痛む心
生徒会室に戻ると、待機していたメンバーは私から各立候補者のポスターを受け取り、エルヴィスも加わって手分けしてすぐに印刷に取り掛かってくれた。
私も印刷をする前にプログラムの最終確認をもう一度行っていると、先程の馬車の中で話したエルヴィスとの会話が頭を過った―――
「ミシェル、落ち着いて聞いて欲しい」
そう彼はアイスブルーの瞳を真っ直ぐと私に向け、静かに口を開いた。
「僕の見解では、犯人は生徒会内部にいる可能性が高いと見ている」
「……!」
(予想はしていた。 けれど、いざ直接話を聞いてしまうと、ショックが、大きすぎて……)
それを悟られないよう、何とか言葉を絞り出して尋ねる。
「目星はついていると先程言っていたわよね? ということは、もうそれ以外の方である可能性は」
「殆どないと思う」
「……っ」
ほんの僅かな希望も打ち砕かれ、今度こそ返す言葉を失ってしまう。
彼は私の反応を見て此処で話をやめておくか尋ねてきたが、もう少しだけ聞かせて欲しい、とお願いすれば、彼は心配げな表情を浮かべたまま話を続けた。
「内部に目を向けたのには、例の薔薇の件だ。
元々薔薇の本数を担当していたのは、会計係のレイモンド。 彼は一人でその仕事をこなしていた。
生徒会のメンバーは仕事を全て生徒会室、或いは家に持ち込むよう義務付けられているはずだから、第三者の目がある教室で仕事をしていたとは考えにくい。
そうなると、彼が薔薇の担当であったということ、且つ計算し注文するまでの期間を知っているという者は、必然的に生徒会役員のみに絞られる」
「犯人はレイモンドを狙っているということ?」
「正確に言えば、彼に罪をなすりつけたい誰かということになる」
その言葉に、私の脳裏で生徒会のメンバーの顔が次々と浮かぶ。
(副会長のニール、書記のレティーとエリク君、会計のレイモンドとルイ君……)
数少ないメンバーで、これまでほぼ二〜三年間も共に仕事をしたかけがえのないメンバーだ。
どの行事でもそれぞれ与えられた仕事を全うし、成功に導いてくれてきた彼らの中にまさか犯人がいるだなんて。
だけど、エルヴィスの言う通りだ。
(信じたくはないけれど、内部犯でなければ出来ないようなことばかりだわ)
薔薇の件だけではない、二件目の犯行時に侵入された生徒会室は、鍵が厳重に保管されてある。 その鍵が何処に保管されているのかを知っているのは生徒会役員のみなのだ。
「……僕が話せなかったのは、君がショックを受けると分かっていたからだ。
共に仕事をしてきたメンバーの中に犯人がいるだなんて僕にも信じられなかった。
だけど、犯人がやったことをそのまま無かったことにするわけにはいかない。
僕はこのまま、目星をつけた犯人のことをもう少し探ってみる」
「……また、何か分かったら教えて」
「あぁ」
エルヴィスは「それと、」と付け足した。
「君にはいつも通り過ごして欲しい。
生徒会のメンバーは君を慕っているし、それに君達三年生にとって最後の仕事なのだから、君が好きな生徒会としての時間を大切にして欲しいんだ。
これからは出来る限り僕も行動を共にするから、何かあったら言って。
良いね?」
「えぇ、分かったわ」
私はしっかりしなければ、と自分を鼓舞するように大きく頷くと、エルヴィスは微笑んでくれた。 そして、「この話はこれでおしまい」と手を叩くと、突然私に向かって両手を広げて言った。
「ミシェル、おいで」
「! ……っ」
その言葉に、思わず懸命に堪えていた涙が頬を伝い落ちた。
(覚悟していたはずなのに。 甘えてばかりではいられないのに)
私は彼にギュッと抱きつき、そのまま声を上げて泣いてしまったのだった―――
(……生徒会役員の中に犯人がいるだなんて、嘘であって欲しい)
そう改めて思っていると、突然コンコンとノックをする音が部屋の中で響いた。
皆誰だろうと顔を見合わせる。
私は「はい」と返事をし、席を立って扉を開ければ。
「ミシェル、お手伝いに来たわ」
「え、エマ様!?」
そこには、手を振り笑みを浮かべるエマ様の姿があって。
「何故君が此処に来るんだ……」
驚いている私をよそに、エルヴィスがそうボソッと呟いたのが聞こえたエマ様は、「あら」と笑って答えた。
「ミシェルが忙しく走り回っているのを知っていたから、私もお手伝い出来ることがあったらと思って来たの。 いけない?」
「君は寮生だろう? 暗くならないうちに早く帰ったらどうかな」
「それって遠回しに帰れと言っているのかしら? まあなんて酷い人。 お友達の力になりたいという気持ちが何故分からないのかしらね、ミシェル?」
「え、え……」
エルヴィスとエマ様のやりとりの中に話題を振られ、慌てて口を開く。
「え、エマ様が手伝って下さるのは、心強い、です」
「まあ! 嬉しいわ」
「完全に言わされてる感あるけどね」
そんなことを言うエルヴィスに対して彼女は一睨みすると、「さて」と口を開いた。
「何かやれることはあるかしら?」
「あ、え、えーっと」
私は彼女を部屋に通し、レティーの方を見れば、レティーが口を開いた。
「ミシェル、エマ殿下にはポスター貼りをお願いしたらどうかしら」
私の言葉に、エマ殿下は「ポスター貼りね!」と嬉しそうに手を叩いた。
「まだお教室の場所を覚えられていないから丁度良いわ! ミシェルに作ってもらった地図を見ながら行ってくる! 何処に貼れば良いの?」
そう言って何処か楽しげなエマ殿下に対し、印刷の作業をしていたエルヴィスが「ちょっと待て」と口を開いた。
「エマ、君の場合幾ら地図を見ても迷子になるだろう」
「あら、もしかして私のことを心配してくれているの?」
「!」
そう言って笑うエマ様に対し、エルヴィスは嫌そうな顔をする。 そんな二人を見て、私の心はズキッと傷んだ。
(二人は本当に仲が良いのね)
そんな私をよそにエマ様とエルヴィスの会話は続く。
「そんなにいうのならエルヴィス、貴方が案内してちょうだい」
「それは人にものを頼む態度じゃないだろう」
そんな二人のやりとりを何となく見ていられなくなって、慌てて仲裁に入る。
「え、エルヴィス殿下もエマ様と一緒にポスター貼りをして来てくれないかしら」
私の言葉に、エルヴィスは驚き目を見開く。
「で、でも」
「まだ出来てない分のポスターは後で持って行くから、先に出来た分だけ貼って来てくれると嬉しいわ。
何処に貼るかは分かる?」
私がそう尋ねれば、エルヴィスは何か口を開きかけたものの、その言葉を飲み込むように代わりに微笑みを浮かべて頷いた。
「大丈夫だよ。 じゃあ残りのポスターの印刷は皆にお願いしておこう」
「行ってくるわね、ミシェル」
「はい、お願い致します」
その言葉に頷いた二人が出ていくのを見送ると、レティーに名を呼ばれた。
「……ミシェル」
振り返ると、生徒会の面々が作業の手を止めて私を見ていた。
(……っ、私が2人に気を遣っているのがバレバレよね)
私は慌てて笑みを浮かべ、パンパンと手を叩くと、「皆、作業に集中して」と口にした。
すると、それまで黙っていたニールが机から離れて言った。
「お二人だけでは心配なので様子を見て来ます」
「あ……、ありがとう、お願いね」
彼はその言葉に黙って頷くと、部屋を出て行った。
後を追ってくれたニールに少し救われたものの、心の中は依然としてすっきりしなくて。
「ミシェル、何かあったら言ってね」
「無理しなくて良いからね」
その場に残ったレティーとレイモンドが、心配そうに口々に言ってくれるのに微笑みを返し、「ありがとう」と告げると、再度自分の仕事に向き合い始める。
(……私、どうしてエルヴィスの名前を呼び捨てに出来なかったんだろう。 それに、彼も気が付いて驚いていたわ)
そう自問自答したが、私の中で芽生えた感情の正体は既に分かっていて。
ズキンとまた胸が痛んだ気がしたが、私は現を抜かしている場合ではないと軽く頭を振り、目の前の作業に集中したのだった。




