波乱の幕開け
遅くなってしまい大変申し訳ございません…!
マイペースでは御座いますが、本日から二学期編、開始致します!
9月。
暑かった夏の日差しは幾分か柔らかくなり、心地の良い風が髪や制服を撫でる。
「もうすぐ秋ね」
そう隣に座る侍女に目を向ければ、彼女は茶の髪をさらっと揺らし、「そうですね」と返し、しみじみと言葉を口にした。
「お嬢様にとって、今年は怒涛の学校生活でしたもんね」
そんなメイの言葉に、私も頷き言葉を返した。
「本当ね。 一学期だけでも長い様であっという間だったわ」
その理由は紛れもなく、“彼”が側に居てくれたから。
「……もしエルヴィスが居なかったら私は今頃、此処には居なかったはずなんだわ」
第二王子である元婚約者様に唐突に別れを告げられた私は退学届を出し、留学することを考えた。
そんな私の元に現れた彼の兄である第一王子のエルヴィスは、突然家にやってきたかと思えば、学校に残るよう私に促して……。
「“好き”とまで言われた時には驚いたし、信用出来なかったけれど」
だけど、彼と過ごす時間が、その一瞬が、目に見える全てが彩られていく。
そんな感覚は初めてだった。
「彼を好きになるのに時間はかからなかった」
そっと目を閉じれば思い出す。
彼との思い出の数々。
彼の姿、表情、言葉、温もり……、全てが、愛おしい。
「……今日から、毎日彼と会える」
「ふふっ、楽しみですね!」
隣にいるメイが、心なしか目がキラキラとしているのを見て私も笑みを溢した。
「えぇ。 ただ、気を引き締めなければいけないわ」
(エルヴィスの、王家の一家の秘密が少しずつ分かってきた今、第二王子派が私達に対してどう出てくるか分からない。 油断は禁物だわ)
「メイ。 これからまた、貴女に沢山迷惑をかけてしまうこともあるかもしれない」
「!」
「それでも……、貴女は、私について来てくれる?」
そう私が彼女の瞳を真っ直ぐと見て問えば。
メイは怒った様に言った。
「何を仰るかと思えばミシェル様。 今頃私が、尻尾を巻いて逃げ出すとでもお思いですか!?」
「!?」
くわっと目を見開き、隣にいた私にずいっと近付く彼女に対し、私は思わずたじろげば。
彼女はぷっと吹き出して笑う。
「ふふ、そこまで驚かれなくても。 ただ私は、お嬢様に一生付いていくつもりだということです。 言ったじゃ無いですか、お嬢様のお側を離れるつもりはありませんと」
「! メイ」
彼女の言葉に目を瞬かせれば、メイは誤魔化す様に慌てて窓の外を見て言った。
「ほ、ほらお嬢様! もうすぐ学校に着きますよ!! 殿下もきっとお待ちかねです!!」
「ふふっ」
私は慌てて私の身支度を整えるふりをする、真っ赤な顔をしている侍女に向かって、ありがとう、と小さく呟いたのだった。
メイと別れ、教室までの長い廊下を歩いていると、パタパタと前から足音が聞こえて来た。
「ミシェル〜!」
「レティー!」
走って来た親友の姿に、私も嬉しくなり笑顔で返す。
「お久しぶりね、元気だった?」
「えぇ、お陰様でこの通り! ミシェルは?」
「えぇ、私も元気よ。 そういえば、いつもより早く登校して来ているようだけど、何かあった?」
「あぁ、特に何もないわよ。 ただ、久しぶりの学校へ行くのと、ミシェルに会えるのが楽しみだっただけ」
そう笑顔で言われ、私は思わず半拍遅れて笑みを溢す。
「そ、そうだったのね。 ありがとう」
「! ミシェル、照れてるでしょ」
「だって驚いたんだもの。 私も、貴女に会えるのを楽しみにしていたわ」
「〜〜〜ミシェル〜!」
「わっ」
彼女は私にギュッと抱きつくと、そういえば、と慌てた様に言った。
「学園長がミシェルのことを呼んでいたわ」
「? 何かしら?」
「私も分からないけれど……」
そう言って首を傾げる彼女に対し、お礼を述べ、言葉を続けた。
「学園長はお部屋にいるのかしら?」
「えぇ、ミシェルのことを待っているって言ってたわ」
「有難う。 取り敢えず伺ってみるわね」
そう告げて彼女と別れ、廊下を歩き出す。
(毎学期の最初の日は、学園長に挨拶に伺っているけれど……、学園長からお呼びがかかったのは初めてだわ。 何かあるのかしら?)
そんなことを考えながら廊下を歩いている内に、学園長室に辿り着いた。
少し息を吸い、コンコンとノックをしてから名を名乗れば、すぐに入るよう促されて。
私はガチャッとドアノブを開ける。
すると、其処には。
「あ……」
私の視線の先。 目が合ったのは学園長ではなく、白制服にブロンドの髪から覗くエメラルドの瞳が印象的な女生徒だった。
その姿を見て、私はあ、と声を上げた後、慌ててその名を呼んだ。
「え、エマ様?」
そんな私の問いかけに対し、ブロンドの長い髪をふわりと揺らしながら彼女は微笑んだ。
「えぇ。 お久しぶりね、ミシェル様」
彼女はそう言って完璧な笑みを浮かべた。
エマ・ヴィトリー殿下。
隣国に位置する大国であるヴィトリー王国の第三王女である。
夜会で何度かお目にかかったことがあり、殿下ではなく様で呼ぶことを許された仲であるけれど、どうしてその彼女がこの学園に……。
「っ、エマ様、もしかして」
エマ様の白制服姿を見てハッとした私に対し、彼女はふふっと口元を隠しながら笑って言った。
「今日から私も、この学園に通うことにしたの」
「ほ、本当ですか!?」
「えぇ」
迷いなく頷く彼女に対し、私は疑問に思う。
(確かに、王族の方々が他国から留学してくることは良くあるけれど、どうしてこの時期に?)
私とエマ様は同じ歳。 だからこの学園に今から入っても後半年で卒業することになる。
この時期に転入してくる生徒なんて少なくとも私が通っている中ではいたことがなかったから驚いてしまう。
そんな私の動揺に対し、エマ様と私の会話を聞いていた学園長がコホンと軽く咳払いした。
「良かった、お二人共お知り合いなのですね。 それなら話が早いです。
ミシェルさん、突然ではありますが、エマさんの学園生活でのサポートをして頂けますか」
「は、はい、私で宜しければ」
(私がエマ様に学園を案内するということね。 少し緊張してしまうけれど……)
そう考えながらも頷けば、エマ様はパチンと手を叩いて「嬉しいわ!」と笑顔で頷いた。
「宜しくお願いね、ミシェル様」
「はい、此方こそ、宜しくお願い致します」
そう告げたその時。
ドタバタと急に廊下が騒がしくなったと思ったら、背後でガチャッと扉が開いた。
え、と驚き振り返れば、そこに居たのは。
「……っ、ミシェル、エマ……」
「!」
そうボソッと呟き、私とエマ様を交互に見てアイスブルーの瞳に動揺の色を滲ませる、私の大好きな方……、エルヴィスの姿だった。
久しぶりの彼の姿にドキッとしつつ、エマ、とエマ様の名前を呼び捨てにしたことに対して驚いた私は、次の瞬間更に驚くことになる。
それは。
「……エルヴィス!」
「「!?」」
エマ様はそう呼ぶと、私の横をすり抜けて彼の元へ走り寄ると、彼の首に抱きついたのだ。
エルヴィスはそれに驚き、その手を凄い速さで引き剥がす。
(っ、な、にが起こっているの?)
そんな私の動揺に、又更に追い討ちをかけるようにエマ様は何処か艶めかしく、でも責めるようにエルヴィスに向かって口を開いた。
「あら、冷たいのね。 婚約者である貴方が顔を出さないから、私が直々に会いに来たと言うのに」
「「!?」」
頭を金槌で殴られたような、そんな衝撃を覚える。
そして、指先が一気にその言葉に震え出した。
(……っ、エマ様が、エルヴィスの、こん、やくしゃ……?)
それは、波乱の幕開けだった。
エマ・ヴィトリー
ヴィトリー王国第三王女。
ブロンドの髪にエメラルドの瞳を持つ。




