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侯爵令嬢の戸惑い

 それから一週間、私達は授業以外はほぼ生徒会室に缶詰状態になり準備に追われた。

 念のため、また生徒会室を荒らされないよう、鍵は準備期間中は私が鞄に入れて持ち歩き管理する許可を貰い、その他の選挙に必要な書類などは、生徒会役員で分担し家に持ち帰り保管するという日々が続いた。

 勿論、誰が何を持っているのかを明確にしながら。


(皆のことを疑っているようで心苦しいけれど、今はこれが最善の選択なんだわ)


 私はそう自分に言い聞かせ、選挙まで一週間を切った今日も作業に追われており、今は当日のプログラムのホッチキス留めを皆で行っているところだ。


「あー、もう! この作業飽きたわ!」

「まあまあレティー、仕方がないよ。 これも後輩達のためなんだから頑張ろう?」

「はぁ、そうよね……」


 疲れ切って苛立ちを隠せないレティーをレイモンドが宥めるのを横目で見て、何だかやるせない気持ちになる。


(本来であれば、もうとっくにこの作業は終わっていたはずなのに。 この前水浸しになったものも合わせて、この期間中に私達だけで1000部も作らなければならない羽目になるなんて……)


 途方もない作業に、私は「頑張りましょう」と皆を鼓舞するしかなくて。

 もっと私がきちんと管理していれば、とぐっと唇を噛んだその時、部屋の扉が開いた。


「ミシェル、準備は順調?」

「エルヴィス」


 そう言って笑みを浮かべてくれる彼に対し、言葉を返そうとすれば、後ろからヒョコッと現れた彼女が先に口を開く。


「あ、今日はプログラム作りね! 私達も手伝うわ!」

「おい、エマ……」


 止めるエルヴィスをよそに、エマ様は私の隣に座ると「どうやれば良いの?」と興味津々な目で私を見る。


(エマ様……)


 エマ様は良い人だ。

 友達になってからはいつだって気さくに話しかけてくれる。 ただ、私は胸の奥でつっかえているものがあった。

 それは、他でもない彼女とエルヴィスの関係だ。


(未だにエルヴィスに、怖くてはっきりと聞けていない)


 エルヴィスは腐れ縁と言っていたが、エマ様は最近ではエルヴィスや私に付いてくるようになった。

 慕って下さっている、ということなんだろうけれど、エルヴィスと一緒にいるエマ様を見ると、何だか心がモヤモヤとしてしまうのだ。


(だから、今も)


「ミシェル?」


 エマ様が私の名を呼んだのに対して慌てて考え事をやめると、エマ様にプログラムの作り方を説明した。

 するとエマ様は、突然驚きの言葉を口にする。


「私、ホッチキス留めというものをしたことがないのだけれど……、どうやって使うか教えてくれるかしら?」

「「「!?」」」


 その言葉に、皆が目を見開く。


(え、エマ様はホッチキスをお使いになったことがない!?)


 その言葉に、私は慌ててエルヴィスの方を見れば、彼は深くため息を吐き、口を開いた。


「君のご両親はどれだけ過保護に育てているんだ。 ホッチキスの使い方が分からないようでは、手伝いは出来ないのだから帰ったらどうだ」

「わ、私にだって使えるわ! ホッチキスくらい!」

「あ、エマ様!!」


 エマ様は近くにあったホッチキスに手を伸ばし、刃の部分に手を伸ばす。

 そして、飛び出てしまっていた芯を思い切り触ってしまったようで、エマ様は「痛っ!」と手を引っ込めた。

 その指先からは血が滲んでいる。


「大変……! エマ様、今すぐ保健室に参りましょう!!」

「え、で、でも」


 エマ様は指を押さえて戸惑いの表情を浮かべる。 エルヴィスは怒ったように何か口を開きかけたが、私はエマ様の手を取りその言葉を遮るように口を開く。


「ごめんね、エルヴィス! 少しの間プログラム作りを手伝っていてくれるかしら!?」

「え、ミシェル!?」


 私は慌ててエマ様の手を取り保健室に向かって走りだしたのだった。





 放課後の廊下で、私とエマ様の歩く足音だけが響く。


「ごめんなさいね、ミシェル。 結局私が、足を引っ張ってしまって……」

「いいえ、エマ様は手伝って下さろうとしただけですから、何も悪くないです。

 ただホッチキスや刃物の扱いは、きちんと使い方が分からないと危険ですので、これからは気をつけて下さいね」


 エマ様の指の怪我は幸い小さかったため、保健室で消毒をしてもらい、絆創膏を貼ってもらう処置だけで済んだ。

 菌が入ったり傷になってしまっては大変だと思っていたけれど、先生には浅いから大丈夫だと言われ心からホッとした。


(エマ様はお姫様だし、きっとホッチキスを含めた刃物には触ったことがないんだわ)


 そんなことを考えていると、気が付けばエマ様がじっと私を見つめていて。

 驚いて「何か顔についていますか?」と尋ねれば、エマ様は笑って口を開いた。


「いえ、そうではないの。 貴女は心から優しい方だなと思って」

「そ、そんな。 大したことはしておりませんから」

「貴女のそういうところが良いのよ。

 ……なのにエルヴィスときたら見た? 私が怪我をしても呆れたような表情をしていたわ」

「そ、そうでしたか?」


 見ていませんでした、と口にすれば、エマ様は怒ったように口にする。


「あの人、いつもそうなの。 私のことを“許嫁”にした時でさえ興味なさそうだったわ」

「……!」


 エマ様の口から初めて出た、“許嫁”と言う言葉に心がざわつく。

 そして、エマ様はその先の言葉を続けた。


「そんな彼のことが気になって、此処まで追いかけてきたと言うのにね」

「え、エマ様、それって……」


 私がハッと思わず目を見開けば、彼女は人差し指を綺麗な弧を描く唇に立てて言った。


「ふふ、この話は彼には内緒ね?」

「……っ!」


 私は何も、返す言葉が見つからなかったのだった。





「お帰り、ミシェル。 エマ殿下は?」


 レティーの言葉に、私は微笑みを浮かべて口にした。


「今日は寮に戻ると言って帰られたわ」


 そう言って席につけば、彼は私の顔を覗き込み口を開いた。


「ミシェル、顔色が悪いけど大丈夫?」

「そ、そうかしら? きっとエマ様の怪我は大丈夫だと聞いて、ホッとして力が抜けたのかもしれないわ」


 そう口にすれば、エルヴィスは少し考え込むような素振りを見せたが、彼は珍しく、「そう」とだけ返事を返してきた。


(エルヴィスに気が付かれてしまうかもしれない)


 私はそれ以上悟られぬよう、平然を装ってホッチキスを手にプログラム作りを再開させたが、落ち着かない気持ちになっていた。


(『彼のことが気になって』、ということは、エマ様はやはりエルヴィスのことを……)


 そのために此処へ、後半年という短さにも関わらず転校を決意したということ……?


(刃物を持たせてもらえないくらい大切に育てられたのに、エマ様は寮に入るまでして隣国の此処へ来て生活しているなんて……、エルヴィスのことを、それだけ思っているということかしら)


 考え出したらキリがないほど止まらなくて。

 私は必死に悟られないように、その後は無心でプログラム作りに精を出したのだった。

 そんな私の横顔を、エルヴィスが見ていたことになんて気が付かずに。



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