それぞれの想い
「ミシェル〜!」
「! レティー」
舞台裏から廊下へ出れば、白制服に身を包んだ彼女の姿があった。
そんな彼女は、私に抱きついてきて言った。
「生徒会長の言葉、とっても感動した! 流石ミシェルね!」
「ふふ、有難う。 ……本音を言えば、とても緊張してしまったけど」
「え? ミシェルが?」
「えぇ」
私は彼女から離れ、まだ微かに震えている手を彼女に見せれば、桃色の瞳を驚いたように目を見開いた後……、その手をギュッと温かな手で包まれた。
「!」
「……伝わっているわ、皆に。
貴女の、真っ直ぐなな言葉が」
「……有難う、レティー」
その言葉に微笑んで見せれば、彼女は大きく頷き笑みを浮かべた。 そして、んーと大きく伸びをして口にする。
「さて! これから私も頑張らなくちゃ!」
「貴女は二時間見回りをした後、パーティーに参加出来るのよね?」
私はレティーの生徒会用のシフトを思い出しながら言えば、彼女は嬉しそうに頷いた。
「えぇ、そうなの! エルヴィス殿下のお陰で初めてパーティーに参加出来るから、レイモンドとこの日をずっと楽しみにしていたの!」
「ふふ、良かったわね」
「やっぱり……、ミシェルは、パーティーには参加しないの?」
レティーはそう言って、じっと私を見つめる。
そんな彼女に向かって、私は微笑んで見せた。
「えぇ。 私はシフト通り、パーティーには参加せず仕事をするわ」
「……惜しいなあ」
「え?」
私が思わず彼女の言葉に首を傾げれば、レティーは「良い?」と人差し指を立てて言った。
「ミシェルはそういうの、鈍そうだから言っておくけど……、殿下が私達に歓迎パーティーに参加することを提案したのは、貴女の為だと思うわ」
「え? どういうこと?」
何故そこで殿下の名が?
と驚く私に対し、彼女は何故かはぁーっと溜息を吐いて言った。
「……やっぱり、ミシェルはこういうことには疎いものね。 本当は自分で気が付いて欲しかったけれど、それだと一生気が付かなそうだから敢えて言わせてもらうわ」
そう言って彼女は、私に向かって人差し指を突き出す。
そして、「良い?」と口を開いた。
「殿下はね、パーティーではその制服姿ではなく、ドレスを着た貴女の姿を見たかったのよ!」
「……!? え、まさか……」
私はそんなわけがないだろう、と思ったが、レティーはそのまま言葉を続けた。
「その貴女が思うまさかが、エルヴィス殿下が願っていたことなの!
……あ〜〜〜私だって、ミシェルのドレス姿を拝みたいのにぃぃ!
学校外の社交パーティーでしか貴女のドレス姿が見られないなんて本当つまんない!」
「あ、あら、それはレティーだって同じでしょう?
今日は特別に、殿下が計らって下さったんだもの」
「……それもそうだけど……」
レティーはそれでも不服そうだから、私は安心させるように明るく口にした。
「良いのよ。 レティーは私の分まで楽しんできて。
そして是非、参加者の目で見たパーティーの感想を私に教えて頂戴」
「! ……ミシェルが、そういうなら」
レティーはしっかりと頷き、もう一度うん、と一人頷いてから言った。
「よし、先ずは生徒会の仕事、頑張りましょう」
「えぇ」
私とレティーは頷き、笑い合うと、煌びやかな会場へと足を踏み入れたのだった。
パーティー全体の時間は、おおよそ四時間ほど。 その間に回す生徒会の仕事の役割分担は、一時間制である。
今回は殿下の計らいにより、私以外の役員は丁度二時間程役割を担ってから、ドレスに着替え、後半をパーティーに参加することになっている。
勿論、私は四時間全て役割を担うから、その時間はない。
そんな私の現在の役目は、テーブルに置かれている軽食が足りているかの確認作業、なんだけれど……。
「ミシェル様、今宵もドレスをお召しにならないのですか?」
「生徒会の仕事はそこまでしなくてはならないんですの?」
「ミシェル様のドレス姿、拝見したいです」
「そ、そうね……」
何故か、御令嬢方に囲まれて、確認作業どころではなくなってしまっていた。
(話しかけられてしまっては、私も仕事が出来ない……)
だからといって、断りを入れることも出来ない。
私が囲まれているのは、皆エルヴィス殿下派の方々。 機嫌を損ねて、エルヴィス殿下に迷惑をかけるような事があってはいけないし……。
(でもこのままでは、今度は私が仕事をしていないと後ろ指を刺されそうだわ)
と思っているうちに案の定、ヒソヒソ声が耳に入ってくる。
「ミシェルさん、白制服姿なのは自分は仕事をしていますというアピールしているんですの?」
「その割には全然働いていないじゃない」
「やはり第二王子から第一王子に乗り換えたというのは、悪女だからできた事なのね」
私はその言葉に、思わず拳を握りしめてしまう。
(覚悟はしていたけど、初めて耳にしたわ。 私への悪口。
今は丁度、エルヴィス殿下も舞台上に居て、私一人だから言える事なのよね)
そんな私に気が付いたのか、私の周りを囲んでいた女性方も、ヒソヒソと話し始めた。
「なーに、第二王子派の方々はやはり失礼ね」
「ミシェル様が第二王子殿下の婚約者でいらっしゃった時から素敵な方だったから、第一王子殿下に認められたということなのに」
「それに、ミシェル様を差し置いて第二王子が選んだ次の婚約者様なんて、何処ぞの男爵令嬢ですのよ? 第二王子は見る目がなくってよ」
(……まずいわね。 私がいるせいで、空気がどんどん悪くなっていく……)
私は内心焦り、口を開こうとしたその耳に届いたのは、第二王子派の方々の言葉だった。
「まさか、第二王子殿下に婚約破棄された令嬢を、第一王子殿下が婚約者になさるなんて、第一王子殿下も落ちぶれたものね」
(! ……私の所為で、殿下が、悪口を)
もう我慢が出来ない。
私は思わず声を上げようとした、その時。
「私のことを誰か呼んだかな?」
「「「!」」」
その声に驚き振り返れば。
同じ制服なのに何故か神々しくも見える、白制服に身を包んだ彼の姿で。
「エルヴィス殿下……」
私がそう名を口にすれば、彼は何処か嬉しそうに破顔した後、眉尻を下げて口にした。
「ごめんね、お取り込み中悪いけれど、パーティーの間中ずっと彼女と話が出来ていなくて、我慢が出来ずに来てしまったんだ」
「……っ」
そう言って彼は、何をするかと思えば、私の肩を抱き寄せ、チュッと軽く私の頭に口付けた。
「……なっ!?」
公衆の面前で余計に淑女の仮面を上手く付けられなかった私に対し、彼は「可愛い」と呟いてから、小首を傾げて言った。
「ミシェル嬢を、少しお借りしても?」
「っ、も、もも勿論ですわ!」
「ご、ご馳走様です……!」
彼がそう口にしただけで、きゃーっと御令嬢方が黄色い悲鳴をあげる。
……特に“ご馳走様”とは一体どういう意味……って。
「っ、ちょ、ちょっと殿下!」
私はそう小声で抗議しようとすれば、彼はしーっと人差し指を口に当てウインクをして、私の肩から手を離そうとはせず、「では」と御令嬢方に向かってひらひらと手を振り、その場を後にしたのだった。
彼に連れて来られたのは、殿下専用の待機部屋だった。
「〜〜〜な、なな何をなさっているの!」
私は部屋に入った途端、彼に向かってそう口を開けば、彼は私の言葉に振り返って言った。
「少し休憩をしたいと思っていたから、君もどうかなと思って」
「っ、も、持ち場を離れるわけにはいかないから、私はお暇するわ……っ」
助けてくれたんだろうけど、仕事を途中で放り出すわけにはいかないと、慌てて会場へ戻ろうとすれば。
「待って」
彼は私の腕を掴んだ。
それに驚き彼を見上げれば、アイスブルーの瞳で私を見下ろし、笑みを消して私に向かって口を開いた。
「……君は、どうしてあの場からすぐに立ち去らなかったんだ」
「! ……それは……、無理よ。
生徒会の役割分担であの場所に決まっていて離れることは出来ないし、それに、私に話しかけて来てくれていたのは貴方派の方々だったわ。 そんな方々を無碍にすることは出来ないでしょう」
「そんなの! ……どうとでも、なった筈だ。
なのに、君は……」
彼のアイスブルーの瞳が揺れる。
掴まれた腕に力がこもるのを感じ、私は言葉を発した。
「……心配、してくれたの?」
私のその問いに、彼は俯いて一言、「当たり前だ」と口にした。
その言動に対し、私は思わず息を飲む。
そして彼はそのまま言葉を続けた。
「なのに、君は……、逃げ出すことも、言い返すこともしなかった。
だけど……、唯一君は、言葉を発しようとした。
それは、僕が止める前、僕の悪口を口にした御令嬢に対してだけ」
「……っ」
その言葉に再度息を飲めば。
彼は私の瞳をじっと見つめ、口を開いた。
「君はどうして……、そこまで我慢していたんだ」
彼の言葉に私は、その手を払い退けて逃げ出してしまいたかった。
……でもそれは出来なくて。
私は観念して……、彼から視線を逸らして口にした。
「……貴方に、これ以上迷惑をかけたく無かったの」
ポツリ、と言葉を発せば、私の中で堰き止めていた感情が溢れ出して。
それが口から、そのまま言葉になって溢れる。
「っ、私が我慢すれば、良いと思っていた。
何を言われても、私のことだけなら良いと。
……だけど、私の所為で貴方のことまで悪く言われて。 それを聞いた瞬間、許せなかったの。
私を助けてくれた、恩人なのに、何も知らない人達に、貴方のことを、知ったように悪口を言われて。 悔しかったの」
自分のことは、悪く言われても良い。
そんなの、第二王子の婚約者であった時も言われていたことだから。
だけど……、私が婚約者である所為で、助けてくれた彼の悪口まで言われるのは……、許せなかった。
「っ……君は、本当に」
ずるい。
そう彼が口にしたかと思えば……、突然、彼に掴まれていた腕を引き寄せられ、気が付けば、彼の腕の中にいた。
「っ、エルヴィス殿下……?」
ギュッと、私の体を抱き締める彼の腕は、何故か微かに震えていて。
驚く私に対し、彼は口を開いた。
「……それを言えば僕だって、悪口なんて言われ慣れてるさ。
……初めてだよ、僕の悪口を、本気で怒ってくれた人は。
君が、初めてだ」
そう言った彼の声も、微かに震えていて。
(私が……、怒ったのが、初めて?)
彼は悪口を言われても……、それを怒ってくれた人は今迄居なかった、というのだろうか。
(そんなことが、本当にあるの……?)
何時も明るく、私を温かく包み込んでくれる彼が。
今日は何処か、その背中が小さく見えるのは……、彼が私に隠している“何か”と、関係があるのだろうか……。
幾ら考えても、その答えは導き出せないまま。
私は震える彼に、そっと寄り添うことしか出来ずに居たのだった。




