第一王子と、家族と
殿下に連れてこられた場所は、王家専用の待機部屋で。
ただ其処には、私達の他に二人の姿があった。
「! お兄様、メイ!」
「「ミシェル!!」」
二人が私の名を呼ぶと、座っていたソファから立ち上がり、私に近づいて来ると……、物凄い勢いで親バカ(?)っぷりを発揮した。
「ミシェル、大丈夫か! 貴族連中には嫌がらせをされなかったか!? あぁ、その前に調子は? 風邪はぶり返していないか?」
「お嬢様駄目ですよ! そんな薄着では!
先程お召しになっていた上着は!? 何処にあるのです!?」
「お、お兄様、メイ。 落ち着いて……」
殿下もいるのに、とチラッと殿下を横目に見やれば。
(え……)
そのアイスブルーの瞳は、何処か……、憂うように二人に目を向けていて。
「……殿下?」
「っ!」
私が思わずそう声を掛ければ。
ハッとしたような顔をすると、一瞬でいつもの……、温かな微笑みを浮かべ口にした。
「ふふ、愛されているね、ミシェル嬢は。
……少し、羨ましいな」
「え……」
「何てね」
「!」
彼はそう言うと、私達から離れ何かを椅子の上から持ってきて、私の肩にパサッとそれを掛ける。
「「「!」」」
それは、私が朝羽織ってきた上着で。
「ごめんね、気が回らなくて。
……とにかく、ミシェル嬢はこれで一通り用事は済んだだろう?」
「で、でもまだ挨拶回りが……っ」
そう私が口にしたのをまるで止めるかのように、彼の人差し指が私の口の前で止まる。
そして、にこやかな笑みを浮かべて言った。
「ふふ、もうそのことについては考えなくて良いよ。
後は僕が処理しておくから」
「っ」
(な、何故だろう、殿下の微笑みが悪魔の微笑みに見えるのは、気の所為……?)
「大丈夫、そんなに心配しなくて良い。
君は頑張ったんだから」
「っ、わ、私は何も。 貴方が、助けに来てくれたから……」
「! ……ふふ、本当に君は嬉しいことを言ってくれるね」
「あ、あの」
そう突っ込んでコホン、と咳払いしたのは、今迄黙っていたお兄様で。
(あっ、二人が目の前いること私、すっかり忘れて……っ)
「あぁ、申し訳ないね、つい、ミシェル嬢が可愛らしかったもので」
「「!?」」
「で、殿下! お兄様が固まってしまっているわ!」
(と、というか恥ずかしいのは私だけ……!?)
家族の目の前で……、その、殿下の優しい言葉を向けられると、いつもより意識してしまうのは……。
「ミシェルをいっときでも手放すのがどうにも惜しい」
「!?」
「ただ、私も残念ながらパーティーでまだやることがあるから、お暇するよ。
その間、ミシェル嬢は此処で待っていて」
「え……」
「“薔薇の縁結び”の前に迎えに来るから。
それまで家族と、ゆっくりしていると良い」
彼はそう言って私の頭を撫でると、会釈をし、さっとマントを翻して部屋を出て行ってしまう。
「……えっと、取り敢えず座りましょうか」
三人で立っているのもなんだし、と二人にそう提案したのだけど……。
突如、お兄様にガッと肩を掴まれる。
「み、みみミシェル!! お前はいつの間に、そんなにガッチリ第一王子殿下の御心を掴んだんだ!?」
「は? え? 掴む??」
「さ、流石は私共のお嬢様です……!!
これは由々しき事態! 帰ったらすぐ、旦那様と奥様にご報告しなければっ!」
「ご、ご報告なんてしなくて良いからぁ!!」
私はその後、たっぷりと……、殿下が迎えに来る時間まで質問責めにあう未来が待っていたのだった。
そして、殿下は先程の言葉通り迎えに来た。
……案の定、それまで殿下のことを根掘り葉掘り聞いていた二人は、ニヤニヤと笑って見送ってきたけど。
(“ちゃんと“薔薇の縁結び”を見に行くから安心してね”って……、わざわざご丁寧に言わなくても良いのに……)
「ミシェル嬢? どうかした?」
「……いえ、帰ったら何を言われるかなと」
「ははっ、今更だよ」
「っ」
そう言って悪戯っぽく、妖艶に笑う彼に対し、私は取られた腕の方の肘で彼の腰を軽く突いた。
「きょ、今日はどうしてそんなにからかってくるの」
「さあ、どうしてだろう。
……何故か分からない?」
「……っ」
そう小さく、わざと艶めかしく言う声に、私はふいっと顔を逸らした。
その行動にあははと笑ってから、彼は「それにしても、」と口を開く。
「どいつもこいつも、酷いものだったよ。
分かりきっていたことだけれど、第二王子派の家の者達は……、思い出すだけでも反吐が出るね」
「で、殿下その辺で。
……あ、そういえば……、どうしてさっき助けてくれたとき……」
「? 何?」
私は口を開きかけ……、「やっぱり何でもない」と首を横に振った。
(きっと……、いつものように、はぐらかされるだけだわ)
―――“これからは手加減してやるつもりはない”
(ブライアン殿下を立てるために、わざと手を抜いていたの、とか……、そんな複雑そうな問題を、直接聞けるわけがないもの)
「……ミシェル?」
「大丈夫。 少し、緊張しているだけ」
私はそう誤魔化して、本当に聞きたい言葉を飲み込むと、繋いでいる彼の手を引いたのだった。
“薔薇の縁結び”の舞台裏に着いた頃、私の耳に届いてきたのは。
「君が好きだ」
「「!」」
(なんていうタイミングで……)
その声は……、私の元婚約者、ブライアン殿下のもの。
(……この人、こう言う場でしか“好き”だなんて言わなかった)
……また嫌な記憶を思い出してしまう。
私は思わず、眉間に皺を寄せた。
それに気付いたのだろう、突然ぐいっと強く手を引かれ……。
「!!」
気が付けば、エルヴィス殿下の腕の中にいた。
「あ、あの……!」
み、皆が見てる!
生徒会のメンバー、それから裏にいた人達の目に晒され、私は思わず彼の胸を叩いたが、エルヴィス殿下はその腕を緩めてくれることはせず、代わりに耳元で囁かれた。
「あんな奴の言葉は聞かなくて良い。
……君はもう、あいつの婚約者ではないんだから。
今は……、僕だけを見ていて」
「……っ」
その小さな、掠れるような声に思わず息を飲む。
そう言って彼は、ギュッとまた、力強く私を抱く腕に力を込めた。
私はそれに対し、そっと彼の背中に手を回して言った。
「……ありがとう。
貴方は本当に……、素敵な王子様だわ」
「! ……ふふ、それを言うなら君の方だ。
僕には……、勿体無いくらいの、素敵なお姫様だよ」
「あら、それは私の台詞よ。
私がどれだけ、貴方に救われたか……、一生をかけても償うことは出来ないと思うわ」
「はは、償うだなんて。
でも……そうだね、一つ、願うとしたら」
「!!」
彼はヒョイっと人目も憚らず、私の膝に手を回し、その力強い腕に座らせるように私の体をヒョイっと持ち上げた。
「!? え、ええエルヴィス殿下!?
お、重いでしょう!? 下ろして!!」
「ふふ、ミシェル、そんなことを言っても照れているのはお見通しだよ?」
可愛い。
そうはっきりと、今度は皆に聞こえるような声で言うものだから、私は顔を真っ赤にさせて彼の肩を軽く拳で叩いてみる。
そして彼は、アイスブルーの瞳を真っ直ぐと私に向け、口にした。
「僕の願いは、いつだって一つだよ。 ミシェル。
……君と、ずっと一緒に居たい。
ただそれだけなんだ」
「!!」
私は思わず、息を飲む。
そしてその言葉が漸く飲み込めたとき、私は……、言葉の代わりに、彼の首に抱き着いたのだった。




