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侯爵令嬢の誓い

「……お嬢様、落ち着かれましたか?」

「えぇ。 有難う、メイ。 心配をかけたわね」

「いえ、そんな」


 彼女は私の顔を心配そうに見ながら、ホットミルクを差し出してくれる。

 それを冷ましながら飲んでいると、彼女は私の顔色を伺いながらおずおずと口を開いた。


「あの……、聞いても良いものなのか迷ったのですが……、エルヴィス殿下と、喧嘩をなさったのですか?」

「!? ち、違うわ。 彼と喧嘩なんて。

 というより、逆に喧嘩を売ってきたのは……、その弟の方よ」

「!? ま、まだ此の期に及んであの馬鹿第二王子ですかっ!? あの方も懲りませんねぇ……!!」

「えぇ、本当よね。 ……後でお父様に謝りに行かないと」

「え、どうしてです?」


 私はメイの言葉に長く息を吐き……、下を向いて答えた。


「……その売られた喧嘩を、まんまと買ってしまったのよ。

 しかも私、簡単に淑女の仮面なんて放り捨てて、その喧嘩を派手に買ってしまったんだもの」

「!」


(第二王子相手に)


 でも……、許せなかった。

 いつも明るく笑みを讃えてくれるエルヴィス殿下を、あんなに暗い表情にさせてしまうその元凶が、あの人の口から飛び出す非情な言葉の数々だということ。


(何となく……、エルヴィス殿下を取り巻いている環境が、見えてきた気がして)


 私は息を吐き、もう一口ホットミルクを飲む。


「……一応、第二王子の性格上プライドが高いことを読んで、今日のことを口止めするよう根回しはしてみたけれど……、もし彼が王妃様に告げ口をしたら、どんな処分を受けるか……」

「あぁ、それで後程旦那様に謝罪しなければと仰っていたのですね」

「えぇ」


(気が重いわ……)


「……でも、それで良かったのでは無いでしょうか」

「え?」

「く、詳しいことは分かりませんが。

 ……お嬢様がつい仮面を被り捨ててまでお怒りになられる、というのはよっぽどのことだと思いますから。

 例えば、第一王子殿下への悪口とか」

「!?」

「わわっ、お嬢様!」


 図星を突かれて危うく、カップを取り落としそうになってしまって。

 何とか持ちこたえて慌ててテーブルの上に置くと、彼女は少し困ったように笑って「図星ですね」と言う。

 私はそれに対して小さく頷いてみせれば、彼女は「そうですよね」と言葉を続けた。


「私共のお嬢様は、そういう方ですもの。

 ……そのお気持ちはきっと、旦那様も奥様も、分かってくださる筈です。

 取り敢えず、早めにそのことについてお話をして、万が一に備えて作戦を練っておくことが大事、なのではないでしょうか」

「! ……メイ」


 冷静にそう私を励ましてくれる彼女に、私は笑みを浮かべて礼を言った。


「ありがとう。 貴女のような優秀な侍女が側に居てくれて、とても心強いわ」

「!!! お、お嬢様ぁぁぁ」

「め、メイ!? こ、今度は貴女が泣くの!?」

「だってぇぇ……!」


 本気で泣き出してしまう彼女に、今度は私が彼女を落ち着かせる役目に回ったのだった。





「……成る程、第二王子殿下に喧嘩を売られ、それに対してミシェルは強く反論してしまった、と」

「……えぇ」


 私の目の前に座っている、お父様とお母様、それからお兄様の視線と目を合わすのが怖くて俯きながら、私はお父様の言葉に小さく頷いた。


(……今迄こういうことは、無いようにしていたつもりなのに)


 家族に迷惑をかけないように、そう気を配ってきたつもりだったけれど……、まさか一番私達にとっては反抗してはいけない相手につい、頭に血が上って罵倒を浴びせるようなことをしてしまうとは。


(まだまだ淑女訓練が足りないわ。 幾ら頭に血が上ったと言えど、もう少し上手く立ち回りが出来なかったかしら)


 ……でも。


「ミシェル、具体的にどんなことに対して怒ってしまったのか……、そこら辺を教えてくれないか?」

「あまり、詳しくは言えないけれど……、第二王子である彼が、お兄様であるエルヴィス殿下に対して酷い言葉を投げかけたの。

 それを聞いて……、許せなくて」


 今でも、エルヴィス殿下の……、何も言わずにただ黙って、傷付いたような表情をする彼を思い出してしまう。

 その度、私は悔しくて思わず、行き場のない怒りを、拳を握り締めることでぶつけてしまう。

 それに気付いたお父様が、慌てたように口にした。


「ミシェル、お前の気持ちはよく分かる。 だから、そうやって自分をあまり責めなくて良い。 ……一旦その手を解いて、掌を見せなさい」

「はい……」


 私はそっと拳を握っていた手を解き、裏返して掌を見せれば……。


「「「!」」」


(血が……)


 自分でも気が付かない内に、強く握ったことによって爪が食い込んでいたらしく、掌には無数の傷が出来、血が滲んでいた。


「……ミシェル」

「!」


 不意に伸びてきた温かな手にそっとその手を取られ驚けば、お母様が私の手を握っていて。

 そう私の名を呼んでから、お母様は言葉を続けた。


「大丈夫よ。 その件については何も考えなくて良いわ。

 ……大事な娘だもの、貴女のことを守るのが私達家族の努めよ」

「! お母様……」


 そう言って微笑むお母様の横で、お兄様も身を乗り出して念を押すように口を開いた。


「そうだぞ。 ……それに、ミシェルは無茶を……、というよりは何でも一人で抱え込みすぎだ。

 きっとミシェルのことだから、迷惑をかけないようにと思っているのかもしれないが、もっと家族に頼るべきだ」

「お兄様……」

「それに! その手を見たらエルヴィス殿下、きっと卒倒するぞ。

 自分のせいでミシェルを傷付けてしまっていると、責めるだろうな」

「!? そ、それは……、無きにしもあらずだわ!

 急いで消毒しないと!」


(彼に気付かれない内に、早く治してしまわなければ)


 私は近くにいたメイに慌てて、後で消毒の薬を持ってくるよう言えば。

 そんな私を見て、三人はクスクスと顔を見合わせ笑っていて。


「え……? 如何して、笑っているの?」


 私がそう尋ねれば、真っ先に口を開いたのはお兄様で。


「っ、いや? 以前のミシェルなら、見られない表情をするものだから、つい」

「そうなのよ! あの馬鹿王子の時と比べたら雲泥の差ね!」

「どれもこれも、こんなに可愛いミシェルの表情を見られるようになったのは……、紛れもなく、第一王子殿下のお陰だね」

「えぇ、本当に」


 お母様もお父様も、顔を見合わせてそうニコニコしながら言うものだから、私は何だか恥ずかしくなって、口を開いた。


「も、もう! からかわないで下さいませ!」

「ふふ、やっぱりうちの娘は可愛いわね!」


 相変わらずの親バカっぷりを発揮するお母様の言葉に、私は苦笑いを浮かべながら思う。


(……私が可愛くなった、とかそういうのはともかく……、家族も言うように、私自身がありのままでいられるようになったのは……、彼のお陰だわ)


「……お父様、お母様、お兄様、それからメイ」


 私は順番に彼等の顔を見て、言葉を紡いだ。


「私……、きっとこれから先、もっと辛いことが待ち受けていると思うの。

 けれど、それがどんなに茨の道を突き進むことになるとしても、私は彼と……、エルヴィス殿下と共に、歩んでいきたい」

「「「!」」」


(私は彼の“味方”だから。

 どんなに辛いことがあっても……、絶対に、彼の側を、離れたりはしない)


「……私を、彼が必要としてくれる限り。

 私はずっと、彼と共にありたいの」


 それが、私と彼が共に願っていることだから……―――




 その言葉に、お母様とメイは涙を、お父様とお兄様は温かな微笑みを浮かべて頷いてくれるのだった。

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