王子と令嬢の宣戦布告
ブライアン殿下はエルヴィス殿下の目の前まで来るとピタリと止まり、口を開いた。
「エルヴィス、これは一体どういうつもりだ」
「っ……」
彼の不躾な言動に、私が思わず言い返そうとしたところで、エルヴィス殿下が私を制すように私の前に手を出した。
驚いて見上げれば、彼はしーっと人差し指を口に立てる。
そして、アイスブルーの瞳をブライアン殿下に向け、冷笑を浮かべて言った。
「どういうつもりだも何も、私の本来の実力を出したまでだよ」
「!? 嘘をつけ! お前は今迄真面目に試験を受けることは愚か、勉強さえしてこなかっただろう!?」
「!」
(そんなことを皆の目の前で言ったら……!)
案の定、何だ何だと周りがざわめきだす。
それをブライアン殿下はちらりと横目で見て、ほくそ笑みながら言葉を続ける。
「それなのに今回だけ満点!? はっ、どう考えてもおかしいだろう。
お前はカンニングをしてその結果を出したに違いない! 絶対にそうだ!!」
(っ、なんてこと……っ)
黙って何も言い返さずに聞いていた殿下をよそに、私はもう我慢出来ずに口を開きかけた、その時。
「カンニングだって?」
「「っ」」
ひゅっと、思わず息を飲んでしまう。
それは、そう言った彼の表情が……、あまりにも冷ややかだったからで。
それはブライアン殿下や周りも感じ取ったらしく、一気にその場はしんと静まり返る。
そして彼は、黒い笑みを浮かべながら口を開いた。
「そんな低俗なことを私がするとでも? ……君ならともかく、私がするわけがないだろう?」
「なっ……!」
「君だって、前回は50位ギリギリだったじゃないか。 そこから今回は23位? おめでとう。
まあ、今回は君が何を足掻こうが私の勝ちだけどね」
(!? す、凄い喧嘩売ってない!?)
エルヴィス殿下の一挙一動にヒヤヒヤしていたのも束の間、案の定、ガッとブライアン殿下が怒りにまかせて彼の胸倉を掴み、凄まじい形相で口を開いた。
「おい! エルヴィス!! 貴様何を言っているのか分かっているのかっ!?
それが許されるとでも思っているのか!?」
「あぁ、分かっているさ。
……今迄散々人が黙っているのを良いことに、お前達はやりたい放題やってきたんだ、これくらい可愛いものだろう。
まあその結果が、私を本気で怒らせることに繋がったわけなんだが」
「っ」
殿下はそう言って、今度は怯んだブライアン殿下の掴まれていた手を逆にギリッと強く掴んで言葉を続けた。
「だから今度は誰に何を言われようが、これからは自分が信じた道を進むことにする。
今迄大人しく黙っていてやったんだ、これから私がすることにも邪魔はしないでもらおうか、ブライアン」
「っ」
その怒りが底知れぬことを、ブライアン殿下に向けるアイスブルーの冷たい瞳が証明していて。
(……でも、此処で喧嘩をするのは駄目)
私は思わず、小さく彼の白制服裾を摘んだ。
そしてハッと、彼は我に返った様に私を見て……、ブライアン殿下の手を離し、もう一度口を開いた。
「今迄試験を真面目に受けなかった私への批判は甘んじて受け入れよう。
だが今回の結果は、“カンニング”では断じてない。
それでも信じられないと言うのならもう一度、問題を変えて試験をしても良い。
……私はその時でも、満点を取る自信があるからね」
「「!」」
(そ、その自信は一体どこから……!?)
私は思わず心の中で突っ込みかけたが、その疑問はすぐに消える。
それは、先程まで冷たい瞳をしていたアイスブルーの瞳が、自信に満ち溢れていたから。
そんな色を宿した彼は、今度は私を見て笑みを浮かべて言った。
「君には沢山心配をかけたね。 ごめん。
……もう、大丈夫だから。 私はこれからもずっと、君の側に居るよ。
というより、」
「!?」
彼は私の手を取ると、そっと口付けを落として笑みを浮かべた。
「もう君のこの手を、離すことなんて出来ないから。
覚悟しておいてね?」
「〜〜〜!?」
ブライアン殿下にだけでなく、さらっと私には違う宣言をした彼は満足気に笑うと、私の手を取ったまま歩き出す。
そんな私達を、皆が遠巻きに見ていて。
(……以前は、良くこの視線を気にしていたけれど)
第二王子の婚約者として。
生徒会長として。
優等生を常に演じなければいけなかった。
淑女の仮面を、外すことなど考えたこともなかった。
……でも、今は。
(不思議と……、自信に満ちてくる)
私はありのまま此処にいても良いのだと、そう思わせてくれる。
それは紛れもなく、彼が隣に居てくれるから。
こうして手を取って、共に歩いてくれる彼が居るから。
「……エルヴィス殿下」
「? 何、ミシェル」
そう言って微笑みを浮かべてくれる彼に対し、私は悪戯っぽく笑い、繋がれた手をギュッと握って口にする。
「次は負けないわ」
「!」
試験も、彼に対する気持ちも。
彼に負けてはいられない。
(今度は私が、彼に証明するの)
だってそうでないと、私ばかり……、嬉しいと思ってしまっているから。
そんな私の言葉に対し、彼も悪戯っぽく笑って口を開いた。
「望むところだよ。 楽しみにしてる」
「ふふっ、頑張るわ」
彼の婚約者であること。
それがどんなに幸せなことか。
私は彼の隣で、そんな尊いほどの幸せを噛み締めていた。
ただその隣に居た彼の瞳の奥には、私がまだ知らぬ、もっと深い底知れぬ闇があることに無論、わたしが気が付く由はなかった。




