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覚悟と“秘密基地”

「足元に気を付けて」

「え、えぇ」


 殿下の手を借り、先ほどよりもずっと歩きにくい凸凹な道を歩く。


(坂を登っているような感じだけど……、此処は町の中とは違うようだし、殿下は一体何処へ向かっているのだろう……?)


 そう思いながら、私が転ばないように先を歩き、道を確保してくれている彼の背中を見つめる。

 お店を出てから又路地裏を、今度はかなり複雑に歩いてきた。

 まるで誰も辿り着きにくいような、この町に住んでいる人でも迷ってしまいそうな、そんな曲がりくねった、道と呼べないような凸凹な道をただ只管歩く。


「……ごめんね、もう少しで着くんだけど……」


 そうエルが振り返りながら私に言い、その瞳が後ろで止まった。

 そしてあ、と声を上げ口を開く。


「ミシェル、後ろ」

「え? ……!」


 私はその光景に、驚き口を開いた。


「綺麗……」


 気が付かないうちに、結構な高さを登ってきていたらしい。

 私の眼下に映る、夕日に照らされた街の光景に、私は思わずそう感嘆の声を漏らす。 それを見ていた殿下は、私が転ばないようにそっと肩を支えてくれながら言った。


「此処はね、街から少し離れた丘の上に位置しているんだ。 見晴らしがとても良くて、この場所は僕のお気に入りでもあり、“秘密基地”でもあるんだ」

「秘密、基地……?」

「うん。 此処へ来るのにはね、地元の人でもあまり知らない人が多いんだ。

 場所が場所だし、此処は一見崖の上に見えるから、皆登れないと思っているらしい」

「! そうなの?」

「うん。 だからね、この道……、といっても、道といえるような道ではないけれど、僕達しか多分知らないと思う。

 ……だから、“秘密基地”」

「秘密基地……」


 私はそう彼の言葉を反芻し、思わず笑みを零した。 それに驚いたような表情をする彼に向かって私は口を開く。


「素敵な場所ね! ……本当に、綺麗。

 連れて来てくれて有難う」

「! ……ふふ、この場所を、ミシェルが気に入ってくれて僕も嬉しい。

 ……でも、僕の目的地は此処じゃないんだ」

「え? ……!」


 彼の指を指した先。 其処には、丘の上に位置する、青々した木々に隠れるように立つ小さな小屋があった。

 青い屋根の丸太小屋。

 彼も視線を向けながら、何処か懐かしそうに目を細めた後、私に向かって手を差し伸べて行った。


「……行こうか」

「! ……はい」


 私は頷くと、その手に自分の手をそっと重ねる。


(……何か……、あの小屋に、あるのだろうか)


 彼の考えていること……、過去や抱えているものが、分かる“何か”が。


(……“エル”として訪れていた城下、大衆食堂のマリアさん、そして“秘密基地”……)


 私にはきっと、想像もつかないほどの沢山の彼の思い出が詰まっている場所。 其処に私を、彼が連れて来てくれている……


「ミシェル?」

「!」

「具合が悪い? 大丈夫?」


 気が付けば、既に小屋の前にいた。

 木々に隠れていたせいか、小さく見えた小屋は、思ったより大きく見えて。

 そして私の顔を覗き込むアイスブルーの瞳に、私は首を横に振る。


「だ、大丈夫よ! ……」


 そう言いつつ、私は思わず黙ってしまう。 そんな私を見て、彼は困ったように笑って言った。


「……もっと早く、君を此処に連れて来たかった。

 だけど……、勇気が、出なかったんだ」

「!」


 彼と私の間に、サァッと陽が落ち始めている所為か、肌寒い風が吹く。 殿下のアイスブルーの瞳が、少し伏せ目がちに私を見て言った。


「君が……、僕達家族の秘密を知ってしまえば、後戻りは出来ないから」

「!!」


 その言葉に、思わず私の肩が震えた。


(後戻りは、出来ない……)


 それはつまり、私は今度こそ逃げずに、彼が敵とみなすものに立ち向かわなければならないということ。

 ……きっとそれは、第二王子も然り、第二王子側に付いている人々に対しても、真っ向から対立しなければならないということでもある。


「……僕はね、ずっと迷っていたんだ。

 君を、僕の婚約者にすることを」

「え……っ」


 その言葉が一番、私の胸にズキリと刺さる。 傷ついた顔をしてしまったのだろう、そんな私を見ていた彼が慌てて口を開いた。


「違うよ、ミシェル。 誤解しないで欲しい。

 君が嫌いなんじゃない。 むしろ、その逆。

 好き過ぎて……、狂おしいくらい君のことが好きなんだ」

「!?!?」


 そんな彼の突然の告白に、今度はドクンと私の鼓動が大きく早鐘を打つ。

 彼に手を取られたままの私は、片手だけで頰を抑えながら、赤くなっているであろう顔を誤魔化すように彼に向かって口を開く。


「あ、貴方に、そ、その、大切にされているのは十分、伝わっているから……っ」

「! ……ふふ、ミシェル、顔真っ赤」

「み、見ないで……」


 私はいよいよもって恥ずかしくなってさっと顔を背ければ、彼はクスクスと笑った後、私の頰に彼の指先が触れる。 そして、私が驚いて見上げれば、私を見下ろす彼との視線が重なって。 殿下は今度は、曖昧に笑って言った。


「……僕が君を婚約者にすることを迷っていた、というのはね、僕が王家の中で反乱分子だからなんだ」

「っ」


(第一王子派と第二王子派のことだわ……)


 私の脳裏に二人の顔がよぎる。

 そして、その内の一人である目の前にいる彼は、少し息を吸うと、静かな口調で告げた。


「……僕が今から起こそうとしているのは、今一番次期国王の座に近い第二王子に、彼が今迄行ってきた数々の所行についての罪を償わせ、私がその座に就くこと」

「……!」


 第一人称を切り替えた彼の瞳は、見たことがないほど揺らぐことはなく、真っ直ぐな瞳からは確固たる決意が表れていて。 私が思わず息を飲めば、彼は握っていた私の手にそっと力を込め、言葉を続ける。


「……もし一つでも間違えたり、失敗したりすれば、私は今度こそ……、命を落とすことになると思う」

「っ、そんな……」


(命を落とす、なんて……)


「……それくらい、危険なことなんだ。

 今のこの国は、城の内側から自滅しかねないほど、不安定な均衡を保っている。

 私は何とかそれを食い止めてきたけれど、次期国王がもし、あの第二王子になってしまえば……」

「……確かに、この国ごと終わってしまいそう」


 思わず私はそう呟いてしまう。

 それを聞いていた彼は、私の言葉を聞いて目をパチリと瞬かせた後、我に返り笑い始める。


「っ、はは、ごめん、笑い事ではないんだけれどね」

「でも本当のことよ。 ……もし、第二王子が国王の座についたらと思うと……、改めてゾッとするわ」


 私が軽く身震いをすれば、彼は頷き、笑みを消して真剣な表情で言った。


「……だから僕は、それを何としてでも食い止めなければいけない。

 今のこの情勢を立て直す為にも、彼を……、彼等をのさぼらせるわけにはいかないんだ」

「……えぇ」


 私はその言葉にしっかりと頷く。 そして彼は、私に向かってゆっくりと口を開く。


「……これから先、僕の婚約者として、君は今以上にもっと、辛い思いをすることがあると思う。

 僕は君を、身を呈して守るけれど、それでも辛い思いをすることには変わりはない」

「!」


 彼はそう言うと、私の長い銀の髪をするっと手に取ると、じっと私を見て静かな声で言った。


「……もし、僕から逃れるのなら今の内だよ。 話を聞かなければ、まだ言い逃れが出来るからね。 “お飾りの婚約者”だとか、何か疑いをかけられたとしても逃げることが出来る。

 僕はそれでも、良いと思っている」

「っ」


 私はぐっと、握られていない方の手を握る。 そして、真っ直ぐと彼を見て、強い口調で言った。


「私は、逃げたくない」

「!」

「貴方に守られる……、それによって、貴方の枷になってしまうのも分かってる。

 だけど、私は知りたい」


 貴方のことを、

 貴方の抱えているものを。


「貴方だけに、辛い思いをして欲しくない」


 彼のアイスブルーの瞳が濁って、悲しげに揺れることだって、

 その背中に常に“何か”を抱えていることだって。

 気が付いていながら、私は聞けずにただ、見て見ぬふりをし続けてきた。


「……教えて、欲しい」


 貴方が何を抱え、何を感じ、何を思っているのか。


「貴方が……、私に手を差し伸べてくれた“あの時”のように、私も……、貴方の力に、なりたいの」

「!」


 私に出来ることは、少ないと思う。 けれど、これ以上、一人で抱えて欲しくない。


「っ、私は、貴方の婚約者だから。

 私だって、貴方のことが好きで、大好きで……、貴方に苦しんで欲しくなんかない」


 そう言って、驚いている彼の手をそっと両手で握る。

 そして、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「……覚悟はもう、とっくに出来ているの」

「……!」


 薔薇の縁結びで告白をしたあの時……、いや、もっとずっと前から。

 それこそ、彼の手を取った“あの日”から、私は彼の婚約者になった時からずっと……。


「……っ、だから……、!!」


 次の瞬間。

 私は、全身を温かな温もりに包まれた。

 それは、彼が私を力強く抱きしめたからで。

 いつもでは考えられないほど……、痛いくらい、強い力で抱きしめられ、驚く私の耳元で、彼は微かに震える声で口を開いた。


「……ありがとう、その言葉だけでもう、十分だよ」

「……!」


 そう言って、彼は私から離れると、ポケットから鍵を取り出し、私の手に置いた。


「……君の手で、開けて」

「!」


 彼はそう言って、そっと私の背中を押し、扉の前に私を立たせる。


(……この鍵を回した先に……、何が、あるんだろう)


 私は殿下に渡された小さな鍵を見つめ、ギュッと握る。


(……それでも、私はもう、迷わない)



 彼と共に、この先の未来を歩むことを決めたのだから……―――




 私は一歩、前に進むと、鍵穴にギュッと差し込む。

 ゆっくり右に半回転させれば、ガチャリと思ったより大きな音……、鍵の開く音が耳に響いた。

 思わず殿下を見上げれば、彼は小さく頷き、ドアノブに手をかけながら、微笑んで口にした。



「……僕の秘密基地へようこそ、ミシェル」



 そう言って、彼はそっとドアノブを回し、その扉をゆっくりと開いたのだった。


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