貴方/君が居れば
看病編最終話、少し長め+糖度高めです
「……落ち着いた?」
そう優しい声音でエルヴィス殿下に尋ねられ、私は小さく頷きながらハンカチをギュッと握りしめ、口を開いた。
「……ごめんなさい、みっともなく取り乱してしまって」
「君が謝ることじゃない。 ……僕も、配慮に欠けていた。
彼等は居館の方に住んでいるから、居館から遠い別館である此処へは滅多に来ないからと思って油断した」
そう言った彼も、酷く自分を責めるように悲痛な声を出す。
私は首を横に振って微笑みを浮かべてみせる。
「いえ、これで良かったと思うわ。
私は貴方の婚約者であり、第二王子が一切私の顔を覚えていないことが証明出来たお陰で、彼の評判は間違いなく下がるはずだから」
「……ミシェル」
「だからそんな心配しないで。
お陰で吹っ切れて、思う存分、あの人を嫌うことが出来るのだから」
(確かに、彼が変装した私に気が付かなかったこと、婚約者でいた時間が長かった分何だか虚しくなって泣いてしまったけれど……これで私達の間に全く愛はなかったということを、エルヴィス殿下の侍従の方々の前で証明出来たのだから)
これで良かったんだわ。
私はそう思って笑みを浮かべて見せれば。
エルヴィス殿下はギュッと拳を握り、それでも下を向いているものだから、私はその両頬に手を添えた。
「!」
私に視線を合わせるようにぐいっと彼の頰を此方に向かせたから、目の前にあるアイスブルーの瞳が瞬きをする。
私は安心させるために口を開いた。
「だから、気にしないでと言っているでしょう。
……確かに、私は泣いてしまったけれど、それは決して悲しくて泣いたのではないわ。 虚しくて泣いたのよ。 あの人の婚約者だった時間を返してもらいたいくらいね。
……それより前に、貴方に会っていたら、と思うことだってあるもの」
「! ミシェル」
「でもね、こうして今貴方といられるのは、不本意だけれどあの方が婚約破棄してくれたお陰よ。 ……ね? そう考えると、全てが全て彼の方が悪人には思えなくなって来ない?」
「! ……ミシェルは、本当に格好良いね」
「え……、!」
私はその言葉に驚いたのも束の間、彼の髪がさらりと首を撫でる。
それは、彼が私の肩に顔を埋めたからで。
恥ずかしさと頰や肩に触れる彼の金色の髪に、思わず息を飲んで黙ってしまう私に対し、彼は言葉を続けた。
「……僕には到底、ブライアンを許すことなんて出来ない。
散々振り回した挙句、君を捨てるような真似をするあの馬鹿の非道さを許せる程、僕は出来た人間ではない……っ」
「! ……殿下」
私の肩に置かれた手に力が込められ、震えていることに気が付いて。
私はその手を掴み、そっと優しく、包むように握って言った。
「……私なら、大丈夫だから。
それよりも私は、貴方の方が心配だわ。
私よりも深く傷付いているのは、貴方の方な気がするから」
「!」
その言葉に、彼は顔を上げ、私を見た。
そのアイスブルーの瞳を見つめながら私は思う。
(殿下が頑なに胸の内を明かさない理由はきっと、それほど彼が傷付いているという証拠。
私が出来ることは、その傷を少しでも、癒してあげられる存在になること……)
「……悲しみや憎しみに囚われては駄目。
先程も言ったように、何度願っても、一度過ぎた過去はもう変えることは出来ない。
その代わり、未来は自分の行動次第で変えることが出来る、そうでしょう?
それなら私は、過去を思い出して苦しむより、今を足掻いて未来を変える方を選ぶわ」
「……!」
「あ、誤解はしないでね。 私は第二王子殿下のことは嫌いよ?
私だってお人好しではないもの、今日彼が自ら恥を晒したくらいで許すつもりなんてさらさらないわ。
いつか私だけではなく、家族をも辱めた彼に、きっちりお返しはするつもりよ」
「!! ……ふふ、あははは」
そこで漸く、彼は笑みを浮かべた。
……でも、どうしてそこまで笑うのかは分からないけれど。
「……私、変なことを言ったかしら?」
「いや、君は格好良いし面白いし、素敵だなと思って」
「あら、そんなに褒めないで」
私は彼の言葉に思わずクスッと笑いながらそう答えてから疑問に思う。
(そもそも、格好良いって淑女としてどうなのかしら?)
そんなことをふと考えてしまう私に対し、彼はふっと目を細めると、するっと私が握っていた手を離し、逆にその大きな彼の手が私の手を簡単に包み込み、その手を見ながら彼は呟いた。
「……未来は変えられる、か」
「……殿下?」
その彼の呟きに対し、私が首を傾げると、彼は私と視線を合わせて口にした。
「……君の言う通り、僕はずっと、過去に囚われてしまっていたのかもしれないね」
「!」
「だから今度からは、その考えを改めて、君とずっと一緒に居られる未来だけを見つめることにするよ」
「!? え……!?」
わ、私はそこまでさっき言っていないような……!
突然の彼から出る私の存在に、あたふたと慌てて仕舞えば。
彼はクスクスと笑いながら口を開く。
「言っただろう? 僕は君がいれば、他に何もいらないと」
「っ」
そう言った彼の瞳は、一切揺らぐことはなくて。
思わず目を逸らそうとした私に対し、彼はさっき私がしたように頰に手を添えると、彼の方に向かせた。
そして至近距離で逃げられない私に追い打ちをかけるように、彼は言葉を続ける。
「君は? これから先、僕と居たいと願ってくれる?」
「! っ……」
「……答えて」
彼の吐息を感じるほど近いその距離に口籠り、逃げ腰になってしまう私の背中に腕を回し、ぐっと体を近付ける。
そして、甘く優しく囁かれ、私は答えようと口を開こうとした瞬間。
「……んっ……!?」
その口を、彼の唇に塞がれてしまう。
その上、ただ触れるだけではなく、どんどん深くなっていく口付けに、私は返事をするどころか、何も考えられなくなっていってしまう。
何度も、角度を変えて降ってくる口付けから漸く解放されたのは、私の体から力が抜け、彼の体に身を預けた時で。
そんな私に対し、彼は妖艶に笑いながら艶めかしくペロッと唇を舐め、私に向かって口を開いた。
「……ごめん、真っ赤になって困っている君を見たら、つい」
「〜〜〜!?」
私は反論する気力もなく、ぐったりと彼にもたれかかれば、今度こそ彼は慌てる。
「ご、ごめんね。 そんなに苦しいと思わなかった。 だ、大丈夫? お水飲む?
も、もう今度からしないようにするから……」
シュンと目に見えて小さくなっていく彼の声と最後の言葉に、私は首を横に振った。
「……だ、大丈夫だけど……、し、心臓に悪いわ。
本当に……、こ、今度する時は、ちゃんと言ってくれると」
「!? ま、またしても良いってこと?」
「!! ……っ、あ、あまりそういうことをはっきり言わないで……」
「!」
(な、何でそこで貴方が赤くなるの……!)
耳まで赤くさせる彼に対し、私は慌てて口を開く。
「こ、これからもずっと、一緒に居て、くれるのでしょう?」
「! ……ミシェル」
彼はそう言うと、次の瞬間。
「!?」
ふわっと、私の体を彼が横抱きにし立ち上がったかと思えば、その場でくるくると回り始める。
「きゃっ!?」
思わず彼の首にしがみつき、突然の行動に対して抗議しようと口を開きかけたが、ハッと息を飲んでしまう。
それは、私を見上げて笑う彼が、あまりにも綺麗だったから。
そしてそのままお互い何も言わず見つめ合い、笑みを零す。
「……ミシェル」
彼は私の名を呼ぶと、笑みを浮かべて言った。
「好きだよ」
そう紡いだ彼の唇がもう一度、私の唇に重なったのだった。
部屋でのこともあり、帰路に着いた時にはお互い何となく恥ずかしさが込み上げ、ただ手を繋いだまま隣に座るという穏やかな時間が過ぎていた。
それと同時に、一気に寂しさが押し寄せてくる。
(……もう少しで着いてしまう)
家に帰れば、彼と次に会うのは夏休み明けの学校。 つまり、一ヶ月以上は彼と会えないのだ。
「……ミシェル」
「!」
不意に名を呼ばれバッと顔を上げれば、彼は少し笑っていて。
勢いよく頭を上げ過ぎた、と少し恥ずかしさを覚えた私だったけど、彼は口を開いた。
「……もし……、嫌じゃなければ、その。
この夏休み中にもう一度、今日のことを挽回する機会をくれないか」
「え……?」
(……それって、つまり)
「〜〜〜あぁ駄目だ! こんな回りくどい言い方じゃなくて……っ」
「!」
彼はそう言って、少し顔を赤くさせながら私の両手を掴んで言った。
「君と二人で過ごす時間が欲しいんだ。
……駄目、だろうか」
「! ……つ、つまり、この夏休み中にもう一度、貴方に会える、ということ?」
「っ、そ、そういうことになる」
「! そんなの、決まっているわ」
私はそういうと、笑みを浮かべて言った。
「私も、貴方と一緒に居たい!」
「! ……そうか」
同じだ。
そう言って彼は私と同じように、心からの笑みを浮かべてくれる。
私はそんな彼と会う約束を取り付けようと思ったけれど、その前に馬車は私の家へと着いてしまった。
落ち込んでしまう私に対し、彼は私の頭を撫でながら口を開いた。
「後日また改めて日取りを決めよう。
……出来れば、一日中一緒に居られる日が良い。 君を連れて行きたい場所があるんだ」
「! ……そ、それは、デート、ということ?」
「……君が、嫌じゃなければ」
「〜〜〜勿論大歓迎だわ!!」
「!」
(連れて行きたい場所って何処かしら?
でも殿下となら何処でも良いわ。 ……一緒に、居られるのならそれで)
そんな私の言葉に、彼は笑みを零す。
「あ、でもその前に、リヴィングストン侯に謝らなければいけないね。
大事な君を、何日も独り占めしてしまったから」
「! ……一緒に謝ってくれるの?」
「勿論。 だって風邪を引いてしまった僕が悪いのに、看病してくれた君だけが怒られるというのは変な話だろう?」
「!」
そう当たり前のように彼は言って、馬車の扉が開くと、サッと外へ出る。
そして、私に向かって手を差し伸べた。
「さて、怒られに行きますか」
「! ……ふふっ、お父様もお兄様も、きっとカンカンね」
彼の冗談に私も戯けてそう返す。
そして、彼に差し伸べられた手をそっと取り、微笑み合うと、温かな家族の待つ我が家へと向かって足を踏み入れたのだった。
これにて看病編は終了です。如何だったでしょうか?
次話より夏休みデート編です。もう少々夏休み(番外編)にお付き合いくださいませ。
引き続き宜しくお願い致します!




