二人で育む愛
「話してくれて、ありがとう。
私を、好きになってくれて、ありがとう」
「! ……ミシェル」
私の言葉に、殿下は大きく目を見開く。
私は微笑み、そっと彼の頰を優しく撫でて言葉を紡いだ。
「幾ら感謝の言葉を述べても足りないくらい、私は貴方に何度も救われた」
幾度となく差し伸べられた手。
楽しい時、辛い時……、一人で挫けそうになった時もいつだって、側に居てくれたのは、エルヴィス殿下だった。
「貴方は、“愛情”の示し方が分からない、そう言っていたけれど……、それを言ったら私だって貴方に出会うまで、家族からの“愛情”は知っていても、恋人への“愛情”というものがどんなものなのか、知らなかった。
……第二王子という婚約者がいても、以前にも言った通り、彼に対して情が湧いたことはなかった」
私はそう断言し、ふっと息を吐くと、少し下を向いて言葉を続けた。
「……幼い頃から貴方の目に映っていた私が、感情を表に出さない子だったというのは、合っていると思うわ」
「! どうして」
「粗相があっては、いけないと思っていたから」
「……ブライアンの婚約者だったから?」
「えぇ」
私は彼の言葉に頷いた。
「私は……、常に完璧な淑女を目指していた。 この国の第二王子の婚約者なのだから、常に皆のお手本にならなければいけない。
それにとらわれるうちに、私は周りを意識して、自分の感情を表に出さないように気を配るようになった」
最初は意図的だった。
自分の言動一つで、元婚約者の機嫌の良し悪しが変わることに気付いた私は、常に顔色を伺うようになった。
「そうするうちに、段々と自分の本音を告げることが怖いと思うようになって……、いつしか、自分の気持ちを素直に表すことが出来なくなって、結果的に感情の機微を出すことをしなくなった。
……だけど」
「!」
するっと、私は彼の手を握り、アイスブルーの瞳を真っ直ぐと見つめて言った。
「婚約破棄をされた私の目の前に現れた貴方は、いとも簡単に、私の本音を引き出した」
「! あの時の……」
「えぇ。 貴方が、私の家を初めて訪れた時のこと」
―――貴方に何が分かるの!?
私はそう、わざわざ訪れてくれた彼に対し、不躾にも彼の身に付けていたタイを引っ張り、怒鳴り声を上げた。
「……今考えたら、完全に貴方に八つ当たりしたも良いところよね」
「違う、あれは僕がわざと、君の本音を引き出そうとして君を挑発するような真似をしたんだ」
「え?」
思わずその言葉に聞き返せば、彼はくしゃっと前髪をかきあげて口にした。
「……僕は、君の本心が聞きたかった。
第二王子の彼に反論もせず、あの場を立ち去った君が……、もし、彼のことを好きだったとしたらって。
僕は……、君が彼に対してどんな感情を抱いていたのか知りたくて、それで、あんな真似をしたんだ」
「……」
初めて聞くその言葉に、私は思わず言葉を失えば、彼は慌てたように言った。
「ごめん、君を、試すような真似をしたこと……、怒ってる?」
彼はしゅんと項垂れ、酷く申し訳なさそうな顔をするから……、私は思わず、笑ってしまう。
「っ、ふふ、そうだったのね」
「! 許してくれるの?」
「あら、当たり前じゃない。
……こんなに、貴方に愛されているのだから」
「!」
私は、彼の額にコツンと額を重ねる。
そして、瞳を閉じて言葉を紡ぐ。
「先程の“愛情”の示し方の話に戻るけれど……、今こうして、目の前にいる私が答えよ。
家族にも友達にも、言われるようになったの。
“以前よりずっと、感情表現が豊かになったね”って。
そんなことを言われるようになったのは他でもない、貴方に出会ってからなのよ」
「……!」
ハッと、彼が息を飲んだが分かる。
私はふふっと笑みを浮かべると、閉じていた目をそっと開け、彼と視線を合わせて口にした。
「私の心を動かすのはいつだって、エルヴィス、貴方なのよ」
「!!」
「それに、私だって“愛情”表現なんて、どうしたら良いか分からないわ。
だけど、こうして一緒に居られるだけで、私の心はいつだって、温かくなるの。
……それだけでは、答えにならないかしら」
「……」
彼は何も答えない。 私は今度は、彼に向かって提案してみる。
「そうね、後のことは……、私達二人で、探ってみない?
私達なりの、愛の形を。
っ、なんて……っ!?」
自分の言葉に恥ずかしさを覚え、誤魔化すように笑った私の体が、突如温かい温もりに包まれる。
それは、彼がギュッと私を抱き締めたからで。
「っ、殿下……?」
「……どうして君は、そんなに僕のことを嬉しくさせる天才なの……?」
「! あら」
私は思わず、その言葉にクスクスと笑う。
そんな私に、彼は拗ねたように口を開く。
「何で笑うの」
「っ、だって、あまりにも貴方が、可愛くて、つい」
「は? 僕が、可愛い?」
「? えぇ。 ……ひゃっ!?」
そう頷いた私の耳に、突如味わったことのない刺激が訪れる。
私は慌てて、耳を抑えバッと飛び退けば。
彼が、してやったりという顔で私を見て、艶やかにぺろっと唇を舐めた。
「〜〜〜い、いいい今、何を!?」
「んー、僕を可愛いと言った君への、仕返し、かな。
……ふふ、少し耳を食んだだけなのに、可愛いね、ミシェルは」
「〜〜〜!?!? す、少し!? 」
言わずもがな赤くなっているであろう私に、彼は可愛い、を連呼し、あっという間に私と置いたその距離を縮め……。
「良いよ。 君のいう通り、今すぐにでも僕達の“愛の形”というものを、探ってみようか?」
「!ちょ、ちょっと待ってっ! そ、そういう意味で言ったんじゃ……!」
「ん? そういう意味って、何のこと?
ね、ミシェルは今、何を想像したの?」
「!! い、意地悪!!」
彼の膝の上に横抱きに座らされた私は、せめてもの抵抗をと、彼とは反対の方向を向けば。
彼の頭が、私の肩にポスッと乗る。
「……殿下?」
「……今日君と、こうして話し合えて良かった」
「! ……私も」
私はそっと彼の方に身体を向けると、ギュッとその肩に腕を回す。
そして、彼の腕も私の腰に回り、お互い黙って抱き締め合っていたけれど、私はふと思い立って口を開いた。
「……ねえ、殿下、もし……、無礼でなければ、貴方のこと、これからはずっと“エルヴィス”って……、呼んでも良い?」
「! ……そんなの、今更だよ」
彼はそう言うと、体を離し、朗らかに笑って言った。
「僕は君に、名前で呼んで欲しい。
だって僕達は、恋人同士、でしょ?」
「! えぇ!」
私は嬉しくなって大きく頷くと、彼はふっと笑みを浮かべ、彼は私の瞼にそっと口付けを落とす。
私はまた嬉しくなって、彼の名前を噛みしめるように言う。
「エルヴィス」
「ん、何?」
「ふふ、呼んだだけ」
「! あはは、そうか」
私達はそんなやりとりを、クスクスと笑いながら続けた。
私が彼の名を呼んで、彼がそれに対して返事をする。
そんな些細なやりとりが、どれだけ幸せで、どれだけ尊いか。
そんな幸せを、噛み締めていると。
「ミシェル」
「! 何、エルヴィス」
今度は逆に、彼が私の名を呼ぶ。
それに対して返事をすれば、返ってきた言葉は。
「愛してる」
私が驚く間も無く、そう紡いだ彼の唇が、そっと私の唇に重なったのだった。




