第一王子の救済
ローズ学園パーティーも後半に差し掛かった頃、“薔薇の縁結び”は続々と始まっていた。
ただ私は、それらをゆっくり見ている暇はなく、その傍らで、主要な御来賓と挨拶を交わしていた。
……その御来賓の中にも、派閥というのはやっぱりあって。
「ミシェルさん、本日はこうした素敵な場にお招き頂き有難う」
「いえ、こちらこそ。 お忙しい中パーティーにおいで下さり有難うございます、クリーヴズ公爵夫人」
クリーヴズ公爵家は、この国で王家に次ぐ二番目に大きい家柄である。
そして、この家は第一王子派の方々である。
「夫と毎年楽しみにしているのよ。
この学園の卒業者ではあるけれど、貴女のような素晴らしい生徒会長は、歴代で数えるくらいしかいないわ」
「まあ。 お褒めに預かり光栄です」
「本当に……、貴女が、第一王子殿下の婚約者になられたと聞いた時はとても驚いたけれど……」
「!」
(き、来たわ! この手の話題が……!)
私は淑女の仮面を被りつつ、少し身構える。
それに対し、夫人はにこやかに告げた。
「やはりお似合いね。 何といっても、絵に描いたような美男美女だと、夫と話しているのよ」
ねえ、貴方。
そう言った夫人の言葉に、クリーヴズ公爵は柔和な表情を浮かべ、「あぁ」と口を開いた。
「貴女のような方が王妃様になったら、この国も安泰でしょう」
「私もそう思うわ! ……色々、大変だったでしょう」
「!」
私は思わずその言葉に反応してしまう。
彼女はただそのことにはそれ以上は何も言わず微笑んだ。
「私達は貴女方を……、そうね、特に貴女のことを、応援しているわ」
「!! ……勿体無い、お言葉です」
予想だにしなかった、優しい言葉の数々。
それらは、上辺だけの言葉には聞こえなくて。
不意に泣きそうになったのは……、私だけの秘密。
それから今度は、次の公爵家の方への挨拶へ赴いた。
(……この方が……、一番気を遣うのが大変と言っても良い)
「……プレンダー公爵夫人」
「! ……あら、噂をすれば」
(噂をすればって何)
私はそう突っ込みながら、淑女の礼をすれば、彼女はパタッと大きな扇子で口元を隠しながら言った。
「ミシェルさん、私達への挨拶が遅かったのではない?」
「申し訳御座いません。 例年に比べ、御来賓の方々が多くいらっしゃったもので、ご挨拶が遅くなってしまいました」
(普通はこんなこと、言わないわよね)
プレンダー公爵家。
この家は言わすもがな、第二王子派の家である。
……ただ少し違うのは、第二王子派ではあっても、プレンダー公爵夫人は私のことを嫌っており、いつ会ってもこうして刺々しい。
(昔は、私に“第二王子の婚約者に相応しくない”ようなことを散々言ってくれたけど……、今回は何を言われるかしら)
「貴女、第二王子殿下から第一王子殿下の婚約者へと変わったそうね」
「はい、私は第二王子殿下とは正式に婚約破棄を致しましたので」
「どうやって第一王子殿下に取り入ったのかしら?
……第二王子殿下の次は第一王子殿下だなんて、浅ましいと思わない?」
「っ」
(浅ま、しい……?)
思わず私は息を飲んでしまう。
それを見て彼女は、嫌な目つきで私を見ながら言葉を続けた。
「第二王子殿下は見る目があったわ。
貴女に比べて、大変可愛らしい女性を見つけられたんだもの。
……貴女では、あの方の愛情を受けるほどの価値はなかった、ということね」
「……!」
「貴女は所詮、中途半端な第一王子殿下と同類ということね。
勉強は愚か、剣の腕前も大したことのないあの殿下と……、ふふっ、お似合いだわ」
「そうですか、有難う御座います」
「「!?」」
その感謝の言葉は、私が発した言葉ではなかった。
そんな言葉を、彼女に向かって投げかけたのは……。
「っ、え、エルヴィス殿下!?」
私は思わずその名を口にした。
彼はそんな私に向かってにこっと、思わず見惚れてしまうような笑みを浮かべると……。
「「!?」」
ぐいっと、私の肩を抱き寄せて耳元で囁いた。
「一人にしてごめんね」
「……っ」
思わずその声を聞いて心が震える私に対し、プレンダー公爵夫人は口を開いた。
「あら、第一王子殿下が盗み聞きですか?」
「はは、私の耳は地獄耳でね。
……私の悪口を言うのは幾らでも構わないが、」
「「っ」」
私もその目の前にいる彼女も、殿下の言葉と表情に凍りつく。
……それは、殿下の笑みとは裏腹に、声音は氷点下を下回っているからで。
凍りついている私達に対し、彼はそう切ると、今度は隠すことなく綺麗なアイスブルーの瞳でキッと彼女を睨みつけ、言葉を続けた。
「ただ、最愛の彼女の悪口を、分かった風に言われるのは不愉快極まりない。
この場から消えて欲しいくらいに、ね」
「で、でで殿下!?」
私は思わず、淑女の仮面を取っ払って殿下に詰め寄る。 だけど殿下は、そんな私には目もくれず……、怒りを露わにして言葉を続けた。
「先程、仰っていましたよね。
“第二王子の次は第一王子か”と。
何か勘違いしていらっしゃいませんか?
彼女は何もしていませんよ。 婚約破棄をしたのは、第二王子である弟の勝手で一方的な別れを、何の説明もなく公然の場で告げられ、それに応じただけ。
……そして、そんな彼女のことをずっと……、幼い頃から想い続けた私が、彼女を婚約者に選んだ」
「「っ」」
アイスブルーの瞳はそこで、驚く私の瞳をとらえる。
そして……、朗らかな笑みを浮かべて言った。
「“中途半端な第一王子”……ね。
……今までずっと弟の為だと思ってやってきたことだが……、此処まで彼女を侮辱されるのであれば、これからは手加減してやるつもりはない」
「!」
(て、かげん……?)
私の疑問とは裏腹に、彼は厳しい口調で言った。
「何も知らない者が、二度とそのようなことを私達の前で口にするな。
……もし彼女をそれ以上、ありもしない御託を並べて傷つけるような真似をすれば……、分かっているな?」
「……っ、きょ、今日の所はこれで失礼致しますわ!」
殿下に眇められ、プレンダー公爵夫人はすごすごとその場を退散する。
「っ、え、エルヴィス殿下、良いのですか?」
「良い。 ……それより、君には辛い思いをさせた。
すまない」
「い、いえ……」
(……これで、良かったのかな……)
私を助けに来てくれたことを嬉しく思う反面、殿下の評判を下げる案件にもなりかねないことを申し訳なく思っていれば、不意に頭に手が乗って。
驚いて彼を見れば、私の頭を撫でながら微笑みを浮かべて言った。
「大丈夫、君は何も心配いらないよ」
「……殿下……」
「おっと、周囲の目を集めていたようだね。
……場所を変えよう」
「!」
気が付けば確かに、彼の言う通り皆が遠巻きに何事かとこちらを見ていて。
彼は私の手を取ると、足早にその場から立ち去ったのだった。




