恒例行事
レティーの言う“薔薇の縁結び”とは、このローズ学園パーティーには欠かせない恒例行事となっている。
どういうものかというと、このイベントでは、男子生徒は白薔薇を、女子生徒は赤薔薇を一人一本配られ、パーティーの最中身に付けることになっている。 そしてその薔薇を持ち、特設の壇上で男女どちらかが告白をし、両思いであれば赤薔薇と白薔薇を交換するというもの。
その殆どが、婚約者同士で愛を確かめ合うか、想いを寄せている方に告白する場である。
「……一体、その行事は誰が始めたものなのかしらね」
私がその行事を思い出して息を吐きながら言えば、レティーはあら、と首を傾げる。
「それは大方、イベントを盛り上げる為に歴代の生徒会が始めたことだとは思うけれど……、エルヴィス殿下という素敵な婚約者がいる割に、どうしてそんな浮かない顔をするの?」
「……私は、そういうので目立つのはあまり好きではないのよ」
「え?」
レティーは分からない、と言った風に首を傾げる。
私達のように、婚約者がいる人にとっては、絶対参加しなければいけないような風潮にあるこの行事。
でなければ、仲が悪いのかと疑われてしまうからだ。
(私は、一、二年生の時に他でもない第二王子とこの行事に出たわ)
私はただ、壇上で彼の上辺だけの告白を、完璧な淑女の仮面を被って取り繕った。
……そこに愛などないと分かっていながら。
(現にこうして、第二王子に婚約破棄された身だもの)
「……皆の前で、上辺だけの告白をされても嬉しいとは思わないわ、きっと」
「……ミシェル」
「っ、なんてね。 カップルの恒例行事だし、人それぞれの価値観よ。
私は出るかは分からないけれど、レティーがもし好きな方がいて告白したいというのなら、応援するわ」
私はそう言って笑うと、彼女は少し戸惑ったように口籠った。
(……余計なことを話してしまったわね)
話題を変えるべく、私はすぐに口を開いた。
「まあ、それはともかく。
赤薔薇と白薔薇の切り花の担当はレイモンドよね」
「そうそう。 間違えないようにしなきゃーって騒いでいるわ」
「特にローズ学園パーティーで使用する赤薔薇と白薔薇は豪華な分高値のものだし、生徒数分といえどイベント予算の半分だものね……。
レイモンドは計算が早いし、ミスも殆どしないからいつも頼りにしているわ」
「ふふ、レイモンドに言っておくわね。 喜ぶわ」
漸く彼女が笑うのを見て私も笑みを浮かべれば、コンコンというノックの後にエルヴィス殿下が顔を覗かせた。
「ミシェル嬢? あぁ、レティー嬢と話していたのか」
「あら、エルヴィス殿下も居らっしゃったのね! ……」
「? レティー?」
私が急に黙ったレティーに対し首を傾げれば、彼女はこそっと私に耳打ちをした。
「お邪魔だった?」
「! そ、そんなことないわよ」
私が慌てて首を振れば、彼にも聞こえていたのだろうか、エルヴィス殿下はにこりと笑みを浮かべて言った。
「はは、何だかレティーの方が仲が良さそうで妬けるね」
「ちょ、エルヴィス殿下まで……」
私は二人にからかわれ少し怒ってみせれば、二人はクスクスと笑うのだった。
そしてレティーと別れ、帰路に着いた私達……、とは言っても今ではこちらが申し訳ないほど恒例となってしまった、エルヴィス殿下に馬車で送られている私は、目の前に座っている彼を見て口を開いた。
「……あの」
「?」
彼が首を傾げたのを見て、私はそっと口を開いた。
「ローズ学園パーティーの、“薔薇の縁結び”のこと、なんだけれど」
「……あぁ、あれか」
彼はふっと笑みを消し、馬車の外を見つめた。
(……エルヴィス殿下?)
何処か……、いや、少し温度が下がったようにも感じられる、彼から醸し出される空気に私は思わず固まってしまう。
それに気付いたエルヴィス殿下は、ハッとしたような顔をして「ごめんね」と謝り口を開いた。
「僕はあまり、あの行事が好きではなくて」
「! え……」
(それって……、私と同じ?)
でも、彼がどうして……?
「……君は、どうしたい?」
「え?」
私は彼の言葉に顔を上げれば、彼のアイスブルーの瞳と視線がカチリ合う。
(どうしたい、って……)
「……私、は」
本当は、エルヴィス殿下が婚約者である私は彼と共に出なければいけない。
そうでないと、私達の仲を疑われ、あらぬ噂を立てられてしまう要因になってしまうから。
だけど……、今は、あの場に立つことを恐れている自分がいて。
(だって、私は……)
「ミシェル様、着きましたよ」
「っ、は、はい」
どうやら、考えている間に家に着いてしまったらしい。
私は慌てて答えを出そうと彼に向かって口を開けば、それを遮るようにエルヴィス殿下が笑みを浮かべて言った。
「慌てなくて良い。 当日までには時間があるし、ゆっくり考えて答えを出してくれればそれで。
……待っているから」
「!」
私は彼の言葉に黙って頷くと、エルヴィス殿下はいつものように、朗らかに笑ってくれたのだった。
(“薔薇の縁結び”、か……)
その日の夜。
ベッドに入ってもなかなか寝付けない私の頭の中ではずっと、今日レティーとエルヴィス殿下と話した、“薔薇の縁結び”のことでいっぱいだった。
(参加するか否かは、私に任せると言ってくれた)
エルヴィス殿下は優しい。
私がもし“出たくない”と伝えた場合、彼にも良からぬ噂が立ちかねないというのに、きっと彼はいつものように笑って、私の意見を尊重してくれるだろう。
出来ることなら、私の所為で彼にそんな噂が流れるのは嫌だから、参加したいのが本音だ。
(……だけど、私は……)
この行事が心の何処かで、小さな傷……トラウマになっている。
それは、言うまでもなく元婚約者であるブライアン殿下とこの行事を参加していたから。
―――……上辺だけの告白。
婚約者でなかったら、交換することはないだろう花を交換して。
エスコートされ、壇上から降りた時にはすぐに手を離され、持ち場に戻るよう冷たくあしらわれて。
(……今思えば、彼自身も……、私に対する愛情は、冷めていたのかもしれない)
いえ、きっと最初から……、私のことが好きではなかったんだわ。
(でもそれは、私も同じなのよ)
ブライアン殿下に好意を寄せたことは、これまでに一度もなかった。
政略結婚だから。
彼に幼い頃に命じられたから。
私はその役目を全うしなければならないのだと……
(……私にも、非があるのよ)
それなのに……。
「……どうして未だに私は……、恐れているの?」
エルヴィス殿下の温かな手を、取ることを……―――




