秘密裏の犯人探し
そして、生徒が登校する時間になり、私達は何とか目につくものの回収を終え、生徒会室に集まった。
「今回被害に遭ったのは、この生徒会室と壁に貼ってあった選挙のポスター、それから当日のプログラムで間違い無いわね」
「えぇ。 ……幸い、生徒会室は荒らされていたものの大事な資料は持ち出されていないことを確認したわ」
レティーの言葉に、私は礼を言って皆を見回す。
「こんなことをされて皆混乱している上に憤りを感じているかもしれないけれど、一旦その感情は胸の内にしまっておいて。
そして、私から皆に約束して欲しいことが三つある。
一つ目は、このことをこの場にいるメンバー以外に口外しないこと。
二つ目は、犯人探しをしないこと」
「此処までやられても犯人を探さないの?」
その言葉を唱えたのは、レイモンドだった。
悲痛な彼の表情を見て私もズキリと胸が痛む。
(無理もない。 ただでさえローズ学園パーティーの時も彼が一番の被害を受けたんだもの)
私はレイモンドの瞳を見て答えた。
「勿論私も許せないし、犯人を野放しにするのは怖い。
けれど、私達が下手に動いてしまえば、誰かに直接危害を加える可能性も出てくる」
「「「!」」」
「苦しいけれど、この件の報告をして先生方に対処してもらう他ないというのが現状よ」
私の言葉に皆がシンと静まり返る。
(ここまで来てしまえば、私達だけの力では犯人を捕まえて反省させることは不可能に近い。 脅すような形にはなってしまうけれど、迂闊に犯人を探して皆に傷付いて欲しくない)
それに……、もしかしなくても、犯人が嫌がらせをするのは私が原因だと思うから。
「これからやるべきことはただ一つ。
何としても二週間後に控えている生徒会選挙を無事に迎え、後輩に引き継ぐこと。
当日まで更に忙しくなるけれど、皆最後だと思って準備に勤しんで欲しい」
「「「はい!」」」
私は笑みを浮かべ、暗い顔をしているエリク君とルイ君に向かって口を開いた。
「二人共、ごめんなさいね。 貴方方には心配をかけてばかりだわ」
その言葉に、ハッとしたように顔を上げたエリク君は横に首を振った。
「い、いえ、そんな! 会長の方が大変なのに……」
「そうですよ、僕達も生徒会のメンバーです。
生徒会の問題は生徒会役員全体で抱えるべきです」
二人の言葉に私は「ありがとう」と感謝を述べ、準備に取り掛かるために候補である二人は先に教室へ行くよう促す。
そして二人が部屋を出て行ったのを見送ってから、皆に話を切り出した。
「では、役割分担を発表するわね」
「エルヴィス、本当に付き合ってくれるの?」
馬車の中、エルヴィスに向かってそう尋ねれば、彼は微笑みながら言った。
「良いも何も、僕が力になれるんだったらいくらでも手伝うよ」
「……ありがとう、エルヴィス」
「ううん、どうってことないよ。 ミシェルの力になれるのなら」
そう言ってくれる彼に、私はもう一度礼を言って微笑みを返した。
その日の放課後、私達生徒会の三年生のメンバーはそれぞれ割り振った仕事に専念することになった。
生徒会選挙まで二週間を切ってしまった今、学校中にポスターを貼る時間はもうない。
そのため、普段完全下校時刻になると鍵を閉める各学年の教室、それから中央玄関の壁の高めの位置にのみ、再度ポスターを貼ることになった。
幸い、そのポスターの元は私の家で管理していたため、それらを今から取りに家に戻っている最中だ。
(私の担当していたプログラムの方も全て噴水の水に浸かってしまったけれど、それも元の原稿が家にあって本当によかったわ……)
「ミシェルが原稿を家で管理していたのが、こう言ってはなんだけれど不幸中の幸い、だったね」
「えぇ、本当にその通りよ。 疑っているわけではないけれど、可能な限り大事な原稿などは家で管理しているの。
勿論、個人情報が書いてあるものは持ち出していないわ。 その時々の仕事の原稿や資料だけね」
「そうか……、流石ミシェル会長、だね」
「ふふ、エルヴィスにそう呼ばれると何だか新鮮ね」
私がそう言って戯けて見せると、彼もくすくすと笑った。
(本当、エルヴィスがいてくれて心強いわ)
薔薇の本数間違えの時もそうだったが、何か問題が起こる度私は会長という立場を意識して、どうにかしなければと一人で抱え込むようになっていた。 他人に慌てている素振りを見せてはいけない。
それは、淑女修行の賜物でもあったのだと思う。
(けれど、エルヴィスに出会って変わった)
誰かに頼っても良いのだと。 そのことを教えてくれたのは他でもないエルヴィスだった。
(……本当に、彼と出会えてよかった)
そう心から噛み締めていると、ふと窓の外を見ていたエルヴィスが真剣な表情で口を開いた。
「ねえ、ミシェル」
「何?」
「君は、この事件の犯人のことをどう思っている?」
エルヴィスの口から犯人、と言う言葉が出たことに思わず肩を震わせれば、彼は慌てたように言った。
「どう思っている、といっても今は考えられないだろうけれど、このまま野放しにしておくわけにもいかない。
あの例の薔薇の件の犯人も多分同じだと僕は見ているから」
「! やはり、エルヴィスも?」
「あぁ。 皆には心配をかけるだろうから言わなかったけれど……」
エルヴィスはそう言って口を閉ざした。
その様子に違和感を覚えた私は尋ねる。
「エルヴィス、貴方もしかして、犯人探しを一人でしているというの?」
「……そうだよ」
「っ、どうして」
私がそう尋ねれば、エルヴィスはアイスブルーの瞳を私に向け静かに口を開いた。
「それは、放っておけば君に危害を加えかねない案件だから」
「わ、私なら大丈夫だわ! そんなことよりもし貴方が犯人探しをしていることがバレて、貴方に危害が加えられるようなことがあれば……っ」
そんな私の焦りに対し、彼は笑って応える。
「僕は大丈夫だよ」
「大丈夫なわけないでしょう!」
私は彼の手を取り、驚く彼に向かって言葉を続けた。
「エルヴィス、いつだって貴方は私を守ろうとしてくれている。 私はそれを嬉しいと思うと同時に、不安になるの」
「……不安?」
「だって、貴方は私のことになると身を挺して守ろうとしてくれる。
今迄だってそうやって私を守ってきてくれた」
(それに私は甘えてしまうばかりで。 だけど)
「今回の件については悪戯が悪質よ。 この前の薔薇の件より格段に行為がエスカレートしている。
それを貴方が一人解決しようとしているだなんて私が許せると思う?
それなら、私にも犯人探しを一緒にさせて。 生徒会の会長として、元は私に責任があるのだから」
そう言って彼の手をギュッと握ったが、エルヴィスはその手をやんわりと放す。
「ミシェル、幾ら君の頼みでもそれは出来ない。
……僕は、君に危ない目にあってほしくないんだ」
「貴方一人にそんな危険な真似をさせるわけにはいかないでしょう!
お願い、エルヴィス教えて。
もし何か知っている情報があるのなら」
その言葉にエルヴィスは瞠目する。
そして、ふーっと息を吐くと、彼はやがて観念したように口を開いた。
「分かった、ミシェル。 但し、僕は君に目星をつけている犯人の名前までは教えられない。
それでも良いのなら、君にも情報を伝えておく。
でも、聞いてしまったら君ももう後戻りは出来ない。 それでも良いのなら、頷いて」
「!」
(エルヴィスは、本当に私を守ろうとしてくれているんだわ)
その気持ちは痛いほど分かる。
私だって、エルヴィス一人に危険な目に遭わせたくないのだから。
(それに、此処まで彼が私の耳に入れたくないのには何か理由があるんだわ)
それでも、私は。
「……覚悟は出来ているわ。
だから教えて、エルヴィス」
「分かった、ミシェル。 君も本気なんだね」
「えぇ」
私がその言葉に頷けば、彼は困ったように笑った後やがてふっと笑みを消し、その言葉を告げた。
彼の口から紡がれた言葉は、私自身もうっすらと予想していたものの、信じたくないほど残酷で。
覚悟はしていたが、返す言葉はなかなか見つからなかったのだった。




