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想いを確かめ合って

 会場へと向かって歩いていくエマ様を呆然と見ていると、隣にいたエルヴィスが大きなため息をついた。


「っ、はぁーーーー……」

「!?」


 驚き彼の方を見れば、エルヴィスは「すまない」と謝り、前髪をかき上げながら言った。


「エマは元々悪戯が好きなんだ。 

 ……まあ今回のことについてはそれだけではないと思うんだけど……、そう言う性格ゆえに僕達は、彼女にまんまと騙され振り回されたというわけだ」


 エルヴィスのその言葉に、先程私に言ったエマ様の言葉を思い出す。


 ―――私がこの学園に来た理由は、貴女からエルヴィスを奪って婚約者になるためでは決してない。 それだけは、はっきりとここに誓えるわ


(……ということは、つまり)


「エルヴィスと私は……、別れなくて良い、ということ?」

「!」


 その言葉に、エルヴィスは微笑みを浮かべ、大きく頷いた。


「うん、僕達はこれからも一緒だ」

「……っ」


 張り詰めていた心が震え、体からは力が抜ける。

 その体をぐっと支えてくれたのは、他でもないエルヴィスで。

 そして、彼は力強い腕で私の体を強く抱きしめた。


「ミシェル」

「……っ」

「ずっと、辛い思いをさせてごめんね」


 そう言って私の頭に口付けてくれる彼に対し、ただ何も言えずしがみつくようにして泣いてしまう。

 そうして抱きしめ合っていた私達の耳に、誰かの足音が届いた。


「……ミシェル、とりあえずこの部屋に入ろう」


 そう言って、彼は一番近くにあった部屋の中へ私を導いてくれる。

 部屋の明かりをつけ、二人並んで長椅子に座ると、彼はハンカチを差し出してくれながら口を開いた。


「そうだ、まずは生徒会会長、お疲れ様でした。 ミシェルはやっぱり凄いね」

「っ、あり、がとう」


 涙を拭きながら何とかそう答えれば、彼はポンポンと私の頭を撫でてくれながら言葉を続けた。


「最後の仕事で大変な時に、君を惑わせるようなことになってしまってごめんね」

「エルヴィスのせいじゃないわ」

「ううん、僕にも非はあるんだ。

 ベアトリスから、未だに婚約者のことを認めてもらえていないのだから」


 そう言って、彼は悲しげに目を伏せた。

 その表情にかける言葉が見つからずにいると、エルヴィスはすぐに「でも、」と私に視線を向け口を開いた。


「今日君の言葉を聞いて、僕は覚悟が決まったよ」

「え……」


 エルヴィスは、私の手をそっと握り、目線を合わせて言った。


「例え困難なことがあっても、僕はもうこの手を離さない。

 以前にも言ったかもしれないけれど、もしこの婚約を阻む者があったら、僕はどんな手を使ってでも立ち向かってみせる。

 例え相手がベアトリスでも。

 その代わり、今回の件のように君を傷付けてしまうことがあるかもしれない。

 それでも君は……、僕を信じて、共にいたいと望んでくれる?」

「……!」


 その言葉に、私は大きく頷き、笑みを浮かべた。


「勿論。 私も……、どんなにこの先辛いことがあったしても、貴方の側を離れたくない。

 ずっと、側にいさせて」

「っ、此方こそだよ、ミシェル」


 そう言って、思いを確かめ合った私達は、きつく手を握り合って、どちらからともなく唇を重ねたのだった。






「……名残惜しいけれど、そろそろ会場に戻らないとね」


 二人きりの温かな時間を過ごした後、エルヴィスはそう言って私に手を差し伸べた。

 その手を取ろうとした時、ハッと思い出し「待って」と口にすると、持っていたバッグから箱を取り出す。

 その箱を開けると、エルヴィスは目を見開きながら言った。


「っ、それは、以前贈った僕の母親の……」

「えぇ。 新入生歓迎パーティーの時に頂いたものよ」


 そう、それはまだエルヴィスと出会ったばかりの4月に行われた、新入生歓迎パーティーで彼が母親の形見だと言って贈ってくれたネックレスだった。

 頂いたものの、何処から見ても大切な品であるとわかる上に、彼のお母様であるリア正妃の数少ない形見だと聞いていたから、つけることなく丁重に箱に入れてしまっておいていたのだ。


「……このドレスを見て、このネックレスを思い出したの。

 もし私が、エルヴィスの隣を歩くことを許されるのなら、このネックレスを……、以前のように、貴方の手で付けてもらえたらって」

「! ミシェル」

「私、このネックレスを貴方につけてもらった時、嬉しかったのと同時に凄く勇気をもらえたの」


 彼はあの時、私のことをベタ褒めしていた。

 どうしてそこまでと思ってしまうほど、恥ずかしくて、照れ隠しに言葉を返すことしか出来なかったけど、でも今考えると、彼が褒めてくれるのはいつだって、私への励ましの意味が込められていた。


「今日も、エマ様の前で自分の気持ちを告白出来たのは、このネックレスのおかげなの。

 だから、もし許されるのなら、エルヴィスの手であの時のようにもう一度、付けてもらえたらって」

「そんなの、お安い御用だよ、ミシェル」

「!」


 そう言った彼の瞳は、少し潤んでいるように見えて。

 彼はそれを隠すように「貸して」と言って箱からネックレスを取り出すと、私の後ろに回り込んだ。


(っ、以前より緊張する……)


 首にかかる冷たい感触に思わず目を閉じたその時、不意に首筋に温かな感触が訪れ思わず声を上げそうになる。

 それを何とか堪え、バッと後ろを振り返れば、彼は艶やかに笑って口を開いた。


「ごめん、我慢出来なかった」

「!? 〜〜〜え、エルヴィス!」

「つい、ね。 ……うん、とてもよく似合ってる。

 そのドレスも、ネックレスも」

「っ、ありがとう。

 実はこのドレスは、お母様が仕立ててくれた物なの。 私が仕事で大変だろうからって、内緒で頼んでくれていたみたい」

「そっか。 僕からもリーヴィス侯爵夫人に後でお礼を言いに行こう。

 白制服姿も勿論素敵だけど、こうしてお洒落をした君をエスコート出来るなんて光栄なことだし、それに……」


 彼はそっと私の耳に髪をかけると、耳元に顔を寄せて言った。


「その色を身に纏う君を見ていると、まるで僕のものだって錯覚しそうになるんだけど……、ミシェルは、それでも良い?」

「っ!?」


 吐息まじりに口にされたその言葉に恥ずかしくなり、思わず距離を取ろうとしたが、それを逃さないとばかりに腰に彼の腕がまわって。

 逃げ場のない状況に顔を赤くする私を見て、彼は楽しそうにアイスブルーの瞳を細めて笑う。

 そんな余裕そうな彼の表情にちょっとだけ悔しくなった私は、何とか言葉を返した。


「そんなことを聞かなくても、私はとっくにエルヴィスのものよ」

「っ!? ……ミシェル、本当に君は小悪魔だね」

「は……、ん!?」


 突然降ってきた口付けは一瞬で。

 でも、彼は吐息が触れる距離のまま、間近にあるアイスブルーの瞳の奥に熱を灯しながら言った。


「ごめん、やっぱりまだ離れがたいからもう少しだけ、君を独り占めさせて」

「! ……は、い」


 恥ずかしさのあまりそう返すのがやっとで。

 彼は私の返事に対し、また「可愛い」と口にしてから、今度はその口付けが深いものへと変わったのだった。





「で、結局遅くなってしまったね」

「〜〜〜」


(顔が熱い……)


 二人きりの甘い時間を過ごしていたら、気が付けばパーティーが終わる30分程前になってしまっていた。

 慌てて二人で部屋を出て、彼にエスコートをされながら会場へと向かっていれば、エルヴィスは言った。


「エマがあー言っていたということは、このパーティー中にまた彼女が何かしらの行動をとるという合図だ。

 ……もし、何かあったら」

「大丈夫よ、エルヴィス」

「!」


 私は彼の言葉を遮ると、笑みを浮かべて口を開いた。


「もし何かあったとしても、貴方が隣にいてくれるから怖くない。

 それに、私ももう覚悟は出来ているわ」

「……ふふ、それは頼もしいね」


 そう言って二人で笑いあうと、知らず知らずのうちにしていた緊張も、少しだけ解けたような気がして。


(でも、気を引き締めなければいけないわ。

 会場に入ったら、何が待っているか分からないのだから)


 エルヴィスの正式な婚約者だと認められているのは、エマ様だということに変わりはない。

 それでも、エルヴィスの隣に立つのは私で、二人で立ち向かおうと決めたのだから。


「……行こう、ミシェル」

「えぇ」


 エルヴィスの言葉に力強く頷くと、二人一緒に会場である大広間へと、覚悟を胸に、扉の先へと足を踏み入れたのだった。


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