明かされた秘密
ゆっくりと開いた扉の先、其処には。
「……っ……」
温かな木の温もりと共に、可愛らしい家具や小物が幾つも置かれていた。
中には、幼い子が使うような、おもちゃやぬいぐるみまであって。
「……これは……」
「……此処の鍵と場所は、爺から教えてもらったんだけれど……、元は僕の母親……、前正妃の遊び場兼“秘密基地”だったらしい」
「!! エルヴィス殿下の……、お母様?」
「あぁ」
彼はそう言って、「懐かしい」とポツリと呟き、そっと木の壁を撫でる。
……まるで慈しむかのようなその眼差しに、私が見惚れてしまっていれば、彼は私の視線に気付き、「中へ入ろう」と私の手を取って部屋の中へと入る。
そうして足を踏み入れた、夕日が照らし出す部屋の中には、彼の言う通り、お母様の物と思わしき物が幾つもあって。
「この部屋はね、亡くなる前、母がよく好んで使っていたそうなんだ。
“窮屈な城での息抜きに”と、そう言っていたらしい」
「窮屈な、お城……?」
私が思わずそう口にすれば、彼はゆっくりと口を開いた。
「……母は、元は平民の出なんだ」
「!」
彼のその言葉に、私は目を見開く。
「知らなかった?」と問われ、私は素直に頷いた。
(彼のお母様……、正妃であるリマ様は、私がまだ生まれて間もない頃に亡くなったと聞いている。 リマ様はとても美しい方だったと今でも評判だけれど……、結婚後はあまり公の場に姿を現さず、出自に関しては“遠い国の公爵家の出”だとか、誰もその真実を知らないような、まるで秘密をベールで包まれているような方だったから……)
「……君が知らないのも無理はない。 このことは、陛下の命令で伏せているからね」
「そ、それは……、どうして」
踏み込み過ぎだろうか。
それでも、私は知りたいと思ってしまう。
そんな私の問いに対し、殿下は少し考えるようなそぶりを見せると、やがて口を開いた。
「……周りが、面白くないだけだろう。
陛下の立場からして、平民との結婚は本来許されざるもの。 それを、陛下がどうやって母との結婚を許してもらったかは知らないけれど……、尤も、面白くないからこうして、全てをひた隠しにしているんだろう」
「そんな……」
(確かに、平民と王族の婚姻なんて御法度ではあると思う。 だけど、そこまでして隠したいことなの……?)
「……皮肉にも、母は陛下と結婚し、その二年後、僕を生んだのと引き換えにするように亡くなったから、表向きは陛下の為に、亡き正妃の話はしないように、という御触れが裏で出たことによって、それが暗黙の了解となったんだ」
「……っ」
そう言った彼は、ぐっと強く拳を握った。
(……こんなにリマ様についての情報が出回らないのは、薄々おかしいとは思っていたけれど……、まさか、そんなことがあっただなんて)
彼の暗い表情に、私も思わず俯いて黙ってしまう。
そして殿下は、そのまま言葉を続けた。
「僕は……、僕が知っているのは、実はこれだけだったりするんだ」
「え……っ」
その言葉に、俯いていた顔を上げれば、彼の瞳は暗い影を落としていて。
そんな瞳を私に向けながら、彼は悲痛な声で口にした。
「僕は、何も知らない。 知る権利さえ、与えられなかった。
……ただ、周りから、生まれながらにして僕は植え付けられたんだ。
“生きているべき人間ではない”って」
「っ……!!」
その言葉に、私は今度こそ言葉を失った。
ガン、と強く頭を何かで殴られたような、そんな鈍い痛みを覚える。
それくらい、私には衝撃的だった。
何か言葉を発しなきゃ、そう思っても、体が勝手に震えて何も口に出来なかった。
(……だって、いつもの殿下じゃない)
私の知っている彼は、こんなことを言ったりしない。
その上、こんなに……、心の底からの絶望を味わっているような表情も、言葉も、私は聞いたことがない……
「……僕に、味方してくれる人は、いたんだ。
爺と理事長……、その二人だけ、だったけれど。
その二人だって、流石に僕を守り切れないことが殆どだった。 それに、僕がそれを望んだから。
……二人に危害が及ばないようにする為には、僕が耐えて、受け入れるしかなかった」
「……っ」
「色々な言葉を吐かれたよ。
“不義の子”、“望まれない子”……、そんなことを、何度言われたことか。
それに、言葉だけじゃなかった。
少し僕が抵抗すれば、暴力を振るわれることだって、しょっちゅうだった」
私は、その言葉が何を、誰を意図しているかが分かって。
気が付けば、色々な感情が混ざり合って震えている口で、小さく呟いた。
「……“ベアトリス”様」
「! ……」
彼は私の言葉に黙って頷いた。
その彼の様子を見て、私は確信する。
(っ、やっぱり、殿下を今迄虐めていた一番の黒幕は……、リマ様の一年後に妃の座についた、側妃の“ベアトリス”様……)
ベアトリス様はこの国の公爵家出身。 身分でいえば、リマ様よりずっと地位としては高い、けれど……。
「……ベアトリスは、母よりずっと、身分が高い。 それに加えて気位も高い。
だから、許せないんだろう。
正妃であった僕の母親の、事実上“下”と言われているのが。
……そんな、陳腐な気位だけで、今迄僕は……、僕は……っ」
彼はそう言って、今度こそ、一筋の涙を零した。
そしてハッとしたように私から顔を背け、涙を拭うその背中を見て、私は思わず、その背中をギュッと抱きしめた。
ビクッと、一瞬彼の肩が震えたのを見て、私は言葉を紡いだ。
「辛かった、でしょう。 もし、私が貴方の立場だったら……、私が知っている貴方のように、明るい太陽の光みたいな笑顔を、他者に向けることは出来ない。
……っ、私は、その笑顔を見て、いつだって救われていた……っ」
「! ……ミシェル」
私は、とめどなく溢れる涙を零しながら、行き場のない怒りや悲しみをぶつけるように、言葉を続ける。
「貴方が、こんなに、苦しんでいたことに気が付かずに……っ、私はただ、貴方が側に居てくれる、幸せを、噛み締めるだけだった……っ」
「ミシェル」
「もっと早く気が付いていれば……、私が、出来ることなんてないかもしれない、けれど……っ、貴方の、本当の意味での“味方”に、私が、貴方に救われていたように、そんな……、そんな、存在に、なってあげられていたら」
「ミシェル!!」
「!」
彼は強い口調で私の名を呼ぶと、私の手を握り、彼の体が反転する。
そうすることによって、私の涙でぐちゃぐちゃの顔を、彼に晒すことになってしまって。
反射的に隠そうとした私の顔を、彼は逃さないとばかりに顎を掴み、彼の顔に向かせた。
「……ミシェル」
「っ」
突如襲ってきた恥ずかしさに、私はなす術もなく殿下を見上げれば。
彼はそっと私の目元を拭うと、彼自身の目元にも涙が溜まっているのが見えて。
そんな彼は、微笑みながら口にした。
「……泣いて、くれているんだね」
「っ、ご、ごめんなさい」
「どうして? 君が謝ることじゃないよ。
だって、泣かせたのはこんな話を聞かせた、僕が悪いでしょう?」
「っ、私が、話してって言ったんだもの。 それなのに、こんな、みっともなく泣いてしまって……」
再度羞恥がこみ上げてきて、私はそんな彼の視線から逃れようとするも、そんな私を離さないとばかりに、彼は驚きの言葉を告げた。
「どうして? 僕は、嬉しかったんだよ」
「え……っ」
今度は、そう言った彼の顔が近付いて。
思わず目を閉じた私の瞼越しに、彼の温かな唇の感触が訪れる。
その感触が消えたのと同時に、私は驚き目を見開くと、彼はくすっと笑い、口にした。
「……僕の為に、泣いてくれる人なんて……、今迄居なかったから」
「……!」
「いつだって、救われているのは、僕の方なんだ。
だから、お礼を言うべきなのは僕の方だよ」
「!」
再度、彼との距離がまた近付いて。
「ありがとう、ミシェル」
そう紡いだ彼の唇が、ゆっくりと重なったのだった。




