家族と、第一王子と
殿下が倒れた。
力なく横たわる彼を前に、叫ぶように助けを呼んだ私とそんな殿下の姿を見て、一時家の中は騒然となった。
そして何とか、その彼を来賓室のベッドに寝かせ、家のかかりつけ医を呼んで診察してもらったところ、彼は極度の疲労からの熱だと診断された。
医者に“絶対安静”を言われた彼の近くで、私達家族は話し合っているのだけれど……。
「このことを王妃殿下に報告しなければいけないな」
そう口にしたのはお父様で。 私はその言葉に慌てて首を横に振った。
「そ、それは駄目」
「? どうして」
「そ、れは……、そう、彼は今日、お忍びでわざわざ来てくれたらしいの。
だから、此処にいることがバレたら怒られてしまうわ」
「……だが……」
お父様の瞳が戸惑ったように揺れる。
(そう、本当なら、王妃様に話すべきことだけれど……、彼は別だわ。
多分……、お忍びでこうして訪れたのはきっと……、彼女に知られたくないから、だと思うから)
だから。
「……お願い、お父様。 この件は、内密にしてあげて」
殿下の家の事情のことを、家族には言えない。 それに、家族のことは殿下の口からはまだ直接聞いているわけではないから、下手なことを言えない。
……だから今は、家族には私の言葉を信じてもらうしかない。
そんな私の思いが通じたのか、お父様は少し息を吐き口を開いた。
「……分かった、報告はしないでおこう。
しかし、どうしたものか……、此処で彼を休ませてあげられるならば幾らでもしてあげたいが、王妃殿下に内緒で、ということは、もし彼が此処にいることがバレたら」
「ご心配には、及びません」
「「「!?」」」
私達はその声に振り返れば、殿下がベッドから起き上がろうとしていていて。
「っ、エルヴィス殿下っ、駄目よ、起きては」
私が慌てて彼に駆け寄り、そっとその体を支えれば、彼は苦しそうに息を吐きながら言葉を紡いだ。
「ううん、僕は、帰らないと。
此処にいたら、君にも、この家の方にまで、迷惑をかけてしまうから……っ」
「で、殿下、でもその体では」
「大、丈夫、馬車で来たし、すぐ、だから」
「っ、でも」
(きっと城へ帰れば、彼は、絶対安静なんてしないわ)
食い下がらない私に対し、やりとりを聞いていたお母様が口を開いた。
「……そうね、ミシェル。 殿下はやはり、お帰りになった方が良いと思うわ」
「!? そんな」
「そう、夫人の仰る通りだよ、ミシェル。
……僕が、君の家に居座った、なんて噂されてしまったとしたら、未婚の君に、あらぬ醜聞が立つ。 そうでしょう?」
「っ……」
彼の言葉に、私は反論することが出来なかった。
そんな私を見た彼は、「大丈夫だから」と念を押すように言い、笑みを浮かべてみせた。
……だけどその笑みは、いつもの彼の明るい笑みとは違い、無理をしているように見えて。
(……それでも、私はこのまま彼を、一人城へ返してしまって良いの?)
私が思案していると、お母様がいつの間にか側に来て、私の肩にそっと手を置き、朗らかに笑って諭すように言った。
「そうね、第一王子殿下の言う通り、彼は此処には居られないわ。 だから、せめて彼をお城まで馬車で送る、というのはどうかしら?」
「!? それでは、彼女に風邪を移してしまいま」
「行くわ、私。 良いでしょう?」
「!」
私は、彼の抗議の言葉をわざと遮り、じっと彼の瞳を見つめて尋ねた。
すると彼は、困ったように家族の方を見やったが、少し息を吐くと言葉を発した。
「……僕は嬉しいけれど……、風邪を、引かないようにね」
「えぇ」
私が力強く頷けば、お母様はパチンと手を叩き、「では決まりね!」と何処か嬉しそうに笑みを浮かべたのだった。
「お母様、殿下にお貸しできるブランケットはある? それから氷枕……、そうね、脇の下と首回りと……、5つ程作ってくれるかしら?
それから、〜〜〜」
私が彼の側を離れずに、あれこれと必要なものの指示を出していると。
「……ごめん」
「え?」
彼の呟くような、小さな声に驚き見れば、彼は掠れたような声で口を開いた。
「……君を、君の家族まで巻き込んで、迷惑を、かけてしまって」
「! ……謝らないで」
私は彼を安心させる為そっと微笑み、彼の手を握って口にした。
「不謹慎かもしれないけれど……、貴方が此処へ来てくれて、私はとても嬉しかったかわ。
だから今は、何も心配しないで、とにかく休んで元気になって。
大丈夫、私は貴方の側に居るから」
「! ……ミシェル」
彼は驚いたように私の顔を見つめる。
その時、お母様が後ろから声をかけた。
「ミシェル、馬車の用意が出来たわ。
殿下のご様子はどう?」
その言葉に答えたのは殿下で。
「はい、お陰様で……、有難うございます」
そう言って、少し上半身を起こして頭を下げる彼に対し、お母様はあらあら、と慌てて声を上げた。
「第一王子殿下、頭をお上げになって。 一国の王子なのですから、そう簡単に頭をお下げにならなくて良いのですよ」
「え……」
彼が目を丸くしてお母様を見れば、お母様はふふっと笑って口にした。
「私達がやっているのは、“当たり前のこと”ですから。
……それに、貴方はミシェルを救ってくれた上、彼女が選んだ“婚約者様”でしょう?
御恩を感じているのは、こちらも同じです。
だから……、ミシェルの母として言わせてね。
……娘を救ってくれてありがとう、エルヴィス・キャンベル殿下」
「「!」」
その言葉に、思わず私も彼も顔を見合わせた。
やがて、彼はふっと微笑むと……、「この体勢で言っても、格好つきませんが、」と前置きしてから私を見、そしてお母様を真っ直ぐと見て言った。
「必ず、彼女を……、幸せにします」
「「!!」」
その言葉に、思わず私は彼を凝視してしまう。
そんな私を見て、エルヴィス殿下は照れ臭そうに笑い、体を起こしながら言った。
「そろそろ、行かなければね」
その言葉に、私は彼の体を支えようとすれば、お兄様が来て、代わりに彼の肩を支えてくれる。
そんな二人の背中を見ながら廊下を歩いているうちに、お母様が私の肩を軽く叩くと、私の耳元で囁いた。
「……!」
お母様のその言葉に、私は黙って頷いてみせたのだった。
そうして、私と殿下、それから、万が一の為にとお兄様を乗せた馬車は、闇夜の中を静かに走り出す。
その馬車の中で、私は向かいに座っているお兄様に話を切り出した……。
「……え!? ミシェル、正気なのか!?」
「えぇ」
私のとある“提案”を聞いたお兄様にそう返され、迷いなく頷けば、お兄様ははーっと息を吐き、乱暴に頭を掻いた。
「いや、幾ら母上がそういうことを言ったからって……、第一、父上がお許しになるのか……?」
「そこをお兄様に何とか説得して欲しいの。
……ね、お願い。 このまま彼を、一人にはしたくないもの」
そう言って、私は膝の上にある彼の頭をそっと撫で、お兄様に懇願した。
そんな私に対し、お兄様はうっ、と喉を詰まらせながら言葉を続ける。
「いや、可愛いミシェルの頼みなら聞いてあげたいのは山々だけど……、ことがことだろう?
第一、バレたらどうするんだ」
「大丈夫、そこは何とかするから」
「な、何とかって……」
「お願いよ、お兄様。 私は、彼に助けてもらった身だもの。
私も、彼を助けたいの」
(私はまだ、何一つ彼に返せてない。 だから)
私はお兄様の瞳を祈るようにじっと見つめれば。
お兄様はチラリと彼を横目で見て、はーっと長く息を吐くと……、渋々口を開いた。
「分かったよ、ミシェル。 お前がそこまで言うなら頼んでみる。
……はぁ、俺は後で父上に何と言われるか……」
「お兄様! ありがとう!!」
私はお兄様に向かって笑みを浮かべれば、お兄様は頭を抱え、「ミシェルは可愛いけど、父上が怖い」と嘆くのだった。
こうして、私と殿下の夏休みの幕が開けたのである。




