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侯爵令嬢の選択と事件の収束

 カツ、カツと自分が履いているヒールと、殿下が履いている靴の音だけが、静かな廊下の中で耳に響く。


「……緊張している?」


 彼のその言葉に、私は逡巡してから正直に口にした。


「えぇ、少しだけ」


 私がそう苦笑いを浮かべて言えば、彼は「まあ、そうだよね」と少し笑って言った。


「……でも君は、“悪いこと”ではなく“良いこと”をしたんだ。

 酷い事を以前にされていたのにも関わらず、それを建前に見て見ぬ振りをしたりしなかった。

 それは、やろうと思っても他人や僕にもなかなか出来ることではない。

 だから」

「!」


 彼は私の手をギュッと握った。

 エスコートをする時の手ではなく、指先を絡めるようなその握り方に、私は思わず彼を見上げた。

 そんな私に対し、彼は視線を合わせゆっくりと言葉を紡ぐ。


「僕は、そんな選択をした君が婚約者であることを誇りに思うよ。

 ……君は、まだ僕のことを婚約者だとは思えないかもしれないけれど……、そうだね。

 この国の第二王子に断罪された、ではなく、第一王子に認められたのだと、胸を張って堂々としていれば良い」

「……!」


 その言葉は、私を解すには十分すぎるもので。


「……エルヴィス、殿下」

「?」


 私はアイスブルーの瞳を真っ直ぐと見つめ、口を開いた。


「私、頑張ります」

「! ……あぁ」


 私の言葉に、彼は少し驚いたような顔をした後、やがてふっと微笑んでくれた。


 ……そして私達の目の前には、会場へと続く大きな扉が待ち構えたように開くのだった。





 扉が開き、足を踏み入れる。

 此処からは淑女の仮面を決して外してはいけない。

 生徒会の白制服を着ていないけれど、それでも私は、此処の生徒会長であり、そして……、彼の、エルヴィス殿下の婚約者である。


(胸を張って、堂々と)


 彼の言葉を頭の中で反芻する。

 皆の視線が、エルヴィス殿下、それから隣にいる私に集まる。

 皆の目に私達がどう映っているかは分からない。

 だけど私は、臆することはない。

 だって私は、一人ではないのだから。


 私は彼にエスコートされながら、壇上へと続く階段を登る。

 ゆっくりと、着実に。

 そしてその先に居るのは……。


「……何の用だ」


 それまで楽しげに談笑し、今は私達に気付いて顰めっ面をした彼……、ブライアン殿下の姿で。

 その隣には、小さく丸まるように、婚約者であるマリエットさんの姿もあって。

 私はその方にすっと目を向けた途端、ブライアン殿下がマリエットさんをまるで庇うように立ちはだかり、私を睨みつけた。


「此の期に及んで、まだマリエットを苛めるつもりか。

 ……しかも、生徒会の仕事を放り出して着飾り、更にはエルヴィスまで侍らせるとは。

 何て愚かな女だ」

「ふっ、その言葉、そっくりそのままお返しするよ。

 我が愚弟殿」

「!」


 ブライアン殿下の言葉に、エルヴィス殿下がそう返し、私の腕を引っ張り彼の背中に隠される。

 そして彼はそのまま言葉を続けた。


「愚かなのは君の方だ、ブライアン。

 何か勘違いをしているようだから言っておくけど、私達はね、君みたいな馬鹿を相手にするほど暇では無いんだ。

 ……ミシェル、要件を済ませよう」

「! ……えぇ」


 彼の意図を読み取り、私は彼の背中からスッと前に出る。

 その目の前には、ブライアン殿下ではなくマリエットさんが居て。

 私を見た彼女は、戸惑ったように瞳を泳がせた。


「……貴女の落し物を届けに来たの」

「……!」


 彼女の手を取り、私はそこに彼女の探していた物を置く。

 それを見たマリエットさんは、震えるような小さな声で呟いた。


「……っ、こ、んなに早く……?」


 その手に置いた、噴水の中に落ちてしまった筈の婚約者の証を見て、ブライアン殿下が口を開く。


「……おい、これはどういうことだ」


 その言葉に答えたのは、冷ややかな瞳を向けるエルヴィス殿下だった。


「何も知らないというのは、実に愚かだね。

 ……君がその人から目を離していた隙に、その人が君から貰った婚約者の証を噴水に落としてしまった。

 それを見ていたミシェルが、わざわざこの寒い夜空の下、白制服が濡れるのも構わず、冷たい水の中を必死で探した。

 ……それが、彼女がドレスを着ているわけなんだけれど……、それでも君は、まだ彼女が“生徒会の仕事をせず、君の婚約者を苛め、挙げ句の果てには私を侍らせている”ように映るのかな? ねえ、答えなよ」

「……っ、マリエット。 今のは、本当なのか?」

「っ」


 彼女の瞳が動揺したように揺れる。

 私とエルヴィス殿下をチラッと見た彼女は……、やがて小さく頷いた。

 それを見たブライアン殿下は口を開く。


「どうしてそんな大事なことを教えなかったんだ」

「っ、ごめんなさい……」

「その言葉を向けるのは、相手が違うんじゃないか」


 そうマリエットさんにも同じような冷ややかな瞳をして言ったのは、紛れも無いエルヴィス殿下で。

 驚く私に対し、彼は言葉を紡ぐ。


「……ミシェルが……、どんな思いでこのピンバッジを探していたか分かるか。

 彼女が、君達の言動の所為でどれだけ傷付いているかだなんて、考えたこともないだろう」

「エルヴィス殿下、もう良いのです」

「っ、でも……!」


 私は、彼に向かって首を横に振り、その腕に手を回して口を開いた。


「……私は、幸せです。

 今が一番。 ……貴方が分かっていて下されば、それで良いのです」

「……! ミシェル……」


 私はギュッと、回した腕に力を込める。

 それを見た彼は、驚き目を見開いていたかと思えば……、やがてふっと破顔し、その顔が一気に近付き……。


「「「!!」」」


 チュッと、額に口付けられる。


「なっ……!」

「君が悪いんだよ」


 不可抗力だ、そう私だけに聞こえるように平然と口にして笑うと、今度はブライアン殿下の方を見て口にした。


「有難う。 こんなに素敵な婚約者を私にくれて。

 お陰で私は、世界一の幸せ者だ」

「「「っ」」」


 私だけではなくブライアン殿下、それからマリエットさんまでもが息を飲む。

 それを見て、彼はふーっと息を吐くと口にした。


「……今日のところは、彼女に免じて許してやる。

 今度から……、いや、もし彼女が今日のせいで風邪でも引いたりしたら……、容赦はしない」

「「ひっ……」」


 私の位置からは彼の顔が見えなかった。

 だけど……、彼の背中から醸し出されるどす黒いオーラと、彼等のその表情を見て、私はどれだけ彼が怒っているのかが分かった。

 そして再度誓った。


(……絶対に、風邪をひかないようにしましょう)


 そして彼は私に目を向けた時には微笑みを浮かべてから、今度は何事かと壇上を見上げていた皆に向かって口を開いた。


「騒がせてしまいすまなかった。

 ……だが、忘れないで欲しい。

 今宵のパーティーも、学園生活も、生徒会長である彼女が、そしてその仲間である生徒会役員が支えて成り立っているものであるということを。

 その分、こうして過ごせる学園での時間の一瞬を一瞬を大切に、かけがえのない時間を送って欲しい」

「……!」


 そうはっきりと口にして、凛と立つその姿はまさに。


(……国を、統べる者に相応しい……)


 私がそう心の中で思った瞬間。

 皆からわっと歓声と共に拍手が起こったのだった。

 

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