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最後の仕事

 二学期が始まって一週間が経った。

 エマ様は大分学校に慣れてきたようで、昼休みは学食へクラスメイトと一緒に行ったりもしているようだ。

 最初はエルヴィスの婚約者は私とエマ様のどちらか、何となく腫れ物を扱うような感じで生徒達は接してきていたものの、エマ様はそれ以降自分が婚約者だということを口に出さないため、皆は忘れたように振る舞ってくれている。


(エマ様も楽しそうだし、もう大丈夫かな)


「ミシェル、行きましょう」

「えぇ」


 レティーに呼ばれ、生徒会室へと足を向ける。


「それにしても、毎年選挙前は大変よねぇ」

「そうね。 まあ去年に比べたらずっと楽だと思うわよ」

「そっか。 今年は引退する三年生が多いから役割分担出来るものね」


 レティーの言う通り、最後の仕事である生徒会選挙はとにかく忙しい。

 生徒会には前述した通り、六名で活動している。

 その内、今年は3年生が私を含め四人いるため、その四人で選挙の準備をしなければならない。 六人の内の残りのニ人はというと、最終学年ではないため、そのまま生徒会選挙に立候補することになり、選挙活動に勤しまなければならなくなるから準備には加わらないのが暗黙の了解となっている。


「お、噂をすればあそこにエリク君がいるわよ。

 おーい、エリク君!」

「! レティー先輩、会長」


 レティーに呼ばれ、ふわりと黄緑の髪を揺らして笑みを浮かべた。

 エリク君は一年生の時から生徒会の書記を務めてくれていて、今年は生徒会長に立候補している頼れる存在だ。

 そんな彼に私も笑みを返しながら話しかける。


「もうすぐ生徒会選挙ね。 調子はどう?」

「はい、お陰様で! ……と言いたいところですが、これでも緊張しています」

「ふふ、そうよね」

「でもエリク君なら大丈夫よ! だって頭も良いし、皆から信頼されていて何せ人気があるってルイ君から聞いているもの」


 レティーの言葉に、エリク君が「ルイが!?」と驚いたように目を見開き、照れ臭そうに「あいつ……」と小さく呟いた。

 その反応に私達は顔を見合わせてクスクスと笑う。


(エリク君とルイ君はブライアン殿下派で同じクラスなのよね。 私がブライアン殿下派から抜けてどうなるかと思ったけどいらぬ心配だったわ)


 そんなことを考えていると、レティーが「ルイ君は元気?」と尋ねた。


「……あ、多分元気だと思います。 ただ最近、お恥ずかしながら喧嘩をしてしまって口を聞いていなくて」

「喧嘩? 珍しいわね」


 いつも仲が良いのに、とレティーが首を傾げて言うものだから、私は慌てて口を挟む。


「そ、そういうこともあるわよ。 早く仲直り出来ると良いわね」

「……はい」


 エリク君の曖昧な返事に私は違和感を覚えたものの、生徒会の仕事の時間が迫ってきていたため、そこでエリク君と別れたのだった。





「取り敢えず、役割分担を発表するわね。

 まずは、当日の時間配分決め、立候補者への情報の伝達をニール。

 レティーは当日の司会進行の原稿作り、もし終わりそうだったら当日配るプログラムのホッチキス留めを一緒に手伝ってくれると嬉しいわ。

 レイモンドは会場へ行って当日の座席の配置に印をつける作業をお願い。

 何か分からなかったらその都度私に聞いて。

 あ、後、学校中に貼る選挙ポスターは人手が多い方が良いから、手が空き次第手伝うようにしてくれるとありがたいわ。

 此処までで何か質問は……、って皆どうしたの?」


 最初は頷いていた皆がだんだん死んだ魚のような目になっていくのに気が付き、私が首を傾げれば、レティーが「いや、」と少しため息混じりに言った。


「この仕事を毎年やっていたと思うと凄いなって」

「ほ、本当よね……。 特に去年はこのメンバー全員が立候補していて手伝えなかったから、最終学年の先輩二人だけでやって下さったのよね。

 想像していた以上の仕事量で私も驚いているわ」

「会長、お願いですから倒れないで下さいよ」


 ニールの言葉に、私は苦笑いして「えぇ」と頷いてみせる。


(本当、休んでいる暇はないわ)


 この仕事をもって正真正銘、生徒会長の役目が終わる。

 学園ではもう生徒会ではなく、一個人の生徒として通うことになるのだ。


「……名残惜しいわね」


 私の言葉に、しみじみと皆が頷く。


「最後の生徒会の仕事、皆気を引き締めて胸を張って後輩に受け継ぎましょう」

「「「おー!」」」


 そう言って、四人それぞれが作業に取りかかる。


(えーっと、私の仕事はプログラムの最終確認とそれを印刷したもののホッチキス留め、終わってからポスター貼り……、あ、その前にポスターを貼ってはいけない場所の確認をして皆に伝えないと)


 生徒会選挙まで3週間を切っている。

 ここからは時間との戦いだ。


(最後まできちんとやらなければ)


 私はもう一度気合を入れると、プログラムと向き合ったのだった。





「会長、このポスターはどれくらい間隔を空けて貼れば良い?」

「そうね、柱二本間隔で貼って。

 あ、教室の扉の前にある柱には貼らないようにして」

「了解!」


 レイモンドはそう言うと走り出す。

 廊下を走っては駄目、と言いかけたが、今は放課後で幸い生徒の目がないから注意するのはやめておいた。


(学園は広いから、限られた時間だけでは終わりそうにないものね……)


 準備は主に短い昼休みの間と放課後だけ。

 最終下校時刻もあるし、日も短くなってきたこの頃はすぐに暗くなってしまうため、それぞれの家の門限の時間にも合わせなければならない。

 そのため、持ち帰ることの出来るものは家でやるようにしている。


(それでも皆が張り切って進めてくれているから、今のところ順調で安心するわ)


 そう心から安堵しつつ、私もポスターを貼る。


(あ、これはエリク君ね。

 順調に行けば会長立候補は一人で確定だし、頑張ってほしいな)


 エリク君は前述した通り、とても頭が良く皆から好かれる人気者だ。

 伯爵家の出であり、以前夜会でもご家族にお会いしたことがあり、エリク君と同様温かな方々だったことを覚えている。


「あ、こっちはルイ君ね。

 彼は真面目で物静かなタイプだけど、エリク君と仲が良いのよね」


(そんな二人が喧嘩したと聞いたのは初めてな気がするけど……、でも二人なら大丈夫よね。

 選挙もあるし、今度は二人が先頭に立って生徒会を引っ張ってくれたら良いな)


 頑張って、と心の中で応援しながらポスターを貼っていると。


「ミシェル、楽しそうだね」

「!?」


 耳元で囁かれ、驚いた私は思わず飛び退く。

 その囁いた主はクスクスと笑って「手伝うよ」とヒョイッと私からポスターを取り上げて言った。


「え、エルヴィス! もう、驚かさないで」

「ふふ、ミシェル、顔真っ赤だよ?」

「ふ、不可抗力!」


 私が耳を押さえながらそう返せば、エルヴィスは楽しそうに笑いながら「ここに貼れば良いんだよね」ときちんと柱一本空けた次の柱にポスターを貼ってくれる。


「! え、エルヴィス、これは生徒会の仕事だから」

「ただでさえいつも人手不足なのに大変でしょ? それに僕は生徒会の“雑用係”なんだから大丈夫」

「でも」

「僕を頼ってよ、ね?」


 エルヴィスはそう言って、私を至近距離から覗き込む。

 その表情にうっと私は言葉を喉に詰まらせ、「じゃあ」とひらめいて口を開いた。


「お言葉に甘えるけれど、今度お礼をさせて」

「! ……じゃあそれ、前払いってことで良い?」

「え? それはどういう……っ」


 その続きは口の中で溶ける。

 それは、エルヴィスの顔が0距離にあったから。


「!!」


 エルヴィスの顔が離れたことではっと我にかえり、慌てて唇を押さえれば、彼はペロッと艶めかしく自分の唇を舐めて、「はい、充電完了」とニコリと笑って言った。


「っ、ずるい」

「だって最近会えていなかったから寂しくて。

 ……ミシェルは寂しくなかった?」

「そ、それは勿論、寂しかったけれど……」


 恥ずかしくてほんの小さく呟いたつもりだったが、エルヴィスの耳にはしっかりと届いていたらしく、彼も少し顔を赤らめながら嬉しそうに破顔する。


「ミシェル〜! 私も手伝う……って、あら、まさかお邪魔しちゃった?」


 そうニヤニヤと笑って現れたレティーに向かって、私は慌ててぶんぶんと首を横に振り、「きょ、今日中にポスターを貼り終えてしまいましょう!」とぐいぐいと彼女の背中を押す。


「エルヴィス、ここはお願いするわね!」

「うん、分かった。 任せて」


 エルヴィスはひらひらと手を振り、本当に最終下校時刻まで手伝ってくれたのだった。


 そうして私達は、2日程かける予定だったポスター貼りをエルヴィスが手を貸してくれたお陰で1日で終えることが出来た。

 後は分担した役割を当日までに準備するだけ。

 そう思っていた私達だったが、生徒会選挙まで二週間を切ったある日、私達を震撼させる衝撃的な事件が起きる……―――




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