夏休みの始まりは…
「今日も良い天気ね」
「はい、お嬢様。 夏!って感じがしますね!」
「ふふ、メイ嬉しそうね」
「勿論です! こうして夏休みをお嬢様と一緒に過ごせるんですから」
そう言って笑みを浮かべるメイに対し、私も笑みを返す。
期末試験が終わり、数日後、学園は長期休暇を迎えた。
所謂、“夏休み”である。
夏休みは二ヶ月ほどある為、皆その休暇を利用して、避暑地にあるそれぞれが所有している別荘へ赴いたり、茶会などを催して交遊を深めたりする時期でもある。
そんな私の予定は、7月中にはお茶会が5つ程、そして、8月には別荘へと赴く予定になっている。
「課題ももう終わらせたし、これで貴女ともこうして穏やかな時間を過ごせて嬉しいわ」
「! お嬢様ぁぁ」
メイは嬉しそうにそう燥いだ後、そういえば、と口を開いた。
「第一王子殿下……、今頃何をされていらっしゃるのでしょう」
「! ……エルヴィス殿下は……、きっと、お忙しいのよ」
私は突然メイから出てきた彼の名に、ドキッとしたものの、そう返せば、彼女は少し戸惑ったように言った。
「それにしても……、終業式の日、第一王子殿下はお嬢様と別れ際、“すぐに会いに来る”と仰っていましたよね?」
「!? き、聞いてたの!?」
「あっ……」
メイはハッとしたように慌てて口を押さえたのを、私は見過ごさずジト目で彼女を見たけど、まあ良いや、と諦めて口を開いた。
「……そうね、確かにそう言っていたけれど……」
私も、ずっと気にかかっていた。
彼は確かに、メイの言う通り、“すぐに会いに来るから”と、家の前で別れ際にそう告げられた。
けれど、それから二週間が経とうとしている今、彼からは何の音沙汰もなくて。
(どうしたのだろう……?)
忙しいのだろうか。
それとも……。
「……お嬢様?」
「っ、やはり、彼は忙しいのよ。 一国の王子だもの。
もう少し待っていればきっと、彼は来てくれる筈だわ」
「そうですよね! ……ごめんなさい、お嬢様。 余計なことを申してしまって」
「あら、何故謝るの? ……それに、メイが居てくれるから、私は寂しくなんてないわ」
「! お嬢様……」
(……そう、私は……、彼の婚約者だもの)
私が出来ることは、彼を信じて待つこと。
……本当なら、今すぐお城へ行って、彼に会いに行きたい。 けれど、それは無理なのだ。
(お城には……、多分、私は行かない方が良い)
もしも、ブライアン殿下や王妃に会ってしまったら……、それこそ、殿下の迷惑になってしまう。
(……大丈夫、彼は必ず、来てくれるわ)
私は、ペンダントにして首に下げている“婚約者の証”を、そっと握ったのだった。
そして、すっかり日は落ち、昼間の空がまるで嘘だったかのように、どんよりとした雲が空を覆っている。
(……何故だか……、胸騒ぎがする、ような)
夕方頃から、何となく落ち着かない気持ちになっていた私は、夕食を食べ終えてから読んでいた本をパタリと閉じ、少し目を瞑った。
すると。
「っ、お嬢様!」
「!?」
突然開いた扉のバンッという音と、メイの慌てたような声に驚き、振り返れば。
「あ……」
「今晩は、ミシェル。 来るのが遅くなってしまってごめんね」
「……!」
私は思わず、本を落としてしまう。
だけどそれには目もくれず、ずっと……、待ち焦がれていた人物の姿に、私は釘付けになってしまう。
そして、恐る恐る口を開いた。
「……エルヴィス、殿下?」
「こんな時間にごめんね。 顔だけでもと思って……、来てしまった」
彼はそう申し訳なさそうに言うものだから、私は慌てて首を横に振り、口を開いた。
「そんな! ……忙しかったのでしょう?」
こんな時間にわざわざ来てくれたということは、殿下は相当忙しかったに違いない。
そう思って私がそう口を開けば、彼は何故か口籠ってしまう。
その様子がおかしい、そう思って私が彼の様子を伺えば、黙っていたメイが軽く咳払いをして言った。
「私は失礼致しますね」
彼女は、殿下が口籠ってしまったのは自分がいるからだと思ったのか、そう言って部屋を出て行き、彼と二人きりになった。
(……ひ、久しぶりだから、緊張するわ)
たったの二週間。
会えなかったのはそれくらいなのに、私には……、それがとても長く感じられて。
私は何故か何も話さない彼に違和感を感じながら、恐る恐る口を開いた。
「エルヴィス殿下、此方に座ってお話出来るかしら? 久し振りだから、少しだけでも……」
(時間が、ないかしら)
私は彼の顔色を伺いながらそう尋ねれば、彼は私の提案を聞いて近付いてきて……。
「……!! 殿、下……?」
気が付けば、彼の腕の中にいた。
「っ、ど、どうしたの……?」
「……っ、ずっと、会いたかった……」
「!」
絞り出すような、そんな小さな掠れるような声で言葉を発した彼に対し、私の中で違和感はどんどん膨れ上がっていく。
(……やっぱり、様子がおかしいわ)
いつもなら、広く感じるその背中が、どうしてか今日は……、まるで幼い子供のように思えて。
「……何か、あったの?」
彼にそう問えば、彼は首を横に振り口にした。
「……大した、ことじゃないから」
「! そんなこと……」
彼の言葉に、私の胸がズキリと痛む。
(……私には、教えてくれないの?)
“大したことじゃない”
そう彼は言うけれど、いつも明るい彼が、こんなに弱っている姿を私に見せていると言うことは、それは嘘なんだと思う。
(彼がこんなに傷付いているのに、私は……)
……何の力にもなれない。
「……行かないと」
「え……」
「此処へは、お忍びで来てしまったんだ。
……早く、行かないと」
「っ、ま、待って」
私は慌てて、彼の両腕を掴んで顔を見上げた。
すると。
「……っ、殿下……」
いつもとは違い、彼の綺麗な顔には色濃く隈が出来ていた。
そして、そのアイスブルーは暗く、虚ろにも見える。
……それに、
「っ、腕が熱……!?」
刹那。
彼の体がグラリと傾く。
私は咄嗟に支えようとしたが、私の力では彼を支えきれず、何とか上半身は支えられたものの、ドサッと崩れ落ちるように彼の体が床に打ち付けられた。
「エルヴィスッ、エルヴィス……!!」
突然倒れた彼の苦しげな表情に、私は必死に彼の名を呼びながら、大声で助けを呼んだのだった。




