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告白

 驚き目を見開くエルヴィスと、その隣にいるドレスアップして一段と綺麗なエマ様の姿を見て、ツキリと胸が痛むのを堪え、淑女の礼をした。


「ごきげんよう、エルヴィス殿下、エマ様」

「「……」」


 何故かそれに対して返答のない二人の視線を感じ、私は笑って口を開いた。


「生徒会の仕事を無事に終えたので、先程着替えて参りました」


 視線を受けて少し恥ずかしさを感じながらもそう口にすれば、エマ様が手を叩いて言った。


「とっても素敵ね! よく似合っているわ」

「エマ様こそ、普段も素敵ですが一段と素敵に見えます」

「ふふ、そう言って頂けて嬉しいわ。 ありがとう」


 そうエマ様は口にしてから、あら、と何かに気付いたように言葉を続けた。


「そのドレス、何かに似ていると思ったら……、彼の瞳の色に似ているのね」

「「!」」


 その言葉に思わずエルヴィスを見れば、バチッと視線が重なる。

 エマ様の鋭い観察眼に一瞬怯んでしまいそうになったが、本来の目的を思い出し、グッと意を決してはっきりと口にした。


「そうです」

「え……」


 肯定の言葉に、エルヴィスが驚きの声をあげる。 エマ様は少し目を見開いた後、「そう」とだけ口にして言った。


「どうしてそのドレスに?」


 その言葉に、私はエマ様を真っ直ぐと見つめて言った。


「私が、どれだけエルヴィス殿下……、いえ、エルヴィスのことを思っているか、エマ様に知って頂きたかったからです」

「「!」」


 包み隠さない私の言葉に、二人揃って驚きの表情を浮かべる。

 そして、私はそのまま言葉を続けた。


「私は二学期に入ってから、エマ様こそが王妃殿下に認められた、正真正銘のエルヴィスの婚約者であることを知り、ずっと自分はどうするのが正しいかを考えておりました」

「……正しい?」


 エマ様の呟きに、すぐに答える。


「はい。 私はそれまで、自分が婚約者だと思い過ごしていました。 ですので、エマ様とのご関係を聞いて、私は本来身を引くべき立場なのではないか、と」

「……それで? 貴女が導き出した“正しい”答えというのは?」


 エマ様の発言に対し、私はすっと息を吸うと震える心を叱咤し、口を開いた。


「その前に、まずは謝っておこうと思います。

 ……本当にごめんなさい」

「「!」」


 二人に向かって、私は深々と頭を下げる。

 その様子に驚き息を飲む二人に対し、そのまま言葉を続けた。


「お話を聞いた時、先程も言ったように当初は私が身を引いて二人を祝福しよう。 そう思っておりました。

 ですが……、私には、無理でした」


 ツンと目頭が熱くなる。

 視界がぼやけ、目からこぼれ落ちた涙が床に染みを作る。

 泣き顔を晒したくなくて、頭をあげることなくそのまま言葉を続けた。


「もう、無かったことには出来なかったんです。 

 だって、私が抱えているこの想いは……、エルヴィスのことを好きだと言うこの気持ちは、私が思っていたより、ずっと、ずっと大きくて……」


(何度も、彼のことを諦めようと思った。

 けれど、何度振り払おうとしても、思い出すのは彼のことばかりで)


「それに、自分の心に嘘はつきたくなかったから。 

 ……私の自分勝手な我儘ですが、きちんと私の気持ちを伝えた上で、彼の口から、婚約者は誰なのか聞きたいと、そう思ったのです」


 そう言って、軽く目元を拭ってから漸く顔を上げると……、此方を見つめるエルヴィスに向かって微笑みを浮かべて言った。


「私がずっと、この先もお慕いしているのはエルヴィスだけです。

 だから、私は貴方の意思を尊重します」


 そう、これが私の導き出した“正しい”答え。

 その結果がどんな結果になったとしても、この答えを導き出した自分に悔いはない。

 結果的に二人を困らせることになってしまったかもしれないけれど、そんな二人を心から祝福することが出来るのには、この方法しかなかった。


(だって彼の口からはっきりと告げられなければ、この気持ちに終止符を打てないと思ったから)


 ……だからといって、大きくなってしまったこの感情が完全に消えると言うことはないかもしれないけれど、それでも。


(最愛の方であるエルヴィスが出した答えなら、私は全力で応援したい)


 そう自分に言い聞かせながらも、指先は冷たくなっていて。

 彼の口から紡がれる言葉が怖くて、思わず俯きかけたその時、ふわりと冷たくなっていた手を温かな手が包み込んだ。

 え、と顔を上げれば、いつの間にか近くにいた彼のアイスブルーの瞳と視線が交わって。

 彼は微笑むと、私の手を両手で握り直して言った。


「ありがとう、ミシェル」

「……!」


 そう彼は言うと、するっと私の手に口付けを落とした。

 驚く間もなく、彼は今度はエマ様の方を向いて言った。


「エマ殿下。

 申し訳ないが、私の婚約者はミシェル、彼女ただ一人だ」

「「!」」


 その言葉に、今度は私が驚く番だった。 彼はエマ様を真っ直ぐと見て言葉を続ける。


「本来、王家の人間がこのようなこと、許されることでないとは分かっている。

 だが、私にとって彼女は、何にも代え難い唯一無二の存在であるということを、彼女と共に過ごした時間の中で私はもう知ってしまったんだ」


(エル、ヴィス……)


 その声が、私の心にも真っ直ぐと届いて。

 冷たくなっていた心が、一気に震え出す。

 エルヴィスは凛とした口調でそのまま言葉を続けた。


「そして、私は誓った。 

 彼女を、一生をかけて幸せにすると。

 その誓いを違えてまで、王の座につくような真似はしたくない。

 彼女一人を幸せに出来ない王が、国民を幸せに出来ると私は思えない。

 ……()は、欲張りだから」

「!」


 そう言って彼は私に向かって微笑むと、エマ様に視線を向けてはっきりと告げた。


「だから、例えこれが互いの国同士が決めた婚約だったとしても、僕はエマとは婚約出来ない。

 それが、僕の答えだ」

「……っ」


 その言葉に、私は大きく目を見開いた。

 対してエマ様は、口を噤みじっと彼を見つめていたかと思うと、やがて息を吐きながら言った。


「……そう。 本当に、それで良いのね」

「あぁ」


 そう言ったエルヴィスのアイスブルーの瞳には、揺るぎがなくて。

 私達の間に沈黙が流れる……かと思いきや、その空気はすぐに破られた。


「ふふふ」

「「え?」」


 突然クスクスと笑い出したエマ様に、私とエルヴィスは驚き声をあげる。

 エマ様は笑みを浮かべたまま口にした。


「やはり、私の目に狂いはなかったようね」


 そう呟くように言うと、私に目を向けて言った。


「謝らなければならないのは私の方よ。 

 ごめんなさいね、ミシェル。 貴女を試すような真似をして」

「ど、どういうこと、ですか……?」


 エマ様の言葉に頭が真っ白になる私とは裏腹に、エルヴィスは何かを察したようで眉間に皺を寄せて口を開いた。


「……まさか、僕達は君にまんまと騙されていたと言うことか?」

「人聞きが悪いけれど、まあそういうことになるのかしらね」


(どう言うこと? エマ様が私達を、試していたって……)


 エマ様はエルヴィスに向かって悪戯っぽく笑った後、今度は私の目の前まで歩み寄ってきて言った。


「事情は後で詳しくお話することになると思うから、とりあえずこれだけは伝えておくわ。

 私がこの学園に来た理由は、貴女からエルヴィスを奪って婚約者になるためでは決してない。 それだけは、はっきりとここに誓えるわ」

「っ、え、エマ様はそれで、良いのですか?」

「私? ……あぁ、勘違いしているようだけれど、私は別に彼と仲良くしたいだなんてこれっぽちも思っていないわ。

 それこそ、腐れ縁という名がよく似合う関係なの。 だから、安心して」 

「そ、そうなの、ですか」

「えぇ」


 よく理解が追いついていないが、エマ様の笑顔が何処か黒いことだけは分かり、反応に困っていると、エルヴィスが私を後ろからギュッと抱きしめた。


「エマ、ミシェルで遊ぶなよ」

「あら、それは無理なお願いね。 だって私、ミシェルとはもうお友達だし。

 それに貴方のことは気に入らなくても、彼女のことは気に入っているもの♪」

「ミシェルは絶対に渡さない」

「あ、え、な、何の話を……」


(それに距離が近い……!)


 全身を彼の体温に包まれ、恥ずかしさのあまり心の中で悲鳴をあげていると、その様子を見ているエマ様は呆れたように言った。


「エルヴィス、貴方がこれほど粘着質な男だと知らなかったわ。 

 まあ、見る目はあって良かったとは思うけれど」

「お褒めに預かり光栄です」

「あーやだやだ。 

 ミシェル、この人の手綱、しっかり握っておいてね」

「た、手綱!?」


 二人の言葉の応酬と、突如話題を振られ慌てれば、エマ様はクスッと笑ってから口を開いた。


「じゃあ、私は先に会場へ戻っているから。

 貴方方は積もる話もあるでしょうし、後はごゆっくり」


 そう言ってから、「あぁ、それと」と人差し指を立ててにこりと笑って口にした。


「会場に入る際は、きちんと()()()()()()()()()()()()()()入ってきてね」

「……言われなくても分かっている」


 何故かエスコートの部分を強調して言うエマ様に対し、エルヴィスは不機嫌そうに答えた。 エマ様はその態度には慣れたように肩をすくめてみせてから、優雅に手を振り踵を返し一人歩いて行ってしまう。

 未だに状況が飲み込めていない私は、その背中をただ呆然と見送ることしか出来ずにいたのだった。

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