突然の来訪者
家に帰ると、既に婚約破棄状を手にした家族がいた。
そうして私を待っていたのは厳しい怒号……とは正反対の、温かくて優しい家族や侍従の言葉……いえ、正確には“元”婚約者様の悪口大会だった。
「どうしてミシェルが婚約破棄されねばならん!」
「そうよ! うちの娘の何処が悪かったというの!? そもそも、そんな馬鹿王子に私の娘が嫁がなくて正解だったわ!!」
「あの馬鹿王子は何処までも馬鹿なんだな……!」
「この国の未来が非常に心配です!」
最初から順番にお父様、お母様、お兄様、私の侍女の言葉が続く。
(……怒られると思っていた)
あらぬ罪を着せられたとはいえ、この国の王子に向かって無礼な口を利いてしまったのを、私は馬車の中で揺られながら酷く反省していた。
だけど……、家族は私の味方をしてくれる。
「……ミシェル?」
お母様が黙り込む私を心配して、そっと顔を覗き込む。
私は……気が付けば、ポロポロと涙を零していた。
「「「「え!!」」」」
滅多に泣かない私が急に泣き出したことにより、家族中は大混乱に陥った。
終いにはカンカンに怒り、これから城へ乗り込むと言い出す始末であった。
そんな家族に私はただ、「大丈夫」と繰り返し宥めた。
(……私は、代わりに怒ってくれるような温かな家族を持って幸せだわ)
……少々娘バカな気はするけれど。
今はそれがどんなに助けられているか。
「……お父様、お母様、お兄様、それからメイ」
私は4人の顔を見て、笑みを浮かべた。
「有難う」
私の代わりに怒ってくれて。
そう言った私に対し……、皆が皆、何故か涙を流し、なんて綺麗なんだ、うちの娘は大人だの何だの始まったのは……、私の知ったことではない、多分。
それからの私達は大変だった。
婚約破棄状にすぐさまサインをし、王城にそれを直接お父様とお兄様が行って届けた。
……その後、帰って来た二人はより一層眉間に皺を寄せ、この国の未来は世も末だと怒りをぶちまけていたのを見て……、怖いから見なかったことにして、何があったかも聞かなかった。
……あの馬鹿王子、一体何を言ったんだろう。 考えるのも違う意味で恐ろしいのでやめた。
そして、退学届を学園に出す手続きをした。
あの馬鹿王子ごときに命じられ、それに応ずるのも癪ではあるが、このまま学園へのこのこと通えば、今度は私だけではなく家族が馬鹿にされてしまう。
それだけは許せなかった。
だから家族と相談し、私は学園を退学後、隣国の全寮制の学園へと留学をすることを決めた。
……その話でも家族が私を手放したくないと喚いていたが。
話題は馬鹿王子のことよりも、私が将来馬鹿王子とは比にならないほど素敵な旦那様と結婚させよう、という話で持ちきりだった。
家ではそんなことを繰り広げ、息を吐く暇なく着々と私が隣国へと向かう準備が進んでいた、そんなある日のこと。
それは突然……、婚約破棄を告げられた時よりも衝撃的な出来事が起こった。
「……っ、ミシェル! 大変だ!!」
「!?」
寝る支度を始めようとしていた私の部屋に、突如青褪めた表情をしたお兄様が、何の断りもなくドアを開け放った。
「お、お兄様。 ノックをしてからお入り下さいませ」
「あ、あぁすまない……って、今はそんな場合じゃないんだ!
今すぐ下へ行くぞ!」
「え、えぇ、急に何事ですか? 何方かいらっしゃったの?」
こんな時間に……、と眉を顰めれば、お兄様は「良いから!」とそんな私の腕を引っ張り、廊下を小走りしながら告げた。
「き、君と話がしたいと、第二王子」
「第二王子!? それは私の“元”婚約者様ではありませんか。 そんな方とは私、お会いしたくありません」
「あぁ、言われるまでもなく、奴であればとっくに追い出しているさっ!
……ってそうではない、君に話があるというのは……」
お兄様は言うだけ言って、バァンと扉を開け放つ。
私はそこにいた人……、いやその方を見て、驚き目を見開いた。
「……あ、貴方は……」
驚きすぎて言葉を発することの出来ない私に対し、その男性はふわりと完璧なまでの笑みを浮かべ、口にした。
「お久しぶりです、ミシェル嬢」
「っ、エルヴィス・キャンベル殿下……?」
そこに居たのは何と、私の“元”婚約者である馬鹿王子……、いえ、ブライアン殿下の兄、エルヴィス・キャンベル殿下だった。
エルヴィス・キャンベル。
この国、キャンベル王国第一王子であり、ブライアン殿下とは腹違いの兄弟である。
その言葉通り、ブライアン殿下とはまた違う、精巧な顔立ち。 色素の薄い青の瞳と金色の長い髪を束ねたその容姿は、さながら人形のよう……ってそうではない。
「ど、どうして貴方様が此処に?
私はもう、とっくに貴方様の弟の言葉通り婚約破棄を致しましたけど」
私は一瞬戸惑ったものの、そうだ、この方は“元”婚約者様の兄だと我に帰り、無表情を貫いた。
それを見たエルヴィス殿下は……、笑みを浮かべたまま口にした。
「あぁ、そんな馬鹿な弟のことで謝罪をしたいと思って此処へ来た。
……君にありもしない罪を擦りつけ、あんな公の場で婚約破棄をした馬鹿の非礼、深くお詫び申し上げる」
すまなかった、そう頭を下げられ、私達は瞠目し、一瞬言葉を失ってしまう。
そこでまた我に帰った。
(お、王子が頭を下げている……!)
「え、エルヴィス殿下、頭をお上げになって下さいませ。
貴方様の所為では御座いませんから……」
(まああんな王子にもし土下座されたとしても、許すつもりは更々ないんだけど)
なんて思いながら慌てて彼に頭を上げるよう言えば、彼は頭を上げたものの伏せ目がちに言った。
「……あの馬鹿は……、つくづく見る目がないな」
「え……!?」
「「「!」」」
彼はそう言うと……、何をするかと思えば、彼に近付いていた私の銀色の髪にそっと触れ、至近距離で私を見つめた。
その行動に、私も家族も侍従も、その場にいた皆が息を飲んだ。
特に私は、突然近くなった距離とその行動に驚き、言葉を失ってしまう。
彼は少しの間私をその距離で見つめていたが、一歩後ろに下がると、そんな私達を見ていた家族や侍従に向かって言った。
「……少し彼女と二人きりで話がしたいのですが……、よろしいでしょうか?」
「「「「!?」」」」
又もや彼の爆弾発言に、皆が唖然とする。
……特に私は、開いた口が塞がらない。
(なっ……、今頃何を二人きりで話すと言うの!?)
「あ、あの、エルヴィス殿下? 何を……」
私が口を開いたのと同時に、何故か家族は「はい、どうぞ」と賛同し、すごすごとその場を後にしていく。
「……って、え!?」
どうなっているの……!?
私は慌てて一番最後にその場を後にしようとしたお兄様の首根っこを捕まえた。
「お、お兄様、どうして二人きりにするの?
私が心配ではないの……!?」
「心配も何も、彼は良い方じゃないか。
何か考えがおありでこんな時間にわざわざ来て下さったんだ、少し話してみたらどうだ」
なんてひそひそ声で言うだけ言って、しまいにはウインクをして行ってしまう。
(……なんってチョロい家族なのっ……!?)
私がわなわなと拳を震わせていると……。
「ミシェル嬢」
「!」
その声に振り返れば……、何を考えているのか分からない、先程とは何処か違う笑みを浮かべるエルヴィス殿下なのだった。




