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“エル”と店主と

 エルとマリアさんの二人の会話を聞いていると、気の置けない間柄であることが伝わってきて。

 私はそのやり取りを微笑ましく思いながら見ていると、エルが私が見ていることに気付き、慌てて口を開いた。


「あ、ごめんねミシェル。 二人で話してしまって……」

「ううん、大丈夫よ。 エルがマリアさんと話していると、何だか新鮮で、こちらまで嬉しく思うわ」

「! 〜〜〜」

「……あらあら、本当分かりやすいわねえ」


 そう言って、マリアさんはクスクスと笑い、エルは何故か顔を赤くさせる。

 そんな彼を横目に、マリアさんは私に向かって口を開いた。


「立ち話もなんだし、此方においで。

 ……ほらエル、エスコートなさいな」

「っ、ミシェル、此処に座って」

「は、はい」


 マリアさんとエルにカウンターの少し高めの席に座るよう促され、私は彼の手を取ってその椅子に座る。

 エルもその隣にヒョイッと慣れたように腰を下ろすと、マリアさんが私を見て口を開いた。


「あぁ、そうそう、自己紹介がまだだったね。

 私はマリア。 この食堂の店主だよ。 宜しくね」

「マリアさん、ですね。

 私の名前はミシェル・リ……いえ、ミシェルです。 こちらこそ、宜しくお願い致します」


 彼女に手を差し伸べられ、私も手を差し出せば、マリアさんにその手をぶんぶんと振って握手される。

 そのパワフルな行動に思わず目を瞬かせば、彼女は笑って言った。


「あはは、そんなに畏まらなくて良いよ、私のことは気さくなお姉さんと思ってくれれば良いから」

「おばさんの間違いじゃないの」

「まあ、失礼ねエル!」

「え、エル……」


 エルの悪戯っぽい笑顔に私は何と返せば良いか苦笑いして彼の名前を呼ぶ。

 そんな私に対し、マリアさんはそれにしても、と私を見て口を開いた。


「本当に美人なお嬢さんね。 この子がエルの彼女なんて……、あれ、昔から好きな子がいるって言っていたけれど、もしかしてこの子だったりするの?」

「「!」」


 その言葉に、思わず私達は顔を見合わせる。

 エルはあ、う、と声にならない声を上げ、より一層顔を赤くさせてから、やけくそのように「そう!!」と肯定した。

 そしてカウンター席の上で肘をついて手で顔を覆ってしまう彼を見て、マリアさんは笑い声をあげながら言った。


「あら、やっぱりそうだったのね! 」

「ま、マリアさんもご存知……、だったんですね」


 私も彼につられて少し顔を赤くしつつ、そう問えば、マリアさんは頷いて答えた。


「えぇ、少なくとも此処で働いている子達は皆知ってるわ。

 彼、働いている時にね、ほら、顔も綺麗だしモテるでしょう?」

「! は、はい、それはもう」


(こんなに男性で綺麗な人いないもの……)


「それでもね、女の子が寄って来る度さらっと交わすのよ、この子。 女嫌い、っていうわけではないけれど、あまりにも興味なさそうだから聞いたのよ。 それで問い質したら、“ずっと想い続けている女の子がいる”って言うものだから、私達の間じゃ結構有名でね」

「!!」

「……マリアさん、本当、もうやめて……」


 恥ずかしすぎる、そう呟いて机に突っ伏した黒髪の中から覗く耳は真っ赤で。

 私は思わずふふっと笑みを零すと、マリアさんに言った。


「私、以前付き合っていた方がいて」

「! まあ、そうだったの!?」


 私は驚くマリアさんの言葉に頷く。


(“婚約者”と言ってしまったら、身分がバレてしまうかもしへないから言えないけれど……、それでも、彼にも、マリアさんにも今の気持ちを、聞いて欲しいから)


 私はそう思い、慎重に言葉を選びながら口を開く。


「長く、付き合っていたんですけど……、私自身一度も、彼を好きだと思ったことが、なかったんです」

「!? 一度も……?」

「はい、お恥ずかしながら……、私がそういう感情に疎かったのか、今考えてもよく分かりませんが。

 それが彼にも伝わっていたのか、何年も付き合っていたのに、他の女性を彼が見つけて……、私、それを知らず、結局酷い嘘と共に突然、別れを告げられたんです」

「……そうだったの」


 マリアさんがそう言って暗くなってしまったのを見て、私は慌てて「でも、」と付け加える。


「その時は傷付いても……、すぐに、助けてくれたんです。

 ……他でもない、彼……、エルが」

「「!」」


 そう言った私と、顔を上げたエルの視線が混ざり合う。

 私はそんな彼に笑みを浮かべて見せると、マリアさんを見て言った。


「エルは、私のことを好きだと言ってくれました。 何度も、数え切れないくらい。

 それに、どんな時でも、私が一番欲しい言葉を言ってくれるんです。

 ……昔の彼と比べるなんて良くないかもしれないけれど……、彼とは比べ物にならないくらい、素敵な人で。

 私、エルが隣にいてくれるから、胸を張って言えるんです。

 “今が一番幸せ”だって」

「! ……ミシェル」

「まだ、改めて伝えたことがなかったけれど。

 ……貴方が私の、初恋の人です」

「……!」


 エルは溢れんばかりに、アイスブルーの瞳を丸くさせた。

 それを見て、マリアさんがきゃーっと声をあげる。


「そうだったの!? やだ、本当に素敵ねえ!

 まるで運命のようだわ!!」

「……私も、そう願っています」


 そう言って、マリアさんに向かって微笑めば。

 横にいたエルが、今度は何故か後ろを向いてしまう。


(マリアさんの前だと、恥ずかしいのかしら)


 いつもなら倍以上になって甘い言動が返ってくるのだけど、と内心彼のそんな行動を可愛いと思っていると。


「本当に……、素敵ね」

「!」


 マリアさんがそう、しみじみと口にする。

 その表情は何処か暗く見えて。

 でもそれはほんの一瞬で、彼女はまた明るい笑みを浮かべて言った。


「お似合いだと思うわ、凄く。

 互いをよく思い合っていることがよく伝わってくるもの」

「! 有難う、御座います」


 私もその言葉に恥ずかしくなってはにかめば。

 彼女は「やっと、」と今度はエルに向かって口を開いた。


「報われたのね、エル」

「!」


(報われた……?)


 私がその言葉に疑問に思いつつ、エルを見れば。 その瞳は、少しの憂いを帯びた色をしたものの、マリアさんに向かって頷き、微笑みを浮かべて言葉を紡いだ。


「……今日は此処へ、ミシェルの紹介をする為、それから貴方にお礼を言いたくて来ました。

 今迄……、数え切れないほど助けて頂いたこと、一生忘れません。 改めて、有難う御座いました」

「「!」」


 そう言って頭を下げる彼に、私だけではなくマリアさんまで驚いたように目を見開いた。

 そして、一瞬動揺したように目を泳がせたものの、マリアさんはあははとまた笑みを浮かべて言った。


「何を言っているの、まるで今生の別れみたいよ。

 ……それを言うなら私だってエルがいたから、この仕事も長く続けられたってものなんだから。 礼を言う前に今度はゆっくり又此処へおいで。

 ……あぁそうだ、その時はエルがその子に何か料理を作ってあげなさいな。 エルの料理は絶品だよ」

「わぁ! 本当ですか!? エル、お料理まで出来るの?」

「! ……そ、そんなに君が期待するようなものは作れないよ?」

「それでも、エルの手料理を食べてみたいわ。

 ……又此処へ来た時、その時は作ってくれる?」


 私の言葉に、エルは驚いたような顔をした後、やがてふっと私の大好きな笑みを浮かべて言ってくれた。


「勿論。 ミシェルの為なら、幾らでも」

「! ……ふふ、嬉しい」


 エルの手料理。

 料理が出来るなんて、初めて聞いた。 改めて、彼が凄いと思う。 ……それに、


(……又……、此処へ、連れて来てくれると約束してくれた)


 それがどんなに嬉しいことか。

 城にいるよりずっと、近くに感じる……、二人きりで彼と過ごす、この時間が。

 何より幸せだと、そう改めて噛み締めるのだった。






 マリアさんに別れを告げ、外へ出た時には、陽は西に傾いていた。


「結構長居してしまったね」

「マリアさんのお店のお邪魔にならなかったかしら」


 マリアさんのお店は、お昼と夕方に開店しているらしい。 料理の仕込みがあるのを忘れていた、と別れ際慌てたようにそう言っていた。


「あぁ、大丈夫だと思うよ。 夕方の開店の時刻までもう少しあるから」


 そう言ったエルの言葉に、私は少しホッとしてから彼に尋ねる。


「マリアさんとは……、昔からのお知り合いだったの?」


 私がそう尋ねれば。

 彼は少し……、ふっと影を落として「うん」と頷いた。

 それを見て、私は勘付いてしまう。


(……これ以上、聞かない方が良いわ)


 私はそう思い、違う話題を振ろうとした時、不意にエルが立ち止まり、私の手を取る。


「……エル?」


 私はそう彼に尋ねれば。

 エルは深呼吸をするように深く息を吸うと、ぐっと引かれた手に力が込められる。

 そして、私の瞳を真っ直ぐに見て言った。


「……後もう一つだけ……、付き合ってほしい所があるんだ。

 そこで、今度こそ……、二人だけで、話がしたい」

「!」


 彼の言葉に、私は目を見開いた。

 揺らぐことのない、真っ直ぐなアイスブルーの瞳。

 一瞬、時が止まったかのような感覚を覚える。


(……何かが、吹っ切れたような……、そんな表情をしている)


 私はそんな彼に対し……、ゆっくりと口を開いた。


「……うん、私も、一緒に話がしたいわ」



 彼と過ごす時間は、あっという間。

 もう陽も傾きかけているから、すぐに辺りは暗くなるだろう。

 生徒会の仕事でもないのに夜になってから家に帰れば、家族に怒られてしまうだろうか。

 ……それでも。


(この時間を……、大切にしたいの)


 彼と二人でいることを、許された時間。

 今日が終わってしまえば、次に会えるのは9月の始業式。

 夏休みに二人で会えるのは、今日が最後だから。


(……側に、居たい)


 どんな話でも良い。

 他愛の無い話でも、面白い話でも……、口実は、何でも良い。


(ただ、彼の隣に居られるのなら)


 そして、もし許されるのなら……、彼の抱えているものを、一緒に抱えてあげられるのなら。


 私は他に、何もいらない……―――


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