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“元”婚約者の兄王子の提案

「ミシェル嬢」

「っ」


 二人きりになった空間でそう名を呼ばれ、思わず緊張してしまう。


(な、何故私は、“元”婚約者のお兄様……、しかもこの国の第一王子と二人きりになっているの??)


 なるべくならば、もうキャンベル王家とはお近付きになりたくない。

 だからこの国にはあまりいないようにしよう、そう決めていたのに。

 よりにもよって彼方から来られてしまっては、お引き取り願おうにも願えない。

 そんな私に対し、彼は……、口を開いた。


「……突然来て、二人きりで話がしたいなどと我儘を言ってすまない。

 ただ君とは、“元婚約者の兄”としてでなく、“エルヴィス・キャンベル”として話があって此処へ来た」


 そう言って彼は席に着くと、私に向かいの席に座るよう促す。


(“兄”としてでなく、“エルヴィス”殿下、本人として……、それってつまりどういうこと?)


 どちらにせよ、何を考えているのか分からない。

 取り敢えず、一旦落ち着く為に彼に促されるまま、向かいの席に着く。

 ……そして気が付いた。


(……うっ、何このキラキラ……)


 彼の向かいの席に着いたことにより、彼の顔を真正面から拝見することになってしまい、余計居心地が悪くなってしまった。

 ……しかも何故か、彼は私をじっと見つめている。


「……あの。 話を続けて下さいますか?」


 そして早く帰って欲しい。 でないと妙な緊張で心臓が壊れそう。

 そう思った私は早く、と内心急かしながら促せば、彼は真面目な顔をして言った。


「君は……、弟の言葉通り、婚約破棄をしたんだよね?」

「はぁ、それが何か」


 よりにもよって又あのクソ……、馬鹿王子の話か。

 私が露骨に嫌な顔をしてしまったんだろう、何故かぷっと吹き出した彼を見て、私は更にしらける。


「貴方は此処へ、“兄”として来たわけではない、と仰っていませんでしたっけ」

「あぁ、失礼。 その話がしたいわけではなくて……、問題はその後。

 君はたかが“元”婚約者……、まあ一応第二王子ではあるけれど、そんな彼の一言で学園を退学し、隣国へ留学するというのは本当なの?」

「……もう噂が出回っているのですね」


 私がそう口にすれば、彼は「まあ、学園は王家の管轄だからね」とさらっと言って話を続けた。


「じゃあ君がこの学園を去るというのは本当なんだね」

「っ、そうよ! 何度も言わないで」


 滅多に怒らない私でも、あまりの無粋な発言に思わず声を張り上げてしまう。

 それに驚き目を見開いた彼を見て、私は慌てて「ごめんなさい」と謝り、淑女の仮面を被った。

 それを見ていた彼は、「君は……」と言葉を発した。


「そうやっていつも、“素”の自分を隠すよね」

「……!?」


 彼の言葉に、今度は私が驚いてしまう。


(この人は……、何を言っているの?)


 私がそう疑問に感じれば、彼はそれを読み取ったように言った。


「……その顔だと気付いていないようだね。

 君は結果的にブライアンに最初から最後まで従っていることに」

「!?」


 発せられたその言葉に……、思わず固まってしまった。

 そして彼は、言葉を続ける。


「君は確か、10歳の時……、今から7年前だね。 その時ブライアンと初めて出会ったと同時に、彼の一言で婚約を取り付けられた」

「……っ」

「でもそれは、君にとって悪い話ではなかった。 全ては家の為。

 君自身も淑女教育を完璧にこなしていたのは、良家に嫁ぐためだったようだし」

「っ、だから何が仰りたいの」


 言いたい放題の彼に痺れを切らした私は……、少し強い口調で彼にそう言うと。

 彼は軽い口調で言った。


「気分を害したなら謝るよ。

 ……そうだね、はっきり言おう」


 彼はそう言うと、ふっと笑みを消し……、腕を組んで言った。


「悔しくないの?」

「……え?」


 その言葉に驚き声を上げれば、彼は言葉を続ける。


「君は隣国へ留学に行き、そのまま隣国へ残るかエリートの道を歩み、そうしてあの馬鹿を見返そうとしているのかもしれないけど、それは結果的に現状から“逃げている”ことと同じなんだよ? 頭の良い君ならとっくに気付いているはずだ」

「!!」


 今度こそ、私は衝撃を受けた。

 ……何一つ、その言葉は間違えてなどいなかったから。


「……にが、分かるの」

「え? ……っ」


 ぐいっと、彼が身につけていたタイを……、私は不躾にも引っ張り大声を張り上げた。


「貴方に何が分かるの!?

 私はただ、家族を守りたいの! たかが私のプライドの為だけに、家族が悪く言われるのなんてそんなの、耐えられる筈がないじゃない!

 ……それで貴方はどうしろと? あの馬鹿な元婚約者のいる学園へのこのこと通えというの?

 そんなの無理に決まっているでしょう!

 ……それに、貴方方と私とでは立場が違う。

 貴方方は何でも言うことを聞いてもらえるかもしれないけど、たかが小娘の戯言なんて誰も……、信じる筈がないじゃない」


 一気にまくし立てたことによって、私の目の前の方は驚いたように目を見開き、私を凝視していた。


(……もう、終わったわ)


 第二王子の彼に追い出され、今度は第一王子に対して淑女にあるまじき言動の数々をしてしまった。

 私は……、ふっと体から力が抜け、ソファに座り込む。

 彼は私によって崩れたタイを直しながらボソッと呟いた。


「“貴方方は何でも言うことを聞いてもらえる”か」

「!」


 それは、私が怒りに任せてぶちまけた言葉で。

 きっと怒っているに違いない、そう思った私だったが、彼は立ち上がったまま、ただ私をじっと見つめていた。


(……分からない)


 この人が、何を考えているのか。

 わざわざこんな、弟の元婚約者の家にまで来て、挑発するような真似をして。


(放っておいてよ)


 小娘一人が何を足掻いたって、貴方方になんて伝わる筈ないんだから……。

 私は相手をするのも億劫になり、早々に謝罪をして帰ってもらおう、そう決意した次の瞬間。


「……!?」


 私は驚き、言葉を失ってしまった。

 それは……何を思ったか、彼が私の目の前に跪き、私に向かって手を差し伸べたからだった。


「っ、な、にを……」


 状況が良く読み込めずパニックに陥った私に、彼は……、驚きの言葉を口にした。



「……君が好きだ、ミシェル・リヴィングストン嬢」

「……はい?」


 突然の言葉に私は……、必死に思考を巡らす。


(君が、好き? 彼が、私を……えっ!?)


 彼の言葉を理解した瞬間、私は自分でも顔が赤くなるのが分かった。


「……なっ……なっ!? そ、そんな戯言……、冗談を、弟の元婚約者に言って、貴方は一体何がしたいの!?」


 意味が分からない! と悲鳴をあげる私に対し彼は……、長い睫毛を伏せ、「そうだね」と口にした。


「婚約者から外れた君に、急にそんなことを言っても信じてもらえる筈がないよね。

 ……なら、是が非でも信じてもらうしかない」

「!?」


 彼はそう言って、私の手を取ると……、口付けを落とした。

 より一層顔が赤くなっているだろう私に彼は……、真面目な顔をして言った。


「……私はただ、君に隣国へなんて行って欲しくない。

 ただそれだけの為にこうして……、騒ぎにならないよう、お忍びで訪れるような真似をした。

 “兄”ではなく、エルヴィスとして此処に来たのは、この為だ」

「……っ」


 そう迷うことなく言った彼の瞳には、嘘偽りの色など見えなくて。

 ただ私は……、そんな言葉だけで信じることは出来なかった。

 それは、“婚約者”という言葉を信じていた私が、あの日、一瞬で裏切られたばかりだから。


 そんな私の戸惑いが彼に伝わったんだろう。

 エルヴィス殿下はそっと私の手を離すと……、立ち上がり、「なら、」と言葉を続けた。


「私が君に寄せている“好意”を、君は“利用”すれば良い」

「!? 利用……?」

「あぁ。 ……あんな馬鹿をこれ以上、のさばらせるわけにはいかないからね。

 私はこの一年で、彼に今までやられて来たことを仕返ししたいと思って、今準備を進めているんだ」

「っ、兄である貴方が、彼に仕返しを……?」


 それに、“今までやられて来たこと”って……。

 彼は驚く私に向かって、苦笑いをして言った。


「まあ、私も君と同じような思いを常日頃からしている、と思ってくれれば良い。

 ……それで、君はどうするんだ?」

「っ」


 彼は私に向かって、今度は手を差し伸べる。

 そしてゆっくりと、私を試すように口を開いた。


「このまま、隣国へ逃げるように留学するか。

 それとも……、私のこの手を取って、あの馬鹿に仕返しをする為に学園に残るか。

 あぁ、ちなみに学園に残るなら、私が一言口添えをすれば済む話だから気にしなくて良い。

 ……君は、どうする?」


 彼のアイスブルーの瞳が、じっと私を見つめる。

 私は……、口を開いた。


「でも私……、もうとっくに、隣国へ行く為に……、制服は破り捨ててしまったわ」

「! ……はははは!」

「!?」


 私の言葉に、彼は初めてお腹を抱えて笑いだす。 そして目に涙を浮かべて「本当、君は最高だよ」と言って笑った。

 私が驚いていれば、彼は「安心して」と笑みを浮かべる。


「そんな制服の一着くらい、どうにでもなる。

 ……問題は、君の心次第さ」

「……!」


 私は彼の微笑みと、そこに混じった悪戯っぽい笑みに、何故か胸がトクンと高鳴った。

 そして気が付けば……、おずおずと、差し伸べられた手を取っていた。

 そしてギュッとその手が握られた時。

 私は思わず目を見張った。

 それは。



「……ふふ、やったぁ」



 本当に小さく、私を見て彼が堪えきれなかったという風に、綺麗な笑みを浮かべたからだった。

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