第一王子の策略
王立ローズ学園。
その名の通り、この国、キャンベル王国が設立、運営している三年三学期制の学園である。
この学園は貴族社会のルールやマナーを学ぶことは勿論、社交の場、勉強をする場でもある、正真正銘貴族階級の子息令嬢が集う学園。
イベントも豊富にあるが、その殆どの運営を生徒……、正確に言えば生徒会に任せるという、何とも自由な学園である。
(だから生徒会の仕事が異常に増えるのよ)
まあ、それはさておき。
この学園にはざっくり分けて二種類の制服がある。
一つは、深緑色の制服。
自由な学園の割には落ち着いた、私は好む感じの制服である。
……但し、私はあまり着たことがない。
それは何故かというと、私は持っていないからだ。
そんな私が着用しているのは、もう一方の方の白い制服。
“模範生”を示すその制服は、王家、生徒会役員、それから……王家の“婚約者”のみが着られる特別な色。
装飾も圧倒的に一般生の制服より豪華。 肩には金色の飾緒までついているから、遠くに居てもまあよく目立つもので。
「……私にまだ生徒会の会長を続けさせる為に、“模範生”用の制服を贈ってきたのですね」
今度こそ深緑色の制服が着られるかと思ったと息を吐けば、彼はにっこりと笑う。
「そうだね。 君にはきっと、深緑の方も素敵だと思うけれど……」
そう言って彼は、チラッと斜め後ろを歩く私の方を振り向いて笑った。
「やっぱり君には、白の制服の方が良く似合う」
「!」
彼は私の僅かに息を飲んだことに気が付いたのか、ふっと笑みを浮かべて言った。
「僕はやっぱり、君みたいな人の為に模範生用の制服があると思っているから」
「……それは言いすぎです」
私がそう口にすれば、彼はクックッと小さく笑い……、「あーあ」と伸びをした。
「あんな弟より早く、君と出会っていれば良かった」
「へ……」
彼はそう言ってクルッと正面を向いてしまう。
肝心なところで彼は……、表情を隠してしまうから、彼の言葉の真意が分からなくて。
「……やっぱり貴方は……、不思議な方ね」
彼の大胆な言動。
王子らしからぬその態度は、本来ならば厳しく咎めれるべきなんだろうけれど。
彼の言動は、元婚約者様の自由さ(どちらかと言うと好き勝手し放題)とは全く違い、気が付けば……、彼のその自由なペースに巻き込まれている自分がいて。
(人に此処まで惑わされるなんて……、初めてだわ)
言われて初めて気が付いた。 私は、常に完璧を求め、従順に誰かに従っていたんだと。
だから、此処にこうして元婚約者様の命令に抗い、自由な彼と行動を共にしていることが何だか新鮮で。
自分の中に芽生えた“何か”が、心の奥で擽ったさを覚える。
思わず私は、小さく笑みを零した。
「……っ」
彼はそんな私の表情を、廊下にかかっていた鏡越しに見て、目を見開いていたことになんて無論、私が気が付くことはなかった。
「本当に……、私が出るの?」
この質問は何度目だろう。
始業式の長い生活指導の先生がお話をされている中、私は……、隣で爽やかに笑みを浮かべている彼に向かってそう尋ねると、決まって同じ言葉が返ってくる。
「勿論。 君が生徒会長だからね」
「……っ、それは断罪される前の話でしょう?」
私はそんな彼に向かって、思わず声をあげる。
すると彼は、「静かにしないと怒られてしまうよ?」と薄い唇に長い人差し指を当てて笑った。
「〜〜〜だって……っ」
その指が、今度は私の唇に触れたことで思わず息を飲む。
冷たいその指の感触に目をパチリと瞬かせれば、彼はふっと笑みを消して私の目を見て言った。
「君は何も悪いことはしていない。
ただ勝手に、あの馬鹿にありもしない罪をなすりつけられた。 そうだろう?」
「……はい」
私が頷けば、彼は「なら、」とまた先程と同じ爽やかな笑みを浮かべて言った。
「何も臆することはないじゃないか。
堂々と胸を張って、私がここの生徒会長だと言うところを、あいつに見せつけてやれば良い」
「……っ」
その言葉は、当にその通りだった。
彼は正論を述べている。
……だけど。
(……怖い)
皆の前で、断罪され恥をかかされた。
そこから逃げるように帰ってきてしまった私は、私を断罪した彼と、彼が庇った女性と、それを見ていた方々の前で……、どんな顔をすれば良いというの?
「ミシェルさん、登壇して」
「!」
先生の言葉に、私は思わずビクッと肩を揺らしてしまう。
(……行かなきゃ)
そう思うのに何故か……、足が動かなくて。
そんな私に彼は、くるっと私の肩を掴み壇上へ向かせると、私の耳に囁いた。
「大丈夫、僕が居るから。
何があっても、君を守る」
「……!」
さあ行って。
彼はそう言って、私の背中を押す。
その言葉に……、不意に泣きそうになったけれど。
(……本当に、不思議な方)
彼に触れられた部分が熱を帯びる。
そこからじんわりと、胸に温かいものが広がって。
(……彼と居ると……、勇気が溢れてくる)
そんな気がするわ。
右肩から首へ繋がっている、制服の飾緒が揺れる。
それを見て、私は自分を奮い立たせた。
(私は、この学校の生徒会長。
臆することなんて、何もない……!)
私はそう心の中で強く叫び、皆の視線が集まる舞台へと足を踏み出した。
案の定、私を待っていたのは皆の響めきだった。
「おい、どういうことだ?」
「ミシェル会長は学校を辞めさせられたのではなかったのか?」
「もう第二王子の婚約者ではなくなったんだろう?」
色々な言葉が、私の耳に届いてくる。
だけど私は……、その言葉に惑わされない。
だって私は、悪いことなど何も……
「どうして……、まだお前がここにいる……!?」
「「「!?」」」
その言葉に、皆が一斉にその言葉を発した人物の方を見る。
その人物とは、言うまでもなく。
「……ブライアン殿下」
私が呟けば、彼は後ろの方から私に向かってズカズカと歩いてくる。
前にいた方々を押しのけるように壇上へ向かってくる彼に、思わず私は眉間に皺を寄せる。
(……何て人)
此処まで周りが見えなくなるような方だったかしら。
私のその非難の目を察したのか、彼は「何だその目は!」と私に怒りをぶちまけた。
そして、まだ式の最中だというのに彼は勝手に登壇した。
そんな彼の尋常でない様子に、女生徒からは声にならない悲鳴が聞こえてくる。
……勿論私も。
(会長の話どころではなくなってしまう……!)
どうにか彼を抑えなくては。
そう思うのとは裏腹に、第二王子の彼の、まるで燃えるような赤に見える茶の瞳を見て、冷たい汗が背中を伝う。
そして彼が何かを言っているのだが、私の耳には届かない。
ただ、心臓がドクドクと大きく脈打つ音しか聞こえなくなって。
それは、私が“恐怖”に支配されているからだと気付いた時には、彼の手が私に向かって伸びて来て……。
「横暴な真似は、止してくれないか」
「「!?」」
不意に届いたその言葉は、私の耳に真っ直ぐと入って来て。 それと同時に体が温かな温もりに包まれる。
「! ……エルヴィス、殿下……?」
私が紡いだ声は、思ったより掠れてしまった。
彼はそんな私を見て、眉尻を下げて「すまない」と謝る。
(っ、どうして貴方が、謝るの……)
彼の、細いのに力強い腕が、私の肩に回る。
そしてもう一方の手は、ブライアン殿下の腕を掴んでいた。
「っ」
思わず私がその光景に息を呑めば、ブライアン殿下がギリッと歯軋りをして口を開いた。
「っ、貴様の仕業か! そんなことをして、許されると思っているのかっ!!」
そんな彼の言葉に、エルヴィス殿下は朗らかに……、いや、何処か黒い笑みを浮かべて言った。
「あれ、君こそそんな態度を取って良いの?
私は君の“兄”で、この子は私の……」
そう切って彼は、私をチラッと見てから皆に聞こえるように、にっこりと笑みを浮かべて言った。
「“婚約者”なのに」
「……は?」
「……え?」
彼の言葉に反応したのは、ブライアン殿下の次に私。
そして……。
「「「!?!?!?」」」
それを聞いていた、この場にいた全員だった。
エルヴィス殿下は、まだ状況が飲み込めていない私の頭を撫でると……、「そういうことだから」と私とブライアン殿下を交互に見てにこりと笑みを浮かべた。
(婚約者……、私が、彼の……)
「えっ……!?!?」
そんなの、聞いてないわよ!!!
私が思わず反論しようと声を上げようとすれば、その口を彼の手で塞がれて。
そして彼は、固まっている私には目もくれず……、にこりと笑って告げた。
「というわけだから。
もし、私の婚約者を虐めたり泣かせたりするような者がいたら……。
容赦しないからね?」
「「「……!?!?」」」
(……待って、何が何だか本当に分からないけれど……これだけは分かるわ)
……エルヴィス殿下を、怒らせてはいけない……。
彼から出るドス黒いオーラに、思わず皆が声を失ってしまった中……、彼だけはまた爽やかな笑みを浮かべて言った。
「じゃ、そういうことだから。
これからどうぞ、私の婚約者……可愛い生徒会長さんを宜しくね?」
そんなことを言って手をヒラヒラと振ると、彼は……、まだフリーズ状態の私を横抱きにしてその場を颯爽と去るのだった。




