二人きりの時間
そして、ローズ学園パーティーは時間通りに始まった。
「……あの」
「? 何か?」
「……私達、いつまで此処にいれば良いの?」
「次の仕事まで?」
パーティーが始まった早々、私は王家専用の待機部屋へと連れて行かれてしまった。
(しかも、)
私はチラッと、彼の顔を見ればにこりと笑みを返される。
(この目の前にいるエルヴィス殿下と二人きり……!)
本来なら仕事を入れていたはずなのに、先程レティーに渡された紙には、大分変わってしまっている……、正確には、私の仕事などほぼ無いに等しいくらいの役割分担表を渡されて。
「……つ、次の仕事までって、後一時間以上先じゃない……」
「うん。 だからそれまで、此処に居ると良いよ」
「っ」
(あ、貴方は平然としていられるかもしれないけど、私はこの状況に心臓がバクバクなんだけど……!?)
「……あれ、ミシェル顔真っ赤だけど。
また熱が上がったの?」
「!」
彼に向けられた憎たらしいほど爽やかな笑みに私はわなわなと手を震わせた。
(こ、この人絶対分かっててやってるわ……! 策士よね!!)
「あ、貴方はその間此処に居て良いの?」
「あぁ、だって去年も出ていないし、こういう役目はあいつに任せておけば良いだろう?」
「そ、それって本当に良いのかしら……?」
(去年も出てないってさらっと言ったわよね、この方)
「……そんなに、君は僕といたくない?」
「え……」
彼の瞳にふっと影が指す。
私はそれを見てどきりと心臓が跳ねた。
(きゅ、急にどうしてそんな顔をするの……?)
「……僕が何処に居たって誰も気にしちゃいないさ」
「……っ」
その皮肉交じりの声は、とても冗談を言っているようには聞こえなかった。
(……まさか、彼がパーティーに参加しないのは、単なるサボりとかではない、ということ……?)
「……なんてね」
「え? ……!」
そう言った彼との距離が、いつの間にか近くなっていて。
ソファに座っていた私の隣に、彼は座ると……、私の頰をそっと撫でて口にした。
「僕はただ、君と一緒に居たいだけだ」
「っ!」
そう言って彼は、ふっと真剣な表情に戻った。
そして、その顔がまた更に近くなって……、あまりの近さに、思わずぎゅっと目を瞑った私に対して……、ふっと彼が吹き出したのが聞こえた。
「え……?」
見れば、彼はいつの間にか距離を取り、そして肩を震わせて笑っていて。
からかわれたことに気付いた時には、私はカァッと自分でも顔が熱くなるのが分かり、声を上げた。
「ひ、酷い! ……この距離感でさえ、緊張してるっていうのに……っ」
「え?」
「……あっ」
私は思わず口を押さえた。
(……わ、私、何て大胆なことを……!)
彼に、聞かれただろうか。
……いや、聞かれたに違いない。
(だって、あの殿下がポカンとしているんだもの……!)
言葉通り、呆気にとられたように固まっている殿下の見たことのない表情を見て、私は恥ずかしくなって、ぐるっと殿下から背を向けて顔を覆った。
(ち、沈黙が痛い……!)
いっそのこともうパーティーへ行こうか、思案していた私に対し、彼は……、「ごめん」と小さく謝った。
「え?」
私が驚いて彼を見れば……、殿下は本当に申し訳なさそうな顔をしていて。
「……君が……、僕のことを意識してくれているのが可愛らしくてつい、からかいすぎてしまった」
「っ、か、か、かわっ……」
「これは、からかいじゃなく、“本心”だから」
「え……っ」
私は次々と飛び出る殿下の爆弾甘々発言に、恥ずかしさから叫びたくなる衝動を必死にこらえていれば。
「……“薔薇の縁結び”の前に、敢えて言わせてほしい」
「!」
そう言って彼は、真剣な表情で私を見つめる。
その真剣な表情に、私はそっと頷けば。
彼は少し柔らかな表情を浮かべて言った。
「僕は……、以前、“薔薇の縁結び”があまり好きではない、と言ったね」
「! え、えぇ」
私が頷けば、彼は「あれは、」と言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「君と……、ブライアンが一緒に出るあの催しが、嫌いだったから」
「え……?」
「君に、上辺だけの告白をするあいつが、許せなかった」
「……!」
(そ、れって……)
「見ているだけで……、聞いているだけで嫌気がさした。
だから、去年はそんな二人が並んでいる姿を見たくなくて、パーティー自体に参加しなかった」
「……そ、それは……、本当、なの?」
私は思わず震える声で彼にそう尋ねた。
すると、エルヴィス殿下は何の迷いもなく、「うん」とはっきりと頷いた。
「……君のことが、好きだから」
「……!」
「ずっと……、誰よりも前からずっと、君のことだけを想っていた。
だから……、今日の“薔薇の縁結び”は、あいつの上辺だけの告白とは違う。
紛れも無い、僕の本心を君に告げる。
っ、だから」
彼は私の手をぎゅっと握った。
力強く、痛く無いくらいに加減して。
そして、私の目をはっきりと見て告げた。
「君の本当の気持ちを、僕に教えて欲しい」
「!」
「どんなことでも良い、ありのまま……、台詞じみた言葉ではなく、君の本心を、僕に聞かせて欲しいんだ」
「……っ」
彼の温かな言葉が、優しさが、心の奥深くに伝わってきて。
不意に泣きそうになってしまう。
そんな私の顔を見て、彼は困ったように笑った。
「泣かないで。 君には、笑顔でいて欲しいから」
笑って。
そう彼が言葉にするものだから、私は今度こそ、涙がこぼれ落ちる。
そして一筋、涙を流してからすぐに目元を拭い、彼に握られた手をそっと、もう片方の手で包むように上から握った。
「!」
それに驚いたような表情をする彼の瞳を真っ直ぐと見て、私は返事をした。
「はい」
そう言って精一杯の、飾らない心からの笑みを浮かべてみせたのだった。
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