休む間も無く…
新入生歓迎パーティーから一週間後。
5月に入り、生徒会の活動は休み……とはいかず、相変わらずドタバタと慌ただしく仕事に追われていた。
「ねえ、ミシェル嬢」
「? 何?」
私は去年の資料から顔を上げずに答えれば、本来ならば生徒会メンバーではないために居ないはずの彼……、いや、開き直って雑用係を申し出る私の婚約者様が、私の手元を覗き込みながら口にした。
「君達に休みというものはないの?」
「……貴方も知っての通り、この学園では月に一度は何かしらのイベントが入っているんだもの、私達生徒会は学園側から与えられた仕事をこなすのみよ。
それに、今月のこの催しは特別で、学園の伝統的な重大イベントであることを貴方なら知っているでしょう?」
「……“ローズ学園パーティー”ね」
彼はそうつまらなそうに、次のイベントの名を口にしたきり黙ってしまった。
私はそんな彼の横顔をチラリと見てから、もう一度手元にある資料……、ローズ学園パーティーに必要な物が書かれた資料に目を通す。
“ローズ学園パーティー”。
それは、ローズ学園が最も大事にしてきたと言っても過言ではない程の重大イベントである。
このパーティーには生徒だけではなく、その保護者も招き、盛大に行われるイベントなのだ。
そしてその名の通りこのイベントは、色とりどりの薔薇が咲き誇る季節である5月、ローズ学園が保有する敷地内のバラ園で行われ、それは創立した当初からの伝統であると聞いている。
又、保護者以外にも多くの来賓、主に学園の卒業生を招く。
要するに失敗は許されない、大事なイベントなのだ。
「……ローズ学園パーティーなんて、何が楽しいんだ」
「え?」
私がそんな彼の言葉に驚いて見れば、彼は仏頂面で頬杖をつきながら口を開く。
「新入生歓迎パーティーだけでも忙しいのに、監視の目が行き届きにくい広大な庭園で、しかも昔の卒業生まで招くだなんて、管理諸々を生徒会に任せるのは責任が重すぎる。
何かあったらどうするんだという話だ」
「そ、そうならないようにするのが、私達生徒会の役目よ」
そう私が慌てて言えば、彼はふっとアイスブルーの瞳で私を見つめる。
そんな視線に一瞬、ドキッと鼓動が跳ねたが、彼は視線をそらさずに告げた。
「僕は……、どんなに大変でも、そうやって何でも放棄せずに頑張る君が好きだけど、」
「!」
彼はそう言葉を切ると、私の髪にそっと触れながら続けた。
「君に重責を押し付けるようなものは全て、憎らしいとも思うよ」
「……!」
彼の言葉に、私は思わず目を見開いてしまう。
彼はそのまま流れるように、弄んでいた髪をそっと持ち上げ、口づけを落とす。
そこで漸く我に帰った私が慌てると、彼は私を見て口元だけ笑みを作り「いや、」と言葉を続けた。
「こんなことを言っても、君を困らせるだけだよね。
第一、この学園の運営方針そのものが要因だし、頑張っている君を応援している気持ちに変わりはないんだけど……ってこれじゃあ僕も何を言っているか分からないな」
「え、エルヴィス殿下……」
私が何か言おうと言葉を紡ぎかけたが、彼は逆に曖昧に笑ってポンポンと私の頭を撫でると立ち上がった。
「ごめん、変なことを言った。 今のは忘れて。
……ただ君を生徒会の仕事にとられて、ゆっくりと話すことも出来ない現状に、一人で勝手に嫉妬して言ってみただけだから」
「!? なっ……!」
彼の突然の爆弾発言に、私は顔に熱が集中するのが自分でもはっきりと分かり、慌てて頰に手をやれば、彼は満足そうに笑って「少し席を外すね」と言って部屋を出て行ってしまう。
一人取り残された私は、頰に手をやったまま身悶えた。
(な、何何何、この前のパーティーといい、エルヴィス殿下、数割増しで甘くなってない!?)
……彼が、嫉妬?
私が、生徒会の仕事にばかりかまけているから?
「……〜〜〜どうして貴方は、いつも……」
……嬉しいことばかり言ってくれるの?
(……初めてよ)
当たり前だと思っていた生徒会の仕事を、大変だと言いながら、自ら手伝ってくれることも、帰りが遅くなったら馬車で送ってくれることも、そんな私に労いの言葉をかけてくれることも。
(今迄、無かったことだわ)
確かに、私が生徒会長である姿を見て、尊敬の念を抱いてくれたり、褒め称えてくれる先生方や生徒の方々も中にはいる。
けれど、彼は……、エルヴィス殿下は違った。
私でさえも気が付かない、どんなに小さなことでも彼は気付いて、私が一番かけて欲しい言葉を口にしてくれたり、やって欲しい行動……、いや、偶に度が過ぎて心臓に悪いこともあるが。
それでも、どれだけそれらが私の力になっているか。
(やっぱり貴方には……、感謝しても仕切れないわ)
私はふっと笑みを零すと、もう一度机の上の資料に目を通し始めるのだった。
「ミ〜シェル」
「!? ……って、レティー? 如何して此処に?」
生徒会の会議が終わってからもう結構時間が経つのに……と私が驚いていれば、彼女は「だって」と少し困ったように笑った。
「ミシェル一人が遅くまでいつも残って仕事してくれているのに、私達だけさっさと帰るのは何か違うなと思って」
「え、でもレティーは門限があるのでしょう?」
彼女の家はこの学園から少し遠い場所にある。
それを心配して、彼女の両親は暗くならない内にすぐに帰ってくるよう言われていると聞いていたのに。
「大丈夫大丈夫。
レイモンドには先に帰ってもらって帰りが遅くなることを伝えてもらってるから」
「……でも、門限を破るのは良くないわ。
気持ちは嬉しいけれど、今度から私には気を遣わずに真っ直ぐと帰ってね」
「! ……あぁぁぁぁ」
「??」
急に悶え出した彼女を見て私が驚けば、彼女はふわりと髪を揺らし、私に抱き着いた。
「ミシェルは格好良いね。 もし私が男だったら結婚したいわ」
「ふふっ、有難う」
私はポンポンと彼女の背中を優しく叩いてから、「そういえば、」と口を開いた。
「こんな遅い時間まで何処に居たの?」
「あぁ、それね!
薔薇園の様子を見てきたのよ」
彼女はそう言ってポケットから折りたたまれた紙を取り出し、それを開いて私に見せながら説明し始めた。
「去年の配置であるこのブロックの薔薇は、全てピンクと赤で統一、そして待機室の近くにはビタミンカラーであるオレンジや黄色の配色を。
それから、舞台上の切り花は……」
スラスラとレティーの口から出る案の数々に、私は真剣に聞きながら思う。
(やはりレティーは、物事の判断能力に長けているわね)
特にレティーは、女性側の意見をしっかりと述べてくれる。
イベント会場の飾り付けやデザインを考えるのは全て、彼女がいつもやってくれていること。
そして何よりセンスが良いから、いつもイベントが好評なのは、彼女のおかげと言っても過言ではないのだ。
「……と、いう感じね。
切り花以外の庭の方の薔薇は、庭師に先にお願いしてあったから、今はその様子を見てきたところだったの。 開花まで順調だと言っていたわ」
「流石ね、レティー。 有難う。
きっと今年も素敵な会になるわ」
「うん! そうなってくれたら嬉しいわ!
……あ、それはそうと」
レティーは生き生きとした様子で、キラキラと目を輝かせながら口を開いた。
「毎年恒例の、“薔薇の縁結び”には勿論、エルヴィス殿下と一緒に出るのよね!?」




