期末試験
王立ローズ学園の期末試験は三日間続き、一日3教科ずつ、計9教科をこなす。
一日目は国語を含めた語学分野、二日目は理数科目、そして三日目は地歴公民。
ちなみに私が得意なのは語学分野、苦手なのは理数科目である。
ただ今回は、そんなことを言ってられない。
(あれだけ第二王子に啖呵を切っておいて、悪い成績なんて残したくないもの)
それに加え、ローズ学園には三学年それぞれ、上位50名の名前が学園内の大きな掲示板に貼られる。
私は生徒会長として、毎年首位をキープしている。
だから今回も、絶対に気を抜いてはいけない。
(私は、生徒会長であり、第一王子の……、エルヴィス殿下の婚約者だから)
私はそっと目を瞑り、彼のイニシャルが入っているピンバッジに触れる。
そして。
「試験、始め!」
先生の言葉を合図に、私は問題冊子をめくったのだった。
そして三日間の試験を終え、一日置いた後……、試験の結果発表当日を迎えた。
結果発表は、答案用紙が返ってくるより先に掲示板に順位が張り出される。
その為、登校したらすぐに順位を確認しに行くのがこの学園流の試験発表である。
「ミシェル〜!」
「レティー」
馬車から降りるとすぐ、レティーが手を振って私の側へ駆け寄ってきた。
そんな彼女の笑顔を見て、私は思わず笑みを零す。
「その表情を見た感じだと、試験は出来たのね」
「うん! ミシェルよりは全然だけど、結構良い感じだったわ!」
「全然なわけないでしょう。 貴女はいつもトップ10に入っているじゃない」
「ミシェルが生徒会長として頑張ってるのに、私達が足を引っ張っちゃいけないもの」
レティーはそう言って苦笑いを浮かべる。
(そうは言っても、彼女は努力家だもの。 きっと今回も頑張ったんだわ)
私がそんなことを考えていると、彼女に「行きましょう」と促され、並んで廊下を歩き出す。 そして彼女は、思い立ったように口を開いた。
「あ、そうそう。 試験といえば私、ちょっと驚いちゃったことがあって」
「え?」
「私の隣の席、第一王子殿下だったんだけどね」
「? エルヴィス殿下がどうかしたの?」
彼女は少し廊下に誰もいないか確認してから、小声で話し始める。
「私、以前チラッと聞いたことがあるのだけど……、彼は試験の時あまり真面目に受けていないというのを聞いて……、あ、ごめんね。
ミシェルに言う話ではないと思うんだけど」
彼女の言葉に、私は何とでもないと言う風に言った。
「大丈夫よ、続けて」
「そう、それで……、噂が本当なのかなって少し気になっていたの。
そうしたら……、彼、始めの合図で凄い勢いで書き始めて……、全教科10分位経ったらペンを置いてしまうのよ」
「!? 10分……? あの量を?」
「えぇ。 勿論、カンニングになってしまうから確認したわけではないけれど……、試験が始まってからあまり経たないうちにペンを置いて、それから一度も彼は手を動かしていない感じだったわ」
「え……」
私は思わず耳を疑った。
だって試験自体、どんなに頑張っても30分はかかるくらいの内容では合ったはず。
それなのに、彼は……。
「ぜ、全教科そんな感じなの?」
「確か、と言うわけではないけれど……」
レティーの衝撃的な言葉に、私は思わず黙りこんでしまっていると。
「おはよう、ミシェル」
「!?」
不意に声をかけられ驚き振り返れば、噂をしていた本人で。
固まっている私を見て、エルヴィス殿下は心配そうに口を開く。
「ごめんね、驚かせてしまった?」
「い、いえ大丈夫よ」
私は彼の顔を見て先程のレティーの言葉を思い出し、そんなレティーと挨拶を交わす彼の姿を見て疑問が膨らんでいく。
(10分で試験を終わらせたって、本当なの……?)
疑問に思うが、彼にそんなことを直接聞けるわけがない。
そして思わず彼を見つめてしまっていると、私を見た彼はにこやかに笑って言った。
「僕も一緒に掲示を見に行っても良いかな?」
「! 勿論です! ね、ミシェル」
「え、えぇ」
レティーが即答し、同意を求められた私が頷けば、彼は嬉しそうに笑い……、
「!?」
「きゃー!」
「さ、行こうか」
彼は私の手を自然と取って歩き出す。
それをレティーが見て嬉しそうに悲鳴をあげるものだから、私は慌てて彼に向かって口を開く。
「ちょ、ちょっと、エルヴィス殿下!
れ、レティーが見てるわ」
「ふふ、照れてるミシェルも可愛いね」
「なっ……!?」
そうアイスブルーの瞳を細めて悪戯っぽく言うものだから、私は何も言えなくなってしまって。 そんな彼にされるがまま、掲示板のある場所へと向かうと、そこには沢山の人だかりが出来ていた。
(既に皆来ていたのね)
私がそんなことを考えながら彼と共に歩いていると、彼と私を見て皆が急にざわつき始め、私達の前にいた生徒達が皆、まるで私達を掲示板へ誘導するかのように横に捌けた。
(え、何、どうして?)
私が不思議に思って掲示板を見上げた瞬間。
「……え!?」
私は驚いて、自分の順位より思わずその名を凝視してしまう。
期末試験結果、その一番最初に書かれていた、首位の名前は。
「……“エルヴィス・キャンベル”……、900点!?」
「あ、手加減し忘れた」
「み、ミシェルが2位……?」
私がそう叫んで思わず彼を凝視すれば、彼はそう聞き捨てならないことを言い、私の横でレティーが目を丸くして掲示板を見て呟いた。
驚くのも無理はない。
私はここまでの試験……、入学試験から全て首位をキープしてきた。
それは今は違うけれど、第二王子の婚約者であり、そんな彼に完璧を目指すよう命令されていたから。
今回は、他でもない第一王子である彼の婚約者として、手加減をせず全力で挑んだ。
なのに、エルヴィス殿下の名前の隣、次席の欄には私の名前、ミシェル・リヴィングストンの文字が書かれていて。
その下に書いてある点数は。
「……892点……」
信じられない思いでそう呟けば、彼が戸惑ったように私を見て、「ミシェル」と名を呼んだ。
その声に、私はハッとして彼を見上げ……。
「! み、ミシェル!?」
私の目から涙がこぼれ落ちる。
それを見た彼は慌てたように口を開いた。
「ご、ごめん、き、君の婚約者として、今回は頑張って手加減しないようにしようと思って、……!?」
私はそんなことを口にする彼の手をギュッと握ると口を開いた。
「おめでとう、エルヴィス殿下! ……本当に、良かった……っ」
「!」
「貴方はやっぱり凄いわ。 900点満点なんて……、取れたことないもの」
(今回は今までの試験の中で一番頑張って、今迄の最高得点だった。
だけど、彼はそれを余裕で上回っている)
「本当に凄いわ。 これで……、ずっと一緒に、居られるのね」
「!」
(これだけ試験の成績が良ければ、誰も文句は言えないわ。
卒業が危ういと言っていたけれど、今回良い成績を取れば大丈夫だと言っていたもの)
私が静かに喜びを噛み締めていると、彼が不意に私の頰に手を伸ばした、その時。
「っ、何故だ!!」
「「!?」」
その声に驚き振り返ると、そこに居たのは。
「……ブライアン殿下」
「……またか」
険しい顔をしたブライアン殿下が、そう言って深くため息を吐いたエルヴィス殿下に歩み寄ってきたのだった。




