目覚めた先に *前半エルヴィス視点
最初がエルヴィス視点、途中からミシェル視点に切り替わります。
(エルヴィス視点)
真っ暗な暗闇の中。
身が凍るような冷たい空気が、その場に立ち尽くす僕の体に吹き付ける。
……その冷たさはずっと感じてきたもののはずなのに、いつまで経っても慣れてはくれなくて。
(僕は何をしたって、此処から抜け出せない)
僕は一体、何の為に生まれてきた。
第一王子? 王位継承者?
……そんなもの、どうだって良い。
盾にも矛にもならない、ただの“枷”でしかない。
(あげられるものならくれてやる)
そう思っていたのに。
(……今は、この地位を、この立場を、他の誰にも譲りたくないと思ってしまう)
……唯一無二の“光”が、僕を照らしてくれている限り。
僕は、この闇から何としてでも、這いずり出なければいけない。
―――……ヴィス、エルヴィス
(……あぁ、この声だ)
遠くで呼ぶ、温かな声。
その声を頼りに、僕は歩いていく……
唯一無二の、“光”の正体、それは。
(僕の、僕だけの、大切で愛おしい“婚約者”……)―――
「……ん」
パチッと目が覚めたのは、温かな日差しが差し込む見慣れた部屋の中……、城内の自室だった。
(……あれ、僕は……)
「! エルヴィス殿下!!」
「!」
目が覚めたのね!
そう言って笑みを浮かべる彼女……、此処にいるはずのないその姿に、僕は思わず彼女の……、婚約者の名を呼ぶ。
「み、み、ミシェル……!? ど、どうして此処に……!? し、しかも、え、な、その、格好は……!?」
「ふふっ、似合ってる?」
「は……〜〜〜!?」
そう言った彼女は、悪戯っぽく笑みを浮かべ、その場をクルッと一回転する。
僕はそんな彼女の身なり……、いつもとは違う色の茶の髪を揺らし、侍女用の制服の裾がヒラリと舞う姿を、状況が飲み込めずにただただ呆然と、彼女の姿を見つめてしまうのだった。
(ミシェル視点)
(……あら、殿下固まってしまっているわ)
彼に冗談交じりで問い、くるっと一回転してみた私だったけど……、そんな私を見たまま、彼は何も言葉を発しないでフリーズしていて。
(だ、大丈夫かしら)
思わず、そんな殿下に近付きそっと顔を覗き込めば。
彼はハッとした顔をした後、少し後ろに退きながら……、何故か顔を赤くして口を開いた。
「な……!! み、ミシェル! な、何を考えているんだ……!! そ、そんな格好で……」
そんな彼の、心なしか赤くなったり青くなったりする顔を見て、私は銀の髪を隠すために被った茶色の髪を指先でクルクルと弄りながら口を開いた。
「これには、その……、話せば長くなるのよね」
私はそう言って苦笑いをして、説明を省こうとしたが……、彼はパッと髪をいじっていた私の手を取ると、じーっと私を見つめ、口元だけ笑みを浮かべて言った。
「ミシェル。 どういうことか、一からしっかり、僕に分かるように説明してくれるかな……?」
「……ひっ」
……そう言った彼の背中からは、病人とは思えないほどのどす黒いオーラが発せられているのだった。
事の発端は、お母様の発言である。
昨夜、私が彼と共に城へ向かう間際、お母様が私を呼び止めて言った言葉は。
「……ミシェル、出来るのなら彼の看病をしてあげたら?」
「! え……」
どうやって。
そう聞こうとしたが、お母様はにこりと笑みを浮かべた。
それを見て私は思った。
(あぁ、お母様、こういう時は絶対答えを教えてくれない)
……自分で考えなさい、ということね。
私はそう解釈し、お母様に黙って頷いた。
「……って、まさかその言葉だけで此処へわざわざ、その……、変装してまで、僕の側に居てくれたっていうこと……!?」
「え、えぇ……」
「……っ、本当、君は……」
「! ……殿下?」
彼はそう言って、髪をクシャッとかきあげたかと思ったら……。
「っ、ふ、ははははっ」
「!?」
彼は、お腹を抱えて笑い出した。
(っ、え、で、殿下が笑ってる……?)
って、その前に。
「え、エルヴィス殿下? ど、どうしてそんなに笑うの!?」
「ふふっ、いや、君は本当に……、凄い子だなって思って」
「……それって褒め言葉なの?」
私の言葉に、彼は「勿論」と頷き、うっすらと目に溜まった涙を拭いながら口にした。
「本当なら、怒るべき、なんだけどね。
……こんな場所に、君を連れて来たくはないと僕は思っていたから」
「え……」
「あぁ、誤解しないで。 ただ、わざわざ此処へ来る理由も見当たらないし、第一、僕も君も、此処に良い思い出なんてないだろう?」
「!」
(私はともかく、エルヴィス殿下も……?)
私の疑問をよそに、彼は言葉を続ける。
「……そう、思っていたけど……、まさか、目が覚めたらその君が、侍女に変装してまで此処に居るものだから……、驚いてしまったよ」
「!」
そう言って、彼は私の髪をそっと持ち上げる。
「……僕の為、なんでしょう? 此処までしてくれたのは」
「……!」
その問いに対し、私は赤くなった顔を見られないよう努めながら、俯き加減に小さく頷けば。
彼は「なら、」と言った後、穏やかに告げた。
「怒れるわけが、ないだろう?」
ミシェル。
そう彼は私の名を呼び、優しく目を細めた。
私は名を呼ばれたのと同時に顔を上げてしまったから、彼の顔をまともに見ることになってしまって。
その思ったより近い距離に息を飲めば、彼はそんな私の瞳をじっと見つめながら、形の良い薄い唇で言葉を紡いだ。
「ありがとう」
そう言って、私の茶の髪に口付ける。
その行動に固まる私をよそに、彼は私の髪をそのまま弄びながら、繁々と見て口にした。
「この髪とその服は、どうやって用意したの?」
「あ、え、えーっと……、それは、貴方の執事さんに相談したら、快く貸して下さったの。
“坊ちゃんを宜しくお願い致します”って。
初めてお会いしたけれど、とても良い方ね」
彼の執事さんは、学園長と丁度同じ歳くらいの御年配の方で、いきなり訪れた上に彼の側に居たいという私の我儘を快く承諾してくれた。
そんな執事さんの姿を見て安心した。
このお城の中に、彼の味方をしてくれている方が側に居るんだと。
そんな私に対し、彼は「うわ」と苦虫を潰したような顔をし、恐る恐る口を開いた。
「……余計なこと、何か吹き込まれたりしていないよね?」
「え、えぇ。 ……余計なこと?」
「っ、何も言われていないのなら良い。
……これからもし何か言われても、右から左に流してくれれば良いから」
「!! ……ふふっ」
私は思わずそんな彼を見て笑ってしまう。
彼はそんな私の笑いに拗ねたような表情をし、掛け布団を頭まで被ってしまう。
(彼がこの反応をする時は、学園長の時と一緒ね。
気を許している証拠だわ)
執事さんはエルヴィス殿下の味方、と心の中で呟きながら、掛け布団の外に出ている殿下の金色の髪を見て、思わず笑みがこぼれるのだった。




