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二人きりのお出かけ

夏休みデート編、開始させて頂きます。

 それから数日後……―――



「っ、わぁ……!」


 窓の外に広がる一面の花畑に思わず声を上げる私に対し、向かいに座っている、シャツを着崩しいつもよりラフな姿の彼……、エルヴィス殿下はアイスブルーの瞳を細め、クスッと笑った。


「ふふっ、楽しんでくれているようで何よりだよ」

「! ご、ごめんなさい、久しぶりの外出だから、ついはしゃいでしまったわ」


 私が慌ててそう言って姿勢を正せば、彼は「そうか」と笑って口にした。


「ミシェルは城下にはあまり出たことがなさそうだなと思って迷ったんだけど……、色々案内したい場所もあるからと思って、敢えて城下を選んだんだ」


 そう、私達は今、城下へと馬車で向かっている途中。

 殿下とデートへ行くという約束を後日改めて手紙のやり取りをして、今日に決めたのだ。


(場所は殿下から“任せてくれないか”と言われて今日まで知らなかったのだけれど……、まさか城下だとは思わなかったわ)


 そう思いながら、私は自身の格好……、いつもとは違う、膝下丈の空色のワンピースに目をやった。

 今私が着ている服も彼が、昨日送ってくれたもの。

 そんな私を見ていた彼が、少し申し訳なさそうに尋ねる。


「お互いお忍びで、ということになってしまったけれど……、それでも良かった?」


 そう心配そうに彼に尋ねられ、私は大きく頷いた。


「勿論! 城下にはいつか、行ってみたいと思っていたの。

 私はいつも何かと忙しかったから、行ったことがなくて。

 ……あ、でも幼い頃に行ったことはあるのかしら? 記憶にないくらい昔のことだから、とても新鮮で、楽しみにしていたの」

「! それは良かった。 心なしか、いつもより君も饒舌になっているから喜んでくれているのが伝わってくるよ」

「! そ、それは……そうよ。

 だって……、貴方と初めて、こうして二人でお出掛けするんだもの」

「!」


 そんな私の言葉に、彼は驚いたような表情をした後、私の好きな朗らかな笑みを浮かべて言った。


「そうか、初めて君と、こうして“デート”するんだもんね」

「っ、え、えぇ」


 “デート”という言葉に、私は思わず一拍遅れて返す。


(……二人きりでお出掛けなんて初めてだわ。

 それに……、よく考えてみれば私、ブライアン殿下ともこうして二人きりで私用のお出掛けなんてしたことなかったもの)


「? ミシェル? どうしたの?」

「っ、い、いいえ何でもないわ」


(折角二人きりなんだもの、前の婚約者の話なんてしない方が良いわよね)


「? そう? ……あ、そういえば、僕のことを街では“エル”って呼んでくれないか」

「っ、え、あ……、そ、そうね、そうしなければバレてしまうものね……」

「?」


 思わず私が口籠ってしまうと、彼は首を傾げた。


(だ、だって一国の王子である彼を……、というより好きな人の名前を呼び捨てにすることだけでも恥ずかしいのに、何か……)


「“恋人同士”って感じがするね?」

「っ!?」


 不意に耳元で囁かれたその言葉に、私が慌ててパッと距離を取ろうとすれば、いつの間にか隣に座っていた彼が私の腰元を引き寄せ、「危ないよ?」と言いながら悪戯っぽく笑ってみせる。


「そ、それはこちらの台詞よ! そ、走行中に立っては駄目でしょう……!」

「だって僕は隣同士で座りたいのに、君は乗り込んできた時から僕の前に座ってしまうんだもの」

「んなっ……!?」


 私は相変わらず近い距離に彼の胸に手を置いて逃れようとするが、全然離してはくれない。


(っ、ひ、人が恥ずかしがることを喜んで……!)


「じゃあミシェルが緊張しないように、練習してみよう?

 ほら、僕のこと、“エル”って呼んでみて」

「っ、れ、練習しなくても大丈夫っ」

「ええ、でも練習しないと、君のことだから僕のこと、又“殿下”って呼んでしまうかもしれないよ?」

「うっ……」


(そ、それは一理ある……)


「ほら、僕の名前を呼んでみてよ。

 ミシェル」

「っ」

「ミーシェール」

「〜〜〜!」


 私の名前をわざと、囁くように甘く連呼する彼に、私は思わず悲鳴をあげそうになっていると。

 ガタンッ、と馬車が突然停車する。

 彼は窓の外を見て、口を開いた。


「あ、残念。 後もう少しだったのに、着いてしまったみたい」


 彼が窓の外を指差し、「此処から少し歩くと城下なんだ」と私に説明し、慣れたように身支度を始めた。


「城下は安全だけれど、身分がバレるわけにはいかないからね」

「!」


 そう言って、彼は馬車の椅子を持ち上げ、中から取り出したのは、黒髪の鬘だった。

 それをスポッと被り、「どう、似合う?」と戯けて笑ってみせる。 その言葉に、私は素直に頷いた。


「え、えぇ、とっても。 良く似合うわ……」


 本当にその通りだった。 私がこの前茶の髪の鬘を被っていた時、あのブライアン殿下が気付かない程、上手く変装出来ていた……というより、鏡に映る自分の姿が随分地味に見えていた、と思う。 それが似合う似合わないは別にして……、今目の前に映る彼の、いつもとは違う髪色に何だか……。


「……に、似合っているという割に、何故黙るの」


 やっぱり似合ってない?

 と何故か落ち込む彼に対し、私はぶんぶんと首を横に振った。


「ち、違うのよ、本当に似合っているんだけど、その……、何か、隠しきれないオーラがある、というか……」

「? オーラ?」


 首を傾げ、肩に流れる黒髪がさらりと揺れるその姿でさえも、艶やかに見えて。


(美形は何を着ても似合ってしまうのかしら)


 何をしても高貴な方には見えてしまうのね……という意味の視線を向けていると、その視線に耐えきれなくなったのだろうか、彼は私の頭にもすぽっと何かを被せる。

 それは、目深に被るタイプの帽子のようだった。


「っ、君はこれね。 日差しも強いし、丁度良いだろう?」

「え、でも……、私のこの髪の色も、目立ってしまわないかしら?」


 そう今日は束ねている銀色の髪に手をやりながら殿下に尋ねれば、彼は「いや、」ときっぱりと言い放った。


「君にはやっぱり、銀色の髪が良く似合うから。 今日はこのままでいて」

「!! ……そ、そう……、貴方が、そういうなら」


 私は突然の彼の言葉に驚きと嬉しさでそう返せば。

 彼は「あぁ」と満足そうに頷いた後、馬車から降り、私に手を差し伸べた。


「足元危ないから、転ばないように気を付けて」


 そう言った彼の、陽の光を浴びて輝く、いつもとは違う漆黒の髪に思わず見惚れてしまう。


(……彼のお忍び姿を見られて、そんな彼を独り占め出来る、なんて……)


「……? ミシェル?」

「っ」


 そう心配そうに彼に名を呼ばれた私は、慌ててそんな彼の手を取った。

 そして馬車から地面に降り立つと、彼はその手を下へ降ろし……、手を繋いだまま、その場を歩き出す。

 私は思わず、繋がれたままの手に視線を注いでいれば、彼は照れたように笑って言った。


「……今日はずっと、こうしていても良い?」

「!」


 そう尋ねられ、私は逸る胸の高鳴りを感じながら……、そっと帽子を反対の手で浮かせ、彼に顔が見えるようにしてから言った。


「勿論! 私も……、今日一日、ずっとこのままで居たい」

「! ……そうか」


 僕と同じだ。

 そう嬉しそうに笑う彼の表情を見て、私は……、もっとその笑顔が見たいと、気が付けば口にしていた。


「それから、伝え忘れていたけれど……、改めて、エスコート宜しくね。

 ……エル」

「!! 〜〜〜っ、本当、君は……っ」

「?? あ、あら?」


 彼の笑顔を見るつもりが、そう言った彼が逆に顔を隠してしまい、表情を見ることは出来なくて。

 残念に思っていると、そんな彼の耳が真っ赤に染まっていることに気付き、私は思わず顔を綻ばせたのだった。



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