眩しい程に、君が *エルヴィス視点
(エルヴィス視点)
……随分と長く、眠っていたような気がする。
「……っ……」
温かな微睡みの中、目を覚まして見慣れた天井をぼーっと見つめながら思う。
(……こんなに穏やかに眠れたのは……、いつぶりだろう)
ここ最近、毎晩のように見ていたあの夢の所為で、碌に寝付けずにいたのだが……、今日は随分と体が楽になった気がする。
(……そういえば、僕は風邪を引いてしまったんだっけ)
長く眠っていたような気がするのは……、その所為だろう。
取り敢えず起きよう、そう思い伸びをしようとしたが、何故か左手だけが上がらなくて。
「? ……!」
僕はその左手の方を見て、思わずハッと息を飲んでしまう。
それは、ギュッと僕の手を握り、穏やかな寝息を立てて眠っている彼女の姿があったからで。
(……ずっと、側に居てくれたということ……?)
椅子に座り、ベッドに突っ伏してすやすやと眠る彼女を見て驚きつつ、思わず笑みが溢れる。
(あの夢を見なかったのは……、君のお陰だったのか)
やはりミシェルは……、僕を照らしてくれる“光”、そのものだ。
僕は彼女の手を少し持ち上げ、身を屈めるとそっと言葉を紡いだ。
「……有難う、ミシェル」
そして、その彼女の白い手に口付ければ。
「んっ……」
「!」
長い睫毛の下から、先程まで隠れていた金色の瞳が現れる。
そしてボーッと僕を見つめる彼女に、少しドキッとしながらも、笑みを浮かべて言った。
「おはよう、ミシェル。 起こしてしまってごめんね」
そう僕が口にすれば。
彼女はその一瞬で目を丸くし、慌てたように口を開いた。
「あ、あれ!? わ、私いつの間に眠ってしまっていたのかしら……! 殿下、体調はどう? 熱は? ……もう下がっているみたいね、良かった」
彼女は僕の額に手を置き、熱が引いていることを確認して漸く息を吐いた。
その一連の彼女の行動の早さに、僕はポカンとしていたけれど、それらの理解が追いついた後、僕は思わず笑いが溢れた。
「っ、ふ、ははっ」
「!? で、殿下!? な、何で笑っているの!?」
ミシェルは僕が突然笑い出したことにギョッとしたような顔をし、すぐに顔を赤くさせて反論する。 その表情を見て、僕の悪戯心が顔を出す。
「ふふ、君が僕の為を思ってくれてやっていると思うと、あんまり可愛いからつい、ね」
「〜〜〜!? わ、笑い事ではないのよ!?
……と、とても……、心配、したんだから。
丸二日、ずっと眠り続けていたのよ」
「……丸二日!?」
思わず僕は自分の耳を疑い問い返せば、彼女はコクッと頷いてみせる。
僕はその言葉に、思わず前髪をかきあげた。
「……道理で……、って、君はその間、ずっと此処に居てくれたということ!?」
「え、えぇ……」
彼女は突然声を上げた僕に驚いたような顔をしたものの、小さく頷いた。
それを見て、僕は思わず頭を抱えてしまう。
(何てことだ……。 婚約者である彼女を、ずっと此処へ泊まらせていたなんて。
きっとリヴィングストン家は彼女が居ないことを口外しないようにはしてくれているだろうけど、婚約者を何日も返さないなんて……、心配しているに違いない。 彼女の家族に申し訳ないことをしてしまった。
それにミシェルのことだ、僕の看病といって碌に寝ていないだろうし)
「……め、迷惑、だったかしら」
「え?」
そうポツリと呟いたミシェルの言葉にハッと顔を上げれば、彼女は「ごめんなさい」と小さく謝った。
それに対し、僕はハッとする。
(あぁ、ミシェルに多大な誤解を与えてしまっている……!)
「み、ミシェル、違うんだ。 僕は嬉しいよ、凄く。
そう、嬉しいからこそ、君にも君の家の方々にも申し訳なく思っているんだ。
随分と長く、君を独り占めにしてしまったから」
「!?」
「それに……、あまり顔色が良くない。 ずっと、側に居てくれたんだろう?」
「!」
僕はそっと、彼女の頰に手を添え、顔を覗き込むと、彼女は顔を赤くさせて俯く。
「……わ、私が勝手に、やったことだから気にしないで。
貴方の執事さんに許可を得ているし、家の方は……、そうね、帰ったらお説教コースなのは重々承知よ。
それよりも私は、貴方の力になりたくて、此処に居たの。 だから、私のことは心配しないで良いから」
「!! ……本当、ミシェルは」
「!?」
僕は彼女の頭をそっと撫でてその先の言葉を紡いだ。
「可愛くて素敵で……、どうにかなってしまいそう」
「〜〜〜!? で、でで殿下!? や、やっぱりまだ熱があるんじゃないかしら!?」
「!」
顔を真っ赤にしながら、頑張って自然と近くなった僕との距離を取ろうとする彼女を見て、僕は逆にそんな彼女の腰に腕を回し、顎をクイッと僕の方へ向かせると笑みを浮かべて言った。
「ふふ、さっき君に測って貰ったばかりだけど……、そうだね、もう一度測ってみる?
今度は、手ではなく額同士で、ね」
「!?!?」
今度こそ何も言えなくなって固まってしまう彼女を見て、これ以上は嫌われてしまうかな、と考え、距離を取り笑みを浮かべて言った。
「やっぱり辞めておこうかな。
君に風邪をうつしてしまったら大変だしね。
……まあ、これだけ一緒にいたら、もう手遅れかもしれないけれど……、そうだ、もし君が風邪を引いてしまったら、その時は僕が看病しようか。
ローズ学園パーティーの時は看病してあげられなかったから、その分手取り足取り……ね?」
それが良い、僕がそう言ってにこりと微笑んで見せれば。
彼女は顔を手で覆い、その隙間から僕を睨むように見て言った。
「わ、わざとやっているでしょう……!
絶対に風邪を引かないようにするので結構です!!」
「ふふっ、何処から来るのかなその自信」
「い、意地悪……!」
ぷんっと彼女はむくれ、立ち上がると、何をするのかと思えば、締め切っていたカーテンを開けた。
そこから差し込む温かな、眩しい光に思わず目を細めれば。
「あ、晴れているわ! 今日は良い天気ね、殿下。
貴方が起きている間は晴れて、風邪を引いて寝込んでいる間はずっと雨が降っていたから……、きっと、貴方が元気になったから、空も祝福してくれているんだわ」
「……!」
そう無邪気に笑って言う彼女の言葉に驚き目を見開くと、彼女は慌てて恥ずかしそうに口にした。
「な、なんて子供っぽいかしら。
良く天気を自分の心と重ねてしまったりするの、気にしないで。
……あ、執事さんにも殿下の目が覚めたことをお伝えしてくるわね!」
そうミシェルは逃げるように言い、僕が慌てて呼び止めようとしたけれど、その前に部屋を出て行ってしまう。
そんな彼女が出て行った扉を見た後、窓の外を見れば、彼女の言う通り、雲一つない青空が広がっていて。
僕はそっと、胸に手を置いた。
(……子供っぽくなんかないよ、ミシェル)
僕は、いつも下ばかり向いていた。
空を見上げることも、空を見上げて綺麗だなんて思ったことも、一度もなかった。
それを……、こんなに澄み渡った空を見上げられるようになったのは、間違い無く、
「……君のお陰なんだよ」
……それに、この青空をもし君の言う通り心に例えるなら……、それは僕では無く、ミシェル自身の心だと思う。
「本当に……、眩しいくらい、綺麗だ」
そうポツリと呟いた僕の瞳から、一筋、込み上げてきたものが零れ落ちたのだった。




