それぞれの覚悟
「え、ミシェルはパーティーに白制服で出るの?」
「えぇ」
次の日の昼休み、レティーと二人で昼食を取るために訪れた庭園で、“生徒会パーティー”の話になった。
レティーにドレスを着るか問われ、そう答えた私に対し、レティーは少し考えた後にこやかに笑って言った。
「そっか、確かにミシェルらしくて格好良いと思うわ」
「ふふ、そうかしら」
私の表情が強張ってしまったのだろうか、レティーはどうして白制服を着るのかには言及せず、「そうだわ」と口を開いた。
「それなら私も、登壇する時は白制服を着ようかな」
「え、わ、私に合わせてくれようとしているの?」
「それもあるけれど、ほら、私はその日で白制服を着られるのが考えてみれば最後なのよね」
「あ……」
(そうか、レティーはもう生徒会役員ではなくなるから……)
本来なら、生徒会の役目を終えれば皆緑制服に戻る。 だけど、私は第一王子であるエルヴィスの婚約者だから、白制服のままということになっている。
(……正式な婚約者とは認められていないけれど)
黙り込んでしまった私に対し、レティーは「とにかく」と笑って言った。
「私の白制服姿ももう少しで見納めだから、私の勇姿を最後まで見届けてね、ミシェル!」
「ふふ、もちろん」
レティーの温かな気遣いに、少し心が軽くなった気がしたのだった。
そして、エルヴィスとエマ様と話さぬまま、生徒会パーティーを控えた前夜、私はなかなか寝付けずにいた。
(明日で生徒会としての私の役目は終わる)
幸い、選挙の準備の方は事件以来何事も起こらなかった。
後は明日、最後の仕事である生徒会長からの挨拶と引き継ぎを終えるだけだ。
本来ならそちらに気持ちを向けるべきはずが、今寝付けずにいるのはそれとは別のことだった。
それは。
(明日エルヴィスがエスコートをするのはエマ様、なのよね……)
エルヴィスはいつだって素敵だし、エマ様にとっては学園初めてのパーティーだからきっと綺麗なドレスを着て一段と素敵に見えるだろう。
そんな二人の後ろ姿はきっと……。
その時、コンコンと部屋をノックする音が耳に届いた。
既にベッドに入っていた私は慌てて飛び起きれば、扉が開いて現れたのはお母様だった。
「眠れていないのではないかと思って来てしまったの。
ミシェル、もしまだ眠くなかったら一緒にお話ししない?」
「! お母様……」
その言葉に、お母様にはバレバレなんだわ、と苦笑いを浮かべ、部屋の中に招き入れようとすれば、お母様は首を横に振って告げた。
「一緒に付いて来てくれないかしら? 見せたいものがあるの」
「見せたいもの?」
お母様は「行きましょう」と戸惑う私の手を取ると、その手を引いたまま廊下を歩き出した。
「お母様、見せたいものとは一体……」
「まあまあ、付いてくれば分かるわ」
そう言って何処か悪戯っぽく笑い、言われるがまま付いて行った先はお母様の部屋だった。
そして、部屋を開けたその先にあった物に、私は目が釘付けになる。
「っ、お、お母様、これは……」
「ふふ、念のためと思って。 貴女は仕事に没頭して忘れてしまいそうだからと、予め用意していたの」
お母様はそう言うと、そこに置いてあった物……、淡い青のドレスに金色のラメが入って輝いて見えるそのドレスの横に立つと、「どうかしら?」と笑って尋ねられた。
それに対し、私はあまりの綺麗さにそのドレスに見惚れながら口を開いた。
「とても、素敵だわ。 だけどお母様、私は」
「知っているわ。 貴女は明日、白制服でパーティーに臨むのでしょう?」
「……っ」
私はその言葉に、思わずギュッと夜着の裾を握る。 お母様は微笑みながら口を開いた。
「生徒会最後の仕事だもの、貴女が気を張って頑張っていたこと、私はよく知っているわ。
それに加えてここ半年で色々なことが起きたのにも関わらず、貴女はいつだって前を向いて頑張ってきた。
そんな貴女が娘であることを私は誇りに思うわ」
「……! お母様」
「本当は、このドレスを見せようか迷ったの。
貴女の口から、今回のパーティーには白制服で出ると聞いて、生徒会長としての指名を最後まで果たすという志を感じたから。
……だけど、その反面何処か迷いを感じたのも事実よ」
「!」
お母様は私の側に来ると、手をギュッと握って言った。
「だから今、こうして貴女にこのドレスを見せたの。
……ミシェルは、立派な淑女に成長してくれたわ。 だけどね、時々不安になるの。
貴女は、何でも一人で抱え込もうとする節があるから」
「! ……」
私は何も返せなくなってしまう。
お母様は少し笑うと、首を横に振って言った。
「貴女が今思っていることを無理に話す必要はない。
だけど、貴女はもっと我儘になって良いと思うの。
本音を言う貴女を、嫌いになったりなんてしないのだから」
「……!」
(もっと、我儘に……?)
「要するに、今の貴女に伝えたかったのは、“今のままでは絶対に後悔する”ということよ。
……私は、いつだって貴女の味方だわ。
そして、誰よりも貴女が幸せになることを願っているわ」
そうお母様は口にして微笑むと、手を叩いて言った。
「さて、私からのお話はおしまい。
もう遅いし、早く部屋に帰って寝なければね。
……ミシェル?」
「っ!」
私は思わずお母様に抱きついた。
お母様は驚いたように声を上げたものの、あらあらと笑ってポンポンと私の頭を温かな手で撫でてくれた。
「ミシェル、今は泣いては駄目よ。 目が腫れてしまうわ」
「っ、ごめん、なさい」
私は涙を一生懸命堪え、目元をそっと拭うとお母様の目を見て言った。
「お母様、ありがとうございます。
お母様とお話して、やっと覚悟が決まりました」
「そう、それは良かったわ」
お母様はそれ以上は尋ねずに微笑むと、「部屋へ送るわ」と笑って言ってくれたのだった。
お母様の後ろを歩きながら私は思う。
(もっと、我儘になっても良い……か)
その言葉に胸につっかえていた何かが、少しストンと落ちた気がして。
(……お母様、ありがとうございます)
私はもう一度そう心の中でお礼を言うと、気持ちを落ち着かせるためにゆっくりと目を閉じたのだった。
(エルヴィス視点)
“私のことは気にしないで、エマ様のエスコートをしてあげて”
“お願い”
(ミシェルに気を遣わせてしまうなんて……)
ずっとあの時の彼女の言葉と表情が、痛いくらいに脳裏に焼き付いて離れない。
自分の不甲斐なさに無性に腹が立ち、バンとベッドに拳を叩きつけた。
(分かっている、彼女のあの言葉が本心でないことくらい)
ミシェルは素敵な女性だ。
此方が思わず不安になってしまうほど完璧で、自分には勿体無いくらい聡明な女性だとも思う。
ただ、僕が“不安”に感じるその理由は、彼女が完璧であるからこそにあった。
(ミシェルは、自分の本心を隠すのが上手すぎる)
淑女の仮面をつけ、不満や愚痴など絶対に漏らさない。
そんな彼女だが、この前だけは様子が違っていた。
それが他でもない、エマのエスコートを頼んできたあの時だ。
(……泣きそうな顔をしていた)
淑女の仮面こそつけていたが、その目には悲しげな色を宿し、手は微かに震えていた。
その上、この三日間僕とは目すら合わせようとしなかった。
(明らかに避けられている)
無理もない、彼女に誤解されるような真似を僕自身がしてしまったからだ。
それでも、僕の気持ちが変わったことは一度もない。
(誰が何と言おうと、僕の婚約者は)
その答えに明日こそ、決着をつける。
(それに、差し伸べた手を取ってくれた……、初めて彼女と言葉を交わした日から決めていたんだ)
絶対に、この手を放さないと……―――
こうして、それぞれが覚悟を決めた夜は、ゆっくりと更けていったのだった。




