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侯爵令嬢の答え

 “薔薇の縁結び”に出るか否か答えが出せないまま数日が経ち、ローズ学園パーティーまで一週間を切ったこの日、私は今度こそエルヴィス殿下に自分の気持ちを伝えようと決意して学園へと向かった。

 ……なのに。


(何で今日に限って殿下と二人で話せないの……!?)


 何度も彼と話をしようと試みるのだけど、私か殿下のどちらかが呼ばれたり、私自身も生徒会の仕事で学園長に呼ばれたりと、今日は特に忙しくて彼と一度もまともに話せていない。


(い、イベントが近い時って話が出来ないほど忙しかったものかしら?)


「会長、御来賓の方々の名簿は何処に置けば良いですか?」

「あ、それは私が預かるわ」

「ミシェル、当日のケータリングのことなんだけど、開場が11時だから9時位に来てもらう感じで大丈夫?」

「えーっと……、そうね、そのくらいの時間の方が良いわね。 その分お料理は冷めても大丈夫なものをと頼めるかしら?」

「分かったわ」


 それぞれの役割分担はあるものの、会長である私に責任があるから、指示は的確に間違えないようにしなければならない。


(……少し、頭が回らなくなってきたかも)


 最近あまりよく眠れていないから疲れたのかしら、と思いながら手を止めずに自分の仕事である受け取った名簿のチェックをしている内に、ポンと頭に誰かの手が乗った。


「!」


 驚いて振り返れば、アイスブルーの瞳が私を見下ろして心配そうに揺れていた。


「大丈夫? ミシェル嬢。

 何だか顔色が悪いみたいだけど……」

「! えぇ、平気よ」


 私がそう答えれば、エルヴィス殿下はそれでも心配そうな顔をしながら、「無理はしないでね」と言い、その温かな言葉に私が黙って頷けば、彼は私の目の前に紙を置きながら言った。


「学園長に掛け合って、少し予算を上げて貰って当日の管理費と人員を増やして貰った。

 此方で役割分担を弄ったから後で目を通してくれると助かる」

「! ……学園長にまで……、何から何まで申し訳ないわ」


 私は殿下である彼の手を沢山借りてしまっていることに気付き謝れば、驚いたような顔をした殿下は「違うよ」と目を細めて笑みを浮かべた。


「僕が勝手にしていることなんだし、君が謝る必要はない。

 ……強いて言えば、君にお礼を言われる方が嬉しいけれど」

「! ふふ、有難う」


 私がそうすぐに彼に言えば、再度笑みを浮かべながら、その顔が少し近くなり耳元で囁かれる。


「まあ、お礼を言われるまでもなく、ただ僕が君と少しでも長く一緒に居たいだけなんだけどね」

「っ!」


 彼の吐息交じりの声に思わずびくりと肩を震わせれば、彼はそれに気付いたようにクスクスと笑って離れようとする。


(〜〜〜あ、行ってしまう)


 私は……、気が付けば、彼の白制服の袖をギュッと掴んだ。

 それによって動きを止めた殿下は、「ミシェル嬢?」と驚いたような声を上げながら私を見る。

 私は少し逡巡してから言葉を発した。


「後で……、生徒会の仕事が終わってから、少し時間をくれるかしら?」

「! ……あぁ、勿論」


 そう答え、彼はふっと微笑みを浮かべると、私の頭に手を置き軽くポンポンと撫でてくれたのだった。





 そして生徒会の仕事を終えた時には、太陽が西の地へと沈みかけていた。

 それまで会場となる庭にいた私が生徒会室の扉を開ければ、部屋の中にはエルヴィス殿下の姿があって。


「……エルヴィス殿下」


 私がそう名を呼べば、彼は座っていた椅子から立ち上がると、私の側に歩み寄ってきながら言った。


「話というのは……、“薔薇の縁結び”のことで合っている?」

「! ……はい」


 私がそう返事をして頷けば、彼は曖昧に笑った。


「そんなに畏まらないで良いよ。

 僕は、君の意思に従うから」

「! ……貴方は……、本当に優しいのね」

「……そんなことはないよ。

 ただ、君の前では格好つけたいだけ」

「っ」

 

 彼の返しに私が思わず息を飲めば、エルヴィス殿下は少し照れ臭そうに笑って「駄目だね、慣れないことは言うものではないな」と言い、ふっと真剣な表情になると、ゆっくりと口を開いた。


「……君の答えを、聞かせて」

「っ、私は……」


 ギュッと白制服のスカートの裾を掴み、私は意を決して口を開いた。


「……本当は、この行事が苦手で」


 皆の前で仲睦まじい姿を演じるのが。

 淑女の仮面を被り、皆を騙すように第二王子の婚約者を務めることが。

 それに心の何処かで抵抗を感じていながらも、絶対参加を第二王子から義務付けられ、まるで逃げ場のないあの壇上での“薔薇の縁結び”自体に、嫌気が差していた。


 けれど、今は違う。

 私はもう、第二王子の婚約者ではない。


「……“薔薇の縁結び”が、私にはどうしても、元婚約者殿下との思い出が強くて……、縁を“結ぶ”のではなく、“切る”ものなのではないかと、心の何処かで思ってしまう自分がいて」

「!」


 だから、言えなかった。

 素直に、口にするのが怖かった。

 ……私の、本当の気持ちは。


「……貴方と、一緒なら」

「!」


 私は、自然と彼の手をそっと取り、両手で包みながら、アイスブルーの瞳を見上げてゆっくりと言葉を噛みしめるように口にした。


「一緒に、出て欲しいの」


 彼は、裏切らない。

 第二王子とは違う。

 エルヴィス殿下は、私に手を差し伸べてくれた。

 私はその手を、本当の意味ではまだ、取っていない。

 だから、“薔薇の縁結び”を通して私は、この気持ちを……、改めて彼に伝えたい。

 許されるのなら、彼がまだ、私に手を差し伸べてくれるのなら……―――



「……ミシェル」

「!」


 名を呼ばれ顔を上げれば。

 不意に近くなった距離に驚く私に対し、彼は真剣な表情で口にした。


「その言葉は……、期待、しても良いのかな?」

「っ」


 彼の意図している言葉を理解し、私は頰に熱が集中するのを感じながら……、首を縦に振るのが限界で。

 でも又それを、彼は理解したように……、綺麗な笑みを浮かべて口にした。


「……やったあ」




 無邪気さと、何処か妖艶さが混じったその表情と言葉は、いつかも私に浮かべてくれた表情、そのものだった。


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