抱える思い *後半エルヴィス視点
最初はミシェル視点、後半からエルヴィス視点で切り替わります。
その日の夜。
「……はぁ〜〜〜」
「お嬢様、お疲れですね」
「……主に心労の方ね……」
(帰ってきた直後、家族全員で質問ぜめだもの……。
大変だったわ)
勿論、家族の話題はエルヴィス殿下と両想いだったという話で持ちきりで。
(いつから好きだったのとか、“薔薇の縁結び”の後二人きりだった時は何を話していたのとか……、答えにくいものばかりだったわ)
「……お母様方は行っていないはずなのに知っているということは……、メイとお兄様の仕業ね」
「だって! お嬢様、その手の話題は聞いてもあまり教えてくれないじゃないですか!」
「当たり前でしょう、恥ずかしいもの」
「……あらあら〜? では、エルヴィス殿下と二人きりでそれほどイチャイチャされていた、ということですね!?」
「!? め、メイ! 無粋よ」
「ふふ、お嬢様可愛い♪」
ニヤニヤと笑うメイに、私は少し怒るフリをして近くにあったクッションに顔をうずめる。
(……だって、私だって、今日のことは……、まだ夢を見ているみたいで)
こんなに幸せで良いのだろうか……。
「……でも、本当に私、安心したんです」
「?」
彼女の言葉に、私は顔を上げる。
そんな私に向かって、メイは微笑みながら言葉を続けた。
「以前にも申し上げたと思うのですが……、第二王子殿下の婚約者でいらっしゃった時のお嬢様は、あまり素の表情をしていらっしゃる時がなくて……、正直、お嬢様が無理をしているようにしか、思えなくて」
「……常に、仮面を被っている、ということ?」
「はい、私にはそう見受けられました。
……ですが、第一王子殿下の婚約者になって……、いや、第一王子殿下が初めて此処へ来られた日から、あの方は、一発でミシェル様のその仮面を、取り払われてしまったんです。
私はその時から、お嬢様には第一王子殿下と幸せになって欲しい、そう思いました」
「! ……そうだったの」
「はい」
私の言葉に、メイは真剣な表情をして頷いた。
(……確かに、)
「メイの、言う通りだわ」
「え?」
「私……、第二王子である彼のことを、好きだと思ったことは一度もなかった。
でもそれは、政略結婚なのだから当たり前だと思っていたわ」
けれど……。
「……結局彼は、私ではない他の女性を選んだ。
それはきっと、彼自身も結婚相手は私ではないと判断したから。
その時は急な話だったし、あまりにも身勝手で今迄尽くしたのはなんだったのかとか、色々考えたけれど……、でも今は、婚約破棄してくれて良かったと、心の底から思うわ」
「! お嬢様……」
「だからといって第二王子を許したわけではない。
だけど……、私は、婚約破棄をしたことで、エルヴィス殿下と出会えた。
辛いことはあったけれど、今が一番幸せよ」
私はそう言って、花瓶に入っている薔薇の花束……、365本の薔薇を見て、笑みを浮かべた。
「……私は……、その分、もっと頑張らなければいけないと思うわ」
「! そ、そんなこと! お嬢様は十分頑張っていらっしゃるじゃないですか!」
メイのその言葉に、私は曖昧に笑って……、「そんなことはないわ」とだけ口にした。
(だって……)
……エルヴィス殿下を見る度、ふと感じる違和感。
時折見せる、何かを……、一人で抱えているような、そんな思いつめた表情。
(以前、ブライアン殿下にも、今日も私を庇ってくれる時、“もう手加減はしない”とか……、まるで、いつも何かを我慢していたようなことを言う時がある)
本来なら、侯爵家の人間である私が、婚約者だからと王家の問題に首を突っ込んではいけないのかもしれない。
……だけど。
「私は……、今迄、沢山エルヴィス殿下に助けてもらったわ。
だから今度は……、私が少しでも、彼の力になりたいの」
「! お嬢様……」
(彼が、あんな表情をする理由を少しでも、私が、取り除いてあげられるのなら。
私は……、どんなに些細なことでも、彼の力になりたい)
「私も、殿下の笑った顔が、一番好きだから」
「……大丈夫です、お嬢様なら、きっと。
そのお気持ちが、殿下にも伝わると思います。
勿論、私もお力になれることがありましたらなんなりと、お申し付け下さいね!」
「! メイ……本当に心強いわ。 ありがとう」
私がそういえば、メイは照れたように笑う。
(……私達のこう言った会話を、殿下は“羨ましい”と零していた……。
彼は一体、何を思っているの……?)
(エルヴィス視点)
「……未だに手掛かりなし、か」
パサッと机の上に資料を放り捨て、長く息を吐く。
(相変わらず……、姑息な奴等だ)
そう思いながら目を閉じれば、浮かんでくるのは彼女の笑顔で。
(本当に今日のことは……、まだ夢を見ているみたいだ)
いつもはクールな彼女が。
僕の目の前で笑ったり、顔を赤くしたり、泣いたり……、今でも、信じられないくらい幸せで。
(あの時、迷わず手をとってよかった)
今迄……、ずっと、弟の婚約者になったあの日から、僕は彼女のことが気になって仕方がなかった。
最初は、いつまでも淑女の仮面を被り続ける彼女が、何を考えているのか、そして、弟の婚約者になった彼女は一体どんな子なのか。
興味が湧いてただ、彼女を遠くから見ているだけだった。
でも、次第にそれはいつしか、“恋心”に変わっていった。
何事にも一生懸命で、完璧を装っているけれど何処か危なっかしくて。
そんな彼女の支えになりたいと、思うようになって……―――
そんなことを思い出していたその時、ドンドンという大きなノックの後、バンッとドアが開かれた。
そこから現れた人物に……、僕は一瞬眉をひそめそうになる。
(……またか)
「エルヴィス! 良くもブライアンに恥をかかせてくれたわねっ!」
そういって現れた、まるで悪魔のような形相で僕に詰め寄る、ブライアンの母親の姿に、僕は貼り付けた笑みを浮かべる。
「恥をかかせる? さあ、何のことでしょう?
僕が彼に、真実を突きつけたこと? それとも、何も悪くない彼女を貶める者は、何人たりとも許さないといったこと?」
「!! おのれエルヴィス!!
……私は一切、あの令嬢がお前の婚約者だとは認めないからなっ!!」
そう言うだけ言って、彼女はバタン!とドアを閉めて出て行く。
「……貴女に認めて貰わずとも、彼女は僕の婚約者だ。
今迄……、何故あんな奴等の言いなりになっていたのか、思い出すだけで吐き気がするが……、覚えていろ。
必ず、お前達を、この城から永遠に葬り去ってやる」
今迄、僕にしてきた仕打ちの数々……、後悔させてやる。
(僕を……、本気で怒らせたことを)
静まることのない怒りをどう納めようか、思案していたところにふと、机上に飾った花に目が留まる。
それを見た瞬間、先程までの怒りは何処へやら、無性に……、違う衝動に捉われる。
「……困ったな」
僕はそっと、花瓶に生けられた一本の赤い薔薇をそっと持ち上げ……、花弁に口付けを落とすと、笑みを浮かべた。
「さっきまで一緒に居たのに……、もう、君に会いたくなってしまうなんて」
(……僕にとって君は……、光のような存在で)
真っ暗な暗闇を歩く僕を、明るく照らし出してくれる君の存在に、僕はどれだけ救われたか。
(なんて、)
君には、伝わっているだろうか。
この気持ちが。
君を目の前にすると、理性なんて簡単に消えてしまいそうになるほどの、この想いが。
“……貴方を、心から愛しています。 エルヴィス”
「……ミシェル……」
薔薇が崩れないよう気を付けながら、チクリと刺す棘の痛みにも目もくれず、ギュッと強く握りしめた。
―――……僕は、いつだって、一人だった。
そんな僕に、人の体温を、心の温かさを教えてくれたのは……。
「僕は……、君がいないと、駄目なんだ」
だからどうか、この手を……、離さないで。
そう願っては、いけないことなのだろうか……―――




