうと、ギュッと握っていた手を更に力強く握り、私の目を見て告げた。
「私は、貴女とエルヴィスを心から応援するわ。
だから、この先どんなことが待ち受けていたとしても、決して負けないで。
貴女方以上に、人の上に立つのに相応しい人物はいないと思っているから」
「……! そのお言葉を胸に、これから精進して参ります」
「そう言ってくれて嬉しいわ、ミシェル。
ありがとう。
貴女とお友達になれて本当によかった。
これからも宜しくね」
「こちらこそ、宜しくお願い致します」
そう言って二人で笑い合うと。
「随分二人で楽しそうだね」
「!?」
肩に触れた温もりに驚きパッと後ろを振り返れば、そこには私を見つめるアイスブルーの瞳があって。
「! エルヴィス!」
「その格好では冷えてしまうだろう? ほら、僕の上着を着て」
「あ、ありがとう」
肌に触れた温もりがエルヴィスの上着だったことに気付きお礼を言えば、エマ様は「嫌ね」と首を振り口にした。
「貴方がいると私とミシェルの二人きりで会話もできないなんて。
邪魔しないでくれる?」
「元はと言えば君が余計なことを吹き込むのが悪いんだろう?
ミシェル、何を話していたのか僕に教えてくれるかな?」
「あ、えっと、その」
何処から話せば良いのか分からず戸惑っていれば、反対に彼女が私の手を握り口を開く。
「ミシェル、今話したのは私達だけの秘密よ。
所謂“ガールズトーク”というものだから、男性はそれを聞くのは無粋なの。 お分かり?」
「何だって?」
ギャーギャーと二人の応酬が始まり止める隙もなく見守っていたが、二人のやりとりが何だか微笑ましくて、思わず笑ってしまうのだった。
そんな私達を見ていた人がいることになんて無論、私達は気が付く由もなかった。




