第一王子の器
「……成る程、赤薔薇と白薔薇の注文ミス、というわけか」
私は事の次第を彼に伝えると、エルヴィス殿下は考え込むようにそう言って足を組んだ。 それを見て私も言葉を発する。
「金額的な面も勿論だけど……、一番怖いのは、この件の責任を問われた場合、会計担当のレイモンドが真っ先に責任を問われることだわ」
「それに……、脅すつもりはないけれど、生徒会長である君が、責任監督者として罰せられる可能性もある」
「っ」
私はその言葉に、思わずギュッと拳を握った。
(そうだわ、私も……、もし責任を問われてしまえば、家族に迷惑がかかる。
それだけではなく、今目の前にいる婚約者である彼にも……)
「ごめん、なさい……」
私がそうポツリと口にすれば、彼は「何故君が謝るの」と口にしながら言った。
「この前も言ったでしょう?
君から言われるなら、謝罪の言葉より礼を言われる方が遥かに嬉しいって」
「っ、そ、そうだけど……」
口籠る私に反し、彼は「それに、」と言葉を続けた。
「まだやれることはある、そうでしょう?」
「!」
(……そうよね)
彼の言葉にはいつも、考えさせられる。
真っ直ぐな言葉が、私の心に突き刺さる。
「……えぇ、そうね。 有難う、エルヴィス殿下」
「ふふ、漸く笑顔になった」
僕はその表情の方が好きだよ。
そうさらりと口にされ、私はまた口籠ってしまう。
彼はそんな私を見て笑みを浮かべた後、ふっと真剣な表情に戻り何か考え事をしだした。
それを見て私も疑問に思っていたことが頭をよぎる。
(でも、やっぱりレイモンドがあんなミスをするとは思えないわ)
前にも言った通り、レイモンドは優秀でミスすることも殆どない。
況してや皆で確認して本数を決め、間違えのないよう努めたはず。
(しかも倍の数字なんて……、間違えようがないわ)
いつ、何処で……、そう考えている内に、はたと思いつく。
(もしかして、誰かにはめられた?)
でも、一体どうして……。
そんなことを考えていた私に対し、不意に殿下が腰を上げ、私の隣に座った。
「え、エルヴィス殿下……!?」
その行動に驚いたのも束の間、彼は私の肩に腕を回し、その結果私の頭は彼の肩に凭れかかってしまう。
一気に近くなった彼の距離に、私は驚いて慌てて距離を取ろうとするが、それを肩に回された腕が許さなかった。
「ミシェル、今は何も考えなくて良いから。
少し寝ていて」
「! で、でも」
「良いから。 後のことは僕に任せて、君は寝て」
「っ、で」
私が再度口を開きかけるが、彼はそれを許さないとばかりに、こめかみに柔らかな感触が訪れる。
それが殿下の唇だと分かった時、私は何も言えなくなってしまって。
彼がそれを見てふっと笑い、私をもう一度肩に凭れかからせると、私の瞼を大きな手で塞いだ。
(〜〜〜どうして、貴方は……)
その先を考えることは出来なかった。
それはほんの数秒で、私の意識が混濁してしまったから。
そんな温かな微睡みと彼の温もりに包まれ、意識が朦朧としていく中、遠くで「お休み」という彼の温かな言葉が聞こえたような気がした。
私が目を覚ましたのは、見慣れた部屋の天井だった。
「……って、私の部屋!?」
「あ、お嬢様! お目覚めになられましたか」
そう言って部屋の扉から侍女であるメイが顔を覗かせたのに対し、私は慌てて口を開いた。
「で、殿下は!? 薔薇は!? どうなったの!?」
「ば、薔薇、で御座いますか?」
「えぇ! ……それに、どうして外が明るいの?
もしかして私、あのまま寝てしまったの……!?」
注文ミスした薔薇をどうにかしようと馬車に乗り、エルヴィス殿下の肩をお借りして寝てしまったことを徐々に思い出したものの、身体が何となくだるくて、起こした体をもう一度ベッドに沈めれば、メイは慌てて私に駆け寄ってきてから口を開いた。
「ミシェル様、落ち着いて下さいませ。
ミシェル様は昨晩、エルヴィス殿下が送って下さって今お目覚めになられたのです。
まだ熱が引いておりませんので、今日はこのまま学園をお休みになられて下さい」
「え、でも、それは」
生徒会長である私が、この大変な時期に行かない訳には行かない。
ローズ学園パーティーは後もう少しだし、それに薔薇のことだって……。
「駄目ですよ、これはエルヴィス殿下からの御命令ですから」
「! 彼の……?」
メイは私に掛け布団をかけ直してくれながら、「そうですよ」と諭すように言った。
「数日前から顔色が悪かった、無理をしていただろうから良く休むようにと、私共は仰せつかっております」
「で、でも私にはまだやることが」
「それと、“例の件については無事に解決出来たから心配しなくて良い”と」
例の件とは何ですか、そうメイに聞かれ、私はそれに答えるより前に食い気味に声を上げた。
「そ、それは本当!?」
「は、はい。 殿下が仰っていたので、間違いはないかと……」
(……凄い。 やっぱりエルヴィス殿下は、凄い方なんだわ)
でも、キャンセル出来ないと言われていた花の問題をどうやって解決したのかしら……?
「とにかく、今日はベッドから出るのは禁止です!
それと、生徒会の仕事についても一日、考えないで下さいませ!
お医者様には極度の疲労からの風邪、と言われたのですから!」
「は、はい……」
メイの有無を言わさぬ言葉にたじろぎながらも頷けば、彼女は「では、何か消化に良い物をお持ちしますね」と言って部屋を出て行ってしまう。
彼女の後ろ姿を見送ってから、私は息を吐いた。
(確かに最近、あまり良く眠れていなかったかもしれない……)
色々考え事をしてしまっていた所為だろうか。
だけど、ローズ学園パーティー前に風邪を引いてしまうなんて……。
(私もまだまだね)
それに比べて、エルヴィス殿下は……。
「……凄いなぁ」
“後のことは僕に任せて”
(本当にその通りに彼はやり遂げる)
一人でやらなきゃ、そう思う私に対し、彼はさりげなく手を差し伸べてくれて、いつの間にか助けてくれている。
(それは、王族だから出来るというのも、あるのかもしれないけれど)
それだけではない、彼には何か……、特別な力を感じる。
そんな気がするのはきっと、気の所為ではないんだと……――
再び目を覚ましたのは、すっかり日が落ちたその日の夜だった。
鼻を擽る甘い香りに導かれるように目が覚めた私は、その方向を見れば、ベッド脇の小さな棚の上に花瓶に生けられた花々が、彩り美しく咲いているのが目に止まる。
それを見た瞬間、すぐにピンときた。
(エルヴィス殿下、から?)
間違いなく朝にはなかった花。
「お嬢様、お身体の調子は如何ですか」
「メイ」
メイが来たのを見て、私は尋ねる。
「メイ、エルヴィス殿下が来てくれたの?」
「はい! 先程までいらっしゃいました。
そのお花も、エルヴィス殿下からの贈り物ですよ」
「! ……」
「ミシェル様?」
突然黙った私に、メイは不思議に思ったのか首を傾げる。
私は「そうだったのね」と言い、そっとその花瓶を持ち上げ、花々を眺める。
その内の一輪がまるで、殿下の瞳を模したような綺麗な青であることに気付き、私は笑みを浮かべて小さく口にした。
「ありがとう」
そう言ってそっと、その花に口付けたのだった。
ローズ学園パーティーまで、後3日。




