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薔薇の縁結び

 そして、“薔薇の縁結び”の最後である私達の番になる。 その舞台裏。


「ねえ、ミシェル」


 繋がれた手に、ギュッと力が込められる。

 そして、その手を引かれ、エルヴィス殿下が私の耳元で囁いた。


「〜〜〜」

「……! 私が?」

「あぁ」


 驚いて彼にそう問い返せば、彼はゆっくりと頷く。

 私は戸惑いながらも……、黙って頷いた。


「さぁ! 続いては!!

 皆様お待ちかね! 美男美女のベストカップル!

 学園が誇る生徒会長、ミシェル会長と第一王子殿下の御登場です!!」


 司会を務めてくれているレティーの言葉の後、私は意を決して登壇する。

 注がれる、皆の視線。

 そして……。


「え? 第一王子殿下は、どうして出て来ないの……?」

「あらやだ。 ミシェル様、やはり捨てられたのかしら?」


 そう、本来“薔薇の縁結び”には、婚約者がいる生徒は、男性側のエスコートで登壇するのが決まり。

 だけど、私は一人で登壇した。 それは、エルヴィス殿下に直前、提案されたから。


 “自分の思うことを、全て、素直にぶつけてみたら”と。


(突然の言葉に驚いたけれど、私は)


 私はそっと目を閉じる。

 ドクドクと、心臓が高鳴る音が、耳によく響く。


(大丈夫、私はもう、一人じゃない)


 そして……、ゆっくりと目を開けた。


「皆様、最初に私から、少しお話をさせて下さい」


 “薔薇の縁結び”には関係ないかもしれない。

 だけど……、私は、伝えなければいけない。

 この場で、改めて。


「私は皆様のご存知の通り、今年の3月まで第二王子殿下の婚約者でした」

「!? い、今その話題を出すの?」

「何を考えていらっしゃるの!?」


 皆の口々の言葉を遮るように、私ははっきりと口にした。


「私自身、第二王子殿下の婚約者でいる為、幼い頃からあらゆる努力をして来たつもりでおりました。

 ……ですが、私の心と彼の心は、残念ながら通じ合うことは一度もありませんでした」

「〜〜〜おい! ミシェル! 今更何を」


 その言葉を発したのは、紛れも無い、赤薔薇を持つ第二王子殿下の姿で。

 その隣には、白薔薇を持ったマリエットさんの姿もある。

 私はそんな二人を一瞥し、すぐに視線を外して言った。


「きっとそれは……、第二王子殿下とはご縁がなかったということなのでしょう。

 ……しかし、私は酷く傷付きました。

 何の話もなく、身に覚えのない“冤罪”を着せられ……、今一度この場をお借りしてはっきり言わせて頂きますが、私がマリエットさんをいじめたという事実は一切……、いえ、まずもってマリエットさんとはお話さえ、したことはありませんでした」

「「「!?」」」


 皆が、その言葉に息を飲む。

 ……もし、私の言葉が本当なら。

 マリエットさんが責められるべき存在であるから。


(とは言っても、この言葉も卒業パーティーの時に言ったのだけれど……、何処かの誰かさんが聞く耳持たず状態だったから)


「……ですが、私はマリエットさんや第二王子殿下を責めるつもりはありません。

 それは……、此処に居る今の“私”が一番、幸せだと思うから」

「「「!」」」


 昔の私では考えられなかった。

 こうして、自分の本音を人前で話すこと。

 常に淑女の仮面を被り、第二王子である彼の顔色を窺って。

 命令されたことを忠実に守る、それが王子の婚約者である私の務めだと思っていた。

 ……でも、今考えれば、それは“当たり前”ではない……、いえ、元はそれが当たり前なんだとは思うけれど……、“彼”は違った。


「ある方が、私に言ってくれたのです。

 “君は凄いね”と。 いつも、何度だって……、凄いのは、彼の方なのに。

 私が一番嬉しい言葉をいつも、言ってくれて。

 優しい言葉をかけてくれて」


 そう言っている間に、不意に涙がこみ上げてきて。


「っ、真っ直ぐに私を見て、いつだって寄り添ってくれたのは……っ、エルヴィス、殿下だった」

「「「!」」」


(泣き顔なんて、人に見せるものではないけれど)


 それでも、涙はこみ上げてきて。


「私は……っ、そんな殿下に、甘えてばかりで。

 しっかりと、きちんと、彼に今迄、本音を言えなかった……っ」


 私はそこで言葉を切ると、涙をそっと拭って、はっきりと口にした。


「私は、エルヴィス殿下のことを、愛しています」

「「「っ!」」」


 ずっと、ずっと言えなかった。

 心の中で、燻っていた。

 自分の気持ちに気付いていながら、口に出すのが怖くて。

 “浅ましい”と言われたけど、本当にその通りなのかもしれない。


(……それでも)


 私の願いは、ただひとつ。

 それは、彼と同じ、



「……ずっと、一緒に居たい」



 私の言葉に、会場中が波を打ったように静かになった。

 その中で……、カツ、カツ、とゆっくり歩み寄ってくる足音が聞こえて。


「え……っ!?」


 私は、その音の方を振り返って……、息を飲んだ。


「遅くなってしまって、ごめんね」

「……っ」


 今度こそ、とめどなく涙が溢れて止まらなくなる。

 だってそこには……、両手で抱えるほどの、大きな薔薇を持って立っている、私の最愛の人……、エルヴィス殿下の姿があったから……―――




「頑張ったね、ミシェル」

「……っ」

「さて、私も負けてられないな。

 君を想う気持ちは、此処にいる誰より、負けない自信があるからね」

「!」


 私がその言葉に息を飲めば、彼は「今更でしょ?」とにこりと笑うと……、ゆっくりと口を開いた。


「君と初めて会ったのは、十年前、弟の婚約者を決めるパーティーだった。

 その時はただ、何となく君が素敵だなと思った。 ……多分、一目惚れだったんだと思う」

「!」

「そして、彼は君を選んだ。 良い判断だと思った。 見る目があるな、と。

 ……君を好きにならないうちに、決めてくれて良かった。 内心そう思っていた。

 ただ……、気が付けば、いつも君を目で追っていた。

 その度、自分に言い聞かせた。

 “彼女は弟の婚約者だ”と」

「……!」


 初めて知った。

 そんなにずっと、私のことを……。


「だけど……、忘れもしないあのパーティーで、君が婚約破棄を一方的にさせられて。

 ただただ許せなかった。

 君を……、誰よりも見てきたから。

 誰よりも努力家で、聡明な君が、そんな卑劣な真似をする筈がないと。

 ……耐えられなくなって気が付けば、君を婚約者にと我儘を言って、此処まで連れて来た。

 だけど、先程の君の言葉を聞いて改めて私は、誓うことにした」


 そう言って、彼は……、第二王子をちらりと見て告げる。


「これから先……、いや、例え過去のことでも、彼女を傷付ける者にはそれ相応の報いを受けてもらう。

 ……例えそれが、兄弟であっても。

 良いか、これは宣戦布告だ」

「「「っ」」」


 それまで温かかった言葉が、急に矛先を変えた途端……、物騒な言葉と誰しもが凍りつくような声音で言い切る彼に、会場中が凍りついた。

 ……勿論、私も。


「覚悟しておくと良い。

 私を……、本気で怒らせたことを」

「え、エルヴィス殿下っ……」


 私は慌てて小さく、彼の名を呼ぶ。

 すると彼は、コロッと態度を変え……、笑った。


「なんてね。

 ……さてと、本題に戻って」


(ほ、本題に戻るの!?)


 内心冷や汗をかきながら、私は彼に向けられたアイスブルーの瞳と正面から向き合う。

 そして彼は、先程とは違い、私に微笑みを浮かべ口を開いた。


「私は、どれだけ言葉を尽くしても……、君への想いを、伝えられる自信はない」

「!」

「だから、一生をかけて……、第一王子としてではなく、一人の男として、君とこれから先の未来を、共に歩ませて欲しい」

「……っ」


 言葉が、出なかった。

 何か返事をしなければいけないけれど、心が震えてしまって、胸にこみ上げてくるものがあって、何も言えなかった。

 そんな私に対し、彼はふっと微笑むと……、「薔薇の花言葉を知っている?」と不意に尋ねられる。

 私は「108本の言葉なら」と口にすれば、彼は「なら、」と質問を変えた。


「此処には365本あるんだけど……、その花言葉の意味は知っている?」


 私は首を横に振れば。

 彼は一歩、前に進み出て……、はっきりと口にした。


「“毎日、君のことを想っている”」

「!!」

「何て、重いかもしれないけど……、それくらい、君のことが好きだと、少しでも伝われば良いなと思ったから」

「……っ、じゅ、十分だわ!」


 私が思わずそう答えれば。

 彼は驚いたように目を見開き、あははと声を上げて笑った。


「本当、君は……っ、最高だ」

「! ……ふふっ、そうかしら」

「あぁ。 ……私の気持ち、受け取ってくれる?」


 私はその言葉に頷くよりも先に……、そっと首元からあるものを取り出し、彼に見せた。


「……これが、私の答えです」

「え……、!!」


 彼は驚いたように目を見開く。

 私が胸元にぶら下げていたロケットペンダント。 その中には昔、彼から貰った……。


「“婚約者の証”……ずっと、持ってくれていたのか?」

「っ、えぇ」


 私がそう頷けば。

 彼は不意に、私に近付いて……。


「……!!!」


 それは、ほんの一瞬の出来事だった。

 彼は持っていた薔薇の花束を盾に、私の顔に顔を近付けた。

 そして、


 ―――……チュッ



 軽いリップ音と共に、唇に温かな感触が訪れた。


「〜〜〜!?」

「「「きゃーーー!!」」」


 御令嬢方から、黄色い悲鳴が上がる。

 それとは裏腹に私は、酷く動揺してしまう。


(……は、え、え……)


 何が起きたのか状況を飲み込めず、固まってしまう私に対し、彼は憎らしいほど綺麗な笑みを浮かべて口にした。


「……我慢、出来なかった」


 ごめんね。

 そう言って彼は、私の大好きな笑みを浮かべてくれたのだった。



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