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許される限り

 その後、エルヴィス殿下はしっかりと睡眠時間を取ったこともあり、すぐに体調は回復した。

 ……それはもう、目覚ましいほどに。


「っ、で、殿下……」

「? 何?」

「っ、もう体は頗る元気でしょう!」

「えー、僕病人だよ?」


 そう小首を傾げてみせる彼に、私は多分赤くなっているであろう顔の前でぶんぶんと手を振った。


「っ、今は絶対違うでしょう!!」

「何、ミシェルは仮病だって言いたいの?」


 そう言って振っていたはずの私の手をパシッと掴み、離そうとしない彼と、私はずっと攻防戦を繰り広げていた。

 何故かというと、事の発端は執事さんが持ってきてくれたお粥。

 それを殿下が、“食べさせて欲しい”と言ってきたのだ。


「け、仮病ではないのは知ってるけど……っ、で、でも、もう一人で食べられるでしょう!?」


 そう私が叫ぶように言えば、彼はあからさまにしゅんとしたような顔をし……、口を開いた。


「えー、だってこんな機会は滅多にないでしょう?

 君がこうして……、此処の侍女服を着て看病してくれていることなんてこの先ないと思うし」

「!?」


 そう言ってチラッと私の服を見て爽やかに笑ってみせる。 その笑顔に思わずうっと声を詰まらせてしまう。


(〜〜私が貴方にそういう顔をされると弱いことを知っているから、敢えてやっているのがバレバレだわ……!)


 そう私が心の中で葛藤していたのも束の間、彼はアイスブルーの瞳でじっと私を見つめ……、ぐいっと私の手を引くと、一気に縮まった距離で言った。


「……僕の願いを、可愛い僕だけの侍女さんは聞いてくれないの?」

「!! ……っ、だから、そういうのが、ずるいのよ……」

「! ……ふふっ、ミシェルが可愛くてつい」


 からかいたくなるんだよね。

 そう言って、エルヴィス殿下は嬉しそうに笑うものだから、そのギャップにまたやられてしまう。

 そして彼は満足そうに笑った後、スプーンに手を伸ばす。

 その彼の手が届く前に、私はスプーンを手に取った。


「! ミシェル?」

「……っ、ひ、一口だけなら」

「!! ……はは、本当、ミシェルは」


 可愛い。

 そう言って幼く見える、まるで悪戯が成功したような無邪気な彼の表情を見て、私は恥ずかしさを誤魔化すように、一口、お粥を掬ったのだった。





「ミシェルは今日、帰る予定なんだよね」

「! ……えぇ」


 朝食で出たお粥を全て食べ終えた彼にそう唐突に質問され、私は慌てて頷けば、ふっと笑みを消して彼が口を開いた。


「……そうか」

「……」


 殿下と私の間に、沈黙が訪れる。

 そう、私はもう帰らなければいけない。

 病み上がりの殿下の側から離れたくはないけれど、今だって我儘を言って此処に居させてもらってる。

 此処へきてから四日経ってしまっているし、これ以上此処に居たら私だけでなく家族にも悪評が立ってしまいかねない。


 本来、私の行動は許されないもの。

 未婚の女性である私が、幾ら婚約者であると言えど、婚約者の家……、しかも、一国の王子である彼の城に泊まった、なんてことが知れたら、殿下がこの前も言ったようにあらぬ醜聞が立つ。

 私もそうだけれど、エルヴィス殿下にまで悪評が立ってしまってはいけない。


(もしかしたらもう、彼と夏休み中には会えないかも知れないけれど……)


「……ねえ、ミシェル」

「!」


 不意に名を呼ばれ、ハッと彼を見れば、アイスブルーの瞳が私をじっと見つめていた。

 そんな彼の瞳を見ていたら、私が考えていることなんて何でも見透かされてしまいそうで……、でも如何してか逸らせないでいると、私に向かって彼はゆっくりと口を開いた。


「もう一つだけ、僕の我儘を聞いてくれないかな?」

「え……?」

「君と過ごすこの時間を、もう少しだけ僕にくれないか」

「……!」


 そう殿下に言われ驚き固まっていると……、彼は私の茶の髪をそっと指で玩びながら言葉を続ける。


「……駄目かな」

「っ」


 心なしか、そう言った彼の瞳が少し揺れているように見えて。

 私はそれを見て、何の迷いもなくすぐに言葉を返した。


「っ、私も貴方の側に居たい!」

「!! ……ミシェル」

「! あ……え、わ、私」


(な、何も考えずに言ってしまった……!)


 殿下と少しでも長く一緒に居たいという気持ちに偽りはない。 だけど、私の独断で決められることではない。

 家族にはもうすぐ帰ると使者を出して伝えてもらっているから。

 でも今更訂正することも出来ない。

 私はどうしよう、とぐるぐると考えていると。


「……!!」


 ふわり、と微かに残る石鹸の香りと温もりに包まれた。

 それは、他でもない殿下に抱きしめられたからで。

 そして彼は、そっと私を抱きしめながら言葉を紡いだ。


「大丈夫、しっかり君を家まで送り届けるから。

 ……だから、今だけは僕の側に居て」

「……! ……はい」


 私はその言葉にしっかりと頷き、ギュッと抱きしめ返せば、彼もまた抱きしめ返してくれて。


(ごめんなさい。 もう少し……、もう少しだけ、私の我儘を許して)


 そう心の中で私の帰りを待っているであろう家族に謝りながら、彼と共に居られるこの時間が少しでも長く続くように祈るのだった。



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