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目撃

 パタンと王家専用の待機部屋の扉を閉じ、私はふーっと息を吐いた。


(……エルヴィス殿下のことは気になるけど……、気持ちを切り替えて仕事をしなければいけないから)


 結局、彼が瞳の奥で何を考えているのか、何時ものことながら聞けないまま、私は彼に仕事に行くよう促されて部屋を後にした。


(薄々感じるけれど……、やはり、私には知られたくないみたいだったわ)


 ……だけど。

 まだ彼に抱きしめられた時の体温が、触れられた場所の感触が……、残っていて。


(〜〜〜だ、駄目駄目! 余計なことを考えては)


 まだパーティーも後半に突入したばかり。

 やることはまだ沢山あるのだから……。


「あ、会長!」

「ミシェル!!」

「!」


 不意に名を呼ばれ振り返れば、そこに居たのは。


「! レティーにレイモンド!

 着替えたのね」


 そこには、先程までの白制服姿ではなく、それぞれドレスとスーツ姿のレティーとレイモンドだった

「二人共とっても似合っているわ。

 ひょっとしなくてもデザインがお揃いかしら?」

「ふふ、気が付いてくれた?

 そうなの! 今回は二人でお揃いにしてみたの」

「夜空を模している色なんだ」


 レイモンドの言う通り、二人は夜空と同じ紺青に、キラキラとまるで星のように宝石が散りばめられた服を着ていた。

 そんな二人の嬉しそうな顔を見て、私も自分のことのように嬉しくなる。


「えぇ、とっても素敵だわ」


 私がそう褒めると、二人は照れ臭そうに笑ってから、そういえばとレティーが口を開いた。


「そういえば、今迄何処にいたの? 会場に居なかったようだったけど」

「あっ、それはその……」


 私がチラッと殿下専用の部屋の扉を見れば、レティーがあぁ、なるほど!と目をキラキラさせながら言った。


「つまり、逢引をしていたと!」

「!? あ、逢引!?」

「先程誰かがエルヴィス殿下とミシェルがどーのこーのって騒いでるのを聞いたのだけど……、成る程そういうわけね」

「! ち、違うわよ!」


 絶対に何か誤解をしていると思い弁明しようとしたが、彼女は何を言っても聞く耳を持たず、終いには「このまま殿下と共に過ごせば良いわ」と言い出す始末で。

 私は取り敢えず、どうにかこの話を終わらせようと、パーティー会場へ行くように促そうとした、その時。

 視界の隅に、ぞろぞろと何処かへ歩いていく令嬢の姿を見かける。


(……? あんなに大勢で、何処へ……)


「? ミシェル? どうしたの?

 会場へ行かないの?」


 私が足を止めたことに気が付いたレティーにそう声をかけられ、私は迷ったが……、口を開いた。


「ごめんなさい、やはり先へ会場に向かっていてくれるかしら?」

「? 何か用事があるの?」

「えぇ」


 私の言葉に二人は顔を見合わせ首を傾げたものの、頷き会場へと足を向けた。

 私はそれを見送ってから……、くるっと向きを変えて走り出す。

 その方角は、先程複数の御令嬢方が歩いて行った、会場とは反対方向の、学園の裏庭の方だった。


(何か……、嫌な予感がするわ)


 その予感が的中しないことを祈りながら、私はその女性達の行方を追うのだった。




 私が御令嬢方が向かったと思われる裏庭へと足を進めて行く内に、話し声が聞こえてきた。


(一体こんな場所で何をして……っ)


 私は咄嗟に、建物の後ろに隠れた。

 そこには、先程見かけた複数の御令嬢方と……、その御令嬢方に囲まれている一人の女性の姿があって。


(! あの方は……!)


 ふわりとした茶の髪。 同色の目を持つその女性は。


(……ブライアン殿下の、婚約者の……)


 ―――……マリエット・チャイルズ。 チャイルズ男爵家の御令嬢だね?


 エルヴィス殿下がそう呼んでいた彼女の姿で。


(この状況は……、まあもしかしなくても、あれよね。

 私も予想していたことだけれど……)


 助けに入ろうか一瞬迷ったものの、此処は私の出る幕ではない。 彼女が今後対処していかなければいけない問題である。

 この国の第二王子であるブライアン殿下の婚約者になったからには、それ相応の覚悟が必要だということは私も幼少期から身をもって体験したことなのだから。


(これは、彼女自身の問題だわ)


 私はそう思い、取り敢えず身を潜め、様子を伺うことにした。

 幸い、私が居ることには気が付かず、一人の女性が声を上げた。


「マリエットさん。

 貴女はどんな手を使ってブライアン殿下の婚約者になったの?」

「ミシェル様という婚約者がありながら、殿下に近付き自分がしたことを分かっているの!?」


(……あら、この言い分からして……、よりにもよって私の味方の方々だったのね)


 そんなことを考えている私に対し、彼女達はさらに言葉を続ける。


「ミシェル様が貴女を苛めるなんてこと、する筈がないでしょう! 皆の前で今日、ミシェル様には何もやられていないと訴えなさい」


(! 私がやっていないということを証明しようとして……)


 私は思わずぐっと胸の前で拳を握り締めた、その時。

 それまで黙っていたマリエットさんが……、口を開いた。


「っ、貴女方は、ミシェル様に苛められたことを……、無かったことにしろと仰るの?」

「!?」


 マリエットさんはそう言って泣いてみせる。

 彼女が本当に涙を零すのを見て、御令嬢方は顔を見合わせる。

 ……それとは裏腹に、私は怒りが込み上げ始める。


(……いや、泣きたいのは冤罪を擦りつけられた私の方なんですけど)


 そう突っ込む私に言葉をまるで代弁するかのように、彼女達は声を荒げる。


「な、何を仰っているの!? ミシェル様がそんなことをする筈がないじゃない!」

「第一貴女は、此処へ半年前に転校してきたばかりなのでしょう!? ミシェル様がどれだけこの学園の為に働いて来たかを知りもしないで、ありもしないことを言わないで頂戴!!」


 彼女達はそう怒りを露わにし……、突然一人がマリエットさんの前へ進み出た。


「「「!?」」」


 その場に居た誰もが固まった。

 それは、その御令嬢がマリエットさんの手首を強く握り締めたからで。


「っ、痛いっ」


 マリエットさんがそう悲鳴を上げたのと同時に、手首を掴んだ御令嬢が、彼女が首に下げていた何かを引きちぎった。

 その行動に私が驚いていれば、御令嬢はそれを手にして言った。


「っ、これは……、本来、ミシェル様が付けていたものだわ!

 それを! 何故貴女のような人が身に付けているというのっ!?

 こんなもの……、貴女には必要ないわ!!」

「っ、辞めて返して!!」


 マリエットさんの顔色が変わり、彼女は御令嬢に掴みかかる。

 その御令嬢は、マリエットさんから逃れ、彼女から奪い取ったものを……、宙に放り投げた。

 それは、弧を描いて……、やがてポチャンと噴水の中に消える。


 マリエットさんはそれを見て、足から崩れ落ちたようにその場に座り込んだ。

 その姿を見た御令嬢方は顔を見合わせてから……、慌てたように口を開く。


「っ、貴女がいけないのよ!

 貴女が、身分をわきまえないからっ」

「ミシェル様ではなく貴女が、婚約破棄されるべきよ!!」

「……っ」


 マリエットさんは唇を噛み締め、御令嬢方を睨み付ける。

 彼女達はその姿を見て足早にその場から立ち去っていく。


 その一部始終を見てしまった私は後悔していた。

 何故、この場に来てしまったんだろうと。

 別に、マリエットさんがどうなったって構わないと思っていた。

 私の代わりに彼女が婚約者になったことでこうなることは分かっていたし、彼女が王子との埋められない身分差にも苦労するであろうことだって、私にありもしない罪を擦りつけたことだって勿論、許すつもりはない。

 寧ろ、こうなってざまぁみろと思ってしまう自分もいて。

 ……だけど。


(……私の、仕事の内だから)


 今は、私情を挟むことは出来ない。

 私は意を決して……、身を潜めていた建物の影から足を踏み出し、座り込み項垂れている彼女の前に立つ。

 そして息を吸うと……、彼女の名を呼んだ。


「マリエットさん」

「……!」





 私に名を呼ばれ、はっと私を見上げた彼女の顔には、幾筋もの涙が頰を伝っていたのだった。






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