生徒会長としての使命
「マリエットさん」
「……!」
私が居ることに驚いて目を見開き、彼女は私を見上げていたが……、やがてふっと自棄になったように笑った。
「っ、こうなって、ざまあみろと思っているんでしょう。
笑いたければ笑えば良いわ」
そう言った彼女は、ぐっと拳を握る。
私はそんな彼女に向かって息を吐くと、口を開いた。
「……お立ちなさい。 それでも貴女、第二王子殿下の婚約者なの?
折角のドレス姿が台無しになってしまうわ」
「っ、ちょっと! 言いたいことはそれだけ!?
どうして私を責めないのよ!?」
「……だから、立ちなさいと言っているでしょう?」
「!?」
彼女の腕を掴み、私は乱暴に引き上げる。
それに驚いた彼女が怒って口を開いた。
「いきなり何するのよ!」
「それはこちらの台詞よ! いつまでめそめそしているの、みっともない。
貴女の品位も第二王子殿下の評判に繋がるのよ? 自分の行動には常に気を配りなさい」
「!? どうして……どうして!?
何故貴女が私をブライアン殿下の婚約者だと認めているのよ!?」
彼女はそう言って、私に向かって掴みかかってくる。
私はその手を払いのけて口にする。
「認めるも何も、貴女が私から横取りしていったのでしょう? 第ニ王子が認めたのは貴女だったのだから、私が口出ししたところでその事実は変わらないわ」
「っ、何故怒らないの!?
どうしてそんなに平然としていられるの!?」
「……平然?」
彼女の言葉に私は反応する。
それに驚いたように強張る彼女を見て口を開いた。
「貴女の目に私がそう映っているのなら、私の淑女の仮面が上手く装えているということね。
本当なら……、このまま貴女ごと噴水……、いいえ、海の底くらいまでは沈めてやりたいと思っているわ」
「……ひっ」
彼女がそう短く悲鳴をあげる。
私はそれにため息を吐き、口を開いた。
「貴女が何を企んでいるのかは知らないし、知りたくもないのだけれど、これだけは言っておくわ。
そんな覚悟では、貴女にはとても、この国の王子の婚約者なんて務まらない」
「っ」
私は彼女に向かって人差し指を突き出し、言葉を続けた。
「……私はね、貴女の顔も、ブライアン殿下の顔も一生見たくないくらい大嫌いよ。
でも今は、そんな私情を挟む訳にはいかない。
だから……」
私は彼女から目を離さずそう切って静かに口を開いた。
「教えなさい。 先程噴水に投げ入れられてしまった物は何?」
「っ」
その言葉に、彼女は警戒したような目で私を見て口ごもった。
それを見て私はイラッとしながら強い口調でもう一度問う。
「もう一度聞くわ。 先程貴女が首に付けていた物は?」
「っ……ピン、バッジ」
彼女のそう私の強い口調に怖気付いたのか、弱々しく答えた彼女の言葉に、私は目を見開く。
「ピンバッジって……、ブライアン殿下の婚約者の証の?」
私の言葉に、彼女の瞳が揺らぐ。
それを肯定と捉え、私ははぁーっと長く息を吐いて言った。
「よりにもよってそれを身に付けていたなんて……」
「っ御守りだもの!」
「え?」
彼女がそう言い切ったことに思わず驚き声を上げれば、彼女はハッとしたように我に帰り、さっと顔を背けた。
(……成る程。 それだけブライアン殿下を慕っているということね)
私はもう一度息を吐くと、静かに口を開いた。
「……婚約者の証のピンバッジね」
「っ、何を……!?」
私は彼女の横を通り過ぎると、靴を脱ぎ……、噴水の中に足を踏み入れる。
「っ、ちょっと! 何しているの!?」
彼女の言葉に、私は思わずムッとして口を開く。
「見て分からない? 探すのよ」
「っ何故……」
「貴女もこの学園の生徒だから」
「!」
彼女が息を飲む。
私はそれには目もくれず、白制服が濡れるのも構わずに言葉を続けた。
「今夜のパーティーの主催は、私達生徒会よ。
そしてこのパーティーが開催されている間の生徒会の役目は、参加している生徒全員に楽しんで貰えるよう努めること」
「!」
「だから、パーティーの間に起こった問題も、私達生徒会が対応しなければいけない。
それが私達生徒会の務めだから」
そう言って一旦手を止めると、彼女の目を見て言った。
「行きなさい。 ブライアン殿下の所へ」
「っでも」
「婚約者である貴女が、何の用もないのに殿下の元を離れてどうするの。 もう少し自覚を持ちなさい」
それでも、彼女は狼狽えるだけで行こうとはしない。
私は包み隠すのも面倒になって、怒りを露わにして口にする。
「大丈夫、心配しなくても今更、第二王子の婚約者の証なんて死んでも欲しくないし興味もないから、見つけ次第貴女に届けるわよ。
その代わり、貴女はブライアン殿下にこのことを話さないことね。 万が一証を落としたなんて知られたら、貴女婚約破棄されかねないわよ?」
「!?」
私の脅しは効果覿面だったようで、彼女は慌てて立ち上がり、足早に立ち去る。
私はその背中を見送りながら、さてと、と口を開き……、ギュッと拳を握った。
(この件については口止めできたと思うけど……、問題はピンバッジね)
本当だったら、私だって探したくない。
噴水は水飛沫が凄くて制服は濡れるし、こんな時期だから当然冷たいし、まず水飛沫が凄い所為で底が見えない。
手探りでこの冷たい水の中を探さなければいけない上に、持ち主はあのブライアン殿下の婚約者だなんて堪え難い屈辱である。
だけど……。
(……私は、生徒会長だから)
穏便にこの事件を解決するには、何としてもピンバッジを探し出して、元通りにしなければ……。
「あれ、ミシェル嬢? そんな所で何をしているの?」
「っ!?」
その言葉に、私は反射的に目を向けて……、後悔した。
冷たい水なのか、汗なのか分からない何かが、背中を伝うのを感じ、血の気が引いていく。
……だって其処には、冷たいアイスブルーの眼差しを向け、明らかに氷点下を下回る笑みを浮かべて立つ、私の婚約者様の姿があったから……。
「……エルヴィス、殿下……」
「水遊びをするにしてはまだ早い時期だよね? それに、生徒会長がまさか仕事を放り出して、学園内の噴水で水遊びなんてするとは思えないし。
……それで? 一体こんな時期にそんな場所で何をしているというのかな?」
(……明らかに怒っていらっしゃる……!)
私はそう思いながらも 口を閉ざし、無意識にギュッと拳を握った。
事の一部始終を、上手く説明出来る自信がなかったから。
そんな私を見て、彼ははーっと長く溜息を吐き、私に向かって歩いて来る。
(っ、怒られる……!)
そう思って、思わず目を瞑ってしまう私に対し、次の瞬間訪れたのは、温かな温もりだった……―――




