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欠けていたもの

 


 どのくらい、時間が経っただろう。

 気が付けば、陽は半分ほど沈みかけていて。


「……ミシェル」

「?」


 ふと、彼に名を呼ばれ顔を上げれば、隣に座っていた彼がじっと私を見て口を開いた。


「そろそろ、君を帰す時間になってしまうけれど……、最後に、君が僕に聞きたいことはある?」

「! ……えっと……」


 じっと、薄い青の瞳が私を見つめる。 その瞳に先程のこともあってドギマギしてしまうと、彼はふっと笑みを浮かべて口にした。


「ふふ、ミシェル顔が真っ赤だよ?」

「っ……、そ、それより! っ、その……」


 私は一つ、ずっと気になっていたことがあった。

 それを聞こうと一瞬口を開きかけたものの、私は思わず閉口してしまう。


(……彼に……、聞いても良いことなのかしら)


 私が黙ったのを見て、彼は「ミシェル」ともう一度名を呼ぶと、私の瞳をまっすぐと見て言った。


「大丈夫、君の質問になら何でも答えるよ。

 ……もう君に、隠し事はしたくないから」

「……!」


 私はその言葉に、思わずギュッと裾を握る。

 ……不謹慎かも知れないけれど……、その言葉が、真っ直ぐと心に響いて。

 素直に、嬉しいと思ってしまう。


「……答えたくなかったら、答えなくて良いの。

 その……、以前、新入生歓迎パーティーの前に、私に好意を寄せてくれた時の話をしてくれたのを、覚えている?」

「!? そ、そんなに前のことを覚えているの?」

「……忘れてって言われたけれど……、あまりにも衝撃的で。 今でも、覚えているわ」


 それは、新入生歓迎パーティー前のお昼時のこと。 彼は私を見かけたときの、第一印象を教えてくれた。


 ……君を初めて見た時……、僕と君は似た者同士だと思った。


「そう、貴方は言っていたわ」

「! ……本当に、よく覚えてるんだね……」


 彼は黒髪の鬘を取ると、その下から現れた金色の前髪をくしゃっとかきあげ、下を向いてしまった。 私はそれを見て慌てて口を開く。


「ご、ごめんなさい。 貴方には、忘れてと頼まれていたこと、なのに……」

「大丈夫、怒ってないよ。 ……それで? 君は何が気になっているの?」

「……あの、本当に答えたくなかったら、答えなくて良いの。 ……でも、ただ一つ、ずっと気になっていたことがあって」


 私は少し息を吸うと、彼に向かって口を開いた。


「あの時、貴方は……、私と“似た者同士”だと言ってから、すぐに否定していた。 それは、貴方が……、私とは決定的に違う“何か”が、欠けて育ったからだって。 そう言っていたよね」

「!」


 私には、分からなかった。

 彼に、欠けているものの正体が。

 彼が、何を思ってそう言ったのか。

 知りたかった。


「……貴方は、何が欠けて育ったと思っているの……?」

「……っ」


 大きく、アイスブルーの瞳が動揺からか揺れる。

 私は敢えて何も言わず、じっとその返事を待った。

 だけど、その返事は至ってすぐに返ってきた。


「……僕に欠けているものは、“家族からの愛情”だよ」

「!! ……愛、情……」


 思わず私がハッとして呟けば、彼は無言で頷き、曖昧に笑った。


「僕が君を、勝手に“似ている”と思い込んだのは、君があまり感情を表に出さないことだった。

 僕は感情を……、隠す、というよりは押し殺して育つことを、幼いながらに覚えて育っていたから」

「……っ」


 その言葉に、不意にこの前、殿下の執事さんが言っていたことを思い出す。


 ―――お坊ちゃんは良い意味でも悪い意味でも、手のかからない方でした


(っ、それは、殿下が自ら感情表現をしなかったから……)


 真実に気付き衝撃を受ける私を他所に、彼は言葉を続ける。


「まだ幼かった僕は、淑女の仮面を完璧に取り繕う君の姿を見て漠然と、“似ている”と思ってしまったんだ。

 ……この子も、僕と似たような境遇なのかもしれない、そう思った」

「……!」

「僕は勝手に、君を“仲間”だと思い込んだ。

 そして、彼の婚約者になった君がどんな子なのか、もっと知りたいと思った僕は、第二王子と過ごしている時の君を、遠くから見ていたんだ」


 初めて、彼の口から聞く言葉の数々に、私はずっと驚きっぱなしだった。

 彼がずっと昔から私を見ていたことも、況してやそんな感情を抱いて私を見ていたことにも、気が付かなかったから。


「……でもある日、僕は見たんだ。 ……君が初めて、心から笑っているところを。

 ……婚約者である彼の前では浮かべたことのない笑みを……、君が彼に背中を向け、家族と帰ろうとした時、君は御両親に向けて微笑んだんだ。

 初めてだった。 あんなに……、綺麗な、純粋な笑みを浮かべる子を見るのは」

「っ、そ、そんなこと」

「あるよ、ミシェル。

 ……君は、綺麗だ。 容姿だけではなく、心根も……。

 ……君にとっては、“笑顔”一つで、なんて思うかもしれないけれど、僕にとってはそれが、希望の光に見えたんだ」

「!」

「僕はね、ミシェル。 これでも多くの人間と会って、その人々を見てきた。

 勿論、女性との婚約話なんてうんざりするくらい腐る程聞かされたし、会うこともあったよ。

 ……だけど、僕の周りに寄ってきたのは、僕ではなくその地位を見る者達だけだった」

「!」


(見ているのは、彼自身ではなく、王位継承者である彼の地位……)


「僕は、ずっと忘れることが出来なかった。

 君のその笑顔が。 ずっと……、心から、消えることはなかった」

「……っ」


 真っ直ぐな言葉が、私の心を揺さぶって。

 彼はギュッと私の手を握ると、私の瞳を見て言った。


「……その笑顔を、守りたいと思った。

 弟の婚約者、というのは複雑だったけれど、それでも……、何人たりとも君を泣かせることは許さない。 その思いでずっと、気が付けば君を目で追いかけていた」

「っ、そんなに前から、本当に、ずっと……?」

「……そう言ったら、引かれてしまうかもしれないけれど……、そうだよ。 僕はその思いだけを大事にして、此処まで生きてきた」

「!!」


(彼はそんなにも……、私を想ってくれていたというの……?)


 私が驚いて目を見開けば、彼の表情にまた、少し翳りが指す。


「……ただ、さっきも言ったように、僕は君とは違って親からの“愛情”というものを受けずに育った。

 王である父はいたけど、母が亡くなったのと同時に、陛下も体調を崩すようになったから、“父”と呼べるほど、陛下とは共に過ごした時間をあまり覚えていない」

「っ、そんな……」

「君には、考えられないこと、だね。 ……初めて君の家を訪問した時、僕は改めて思ったんだ。

 家族というものは、こんなに温かいのかって。

 ミシェルのことを心配する御家族の姿を見て、少しだけ……、羨ましいとも感じた。

 それに、僕は今でも不安になる。

 僕は君の御家族が君に向けるように、君への愛情を示す方法が、合っているのかって」

「……!」


 彼はそう言って、私の手を離し、黙り込んでしまった。

 私はそんな彼に向かって咄嗟に声をかけようとしたが、思い止まる。


(彼は……、お父様である陛下という血の繋がった“家族”はいるけれど、そのお父様は彼の側にはいなかった。 そしてもう一人の血の繋がった異母兄弟であるブライアン殿下でさえも、そしてその母親である側妃様にも疎ましがられて育った。

 っ、そんな境遇で彼は、今迄ほぼ味方もいない状態で、自身の感情を押し殺して育ってきた、というの……?

 そんなの、あまりにも惨すぎる)


「……殿下、いいえ、エル」

「!」


 私はそっと彼の頰に触れれば、彼は驚いたように俯いていた視線を私に向けた。

 そんな彼の瞳を見て、私は微笑み口を開いた。



「話してくれて、ありがとう。

 私を、好きになってくれて、ありがとう」

長くなってしまったので一度区切らせて頂きます。


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